「あのロゴ使わないんですか?」
採用の打ち合わせをしていた時、社員にふと聞かれました。
「あのロゴ…全く思い出せない」
メディアをいくつも運営していると、ロゴなんてたくさんあります。
どれだろうと考えていると「これです」と社員が出してきたロゴがこちら。
すっかり忘れていました。10年以上前に作ったロゴで、いまでもFacebookのアイコンになっています。そもそもFacebookなんて最近見ないので、このロゴの存在もすっかり忘れていました。
自分で作って言うのもなんですが
「なんて素敵なロゴなんだろう」
最近の自分に足りないものを思い出しました。20年会社をやっているといつの間にか忘れてしまった初心。セミナーの講師をやれば「先生、先生。」とちやほやされ、専門家として全国に呼ばれているうちにすっかり「伊達と酔狂」を忘れていました。
私は伊達と酔狂で仕事をしています
そもそも、「伊達」も「酔狂」も人を褒める時には、あまり使わない言葉です。
どちらかと言えば貶す言葉ですね。
辞書で調べるとこんな説明をしています。
伊達=「気取ったり、見えを張ったりして、外見を飾るさま」
酔狂=「好奇心から風変わりな行動をとることやそのさま」
要するに、伊達と酔狂とは「カッコつけた変な奴」が本来の意味だと思います。
しかし、別の意味もあります。
伊達=粋なこと。
酔狂=(人がやらないことに)没頭している狂人。
私たちは、保育の課題を解決するために、20年前に始めた事業をやり続けています。当時は、
「保育業界にインターネットは必要ない」
「そんな事業うまくいかない」
と賛同や共感をほとんど得られない状態からスタートしました。少しづつ世間に認められるにつれて、待機児童や保育士不足の課題が一般に知れ渡るにつれて、いつのまにか私たちの考えは、マジョリティ(多数派)なものとなっていました。
社会の変化に対応するイノベーションを起こすには、マジョリティな考えだけではダメなのです。ほかの人が馬鹿にするようなことでも自分たちが信じた道を進まないといけないのです。
その時必要なのって「伊達と酔狂」じゃないですか?
「どうせ、そんなやり方うまくいかないよ」と言われたら
「伊達や酔狂でやってるんだから、いいだろ」と言い返したい。
そして「マイノリティが未来を創るんだよ」と教えてあげたい。
私たちは常に少数派でありたいと考えています。でも、私たちに共感して一緒にやってくれる人がいると嬉しいです。
伊達と酔狂で応募してください。
※ロゴは忘れていましたけど、「伊達と酔狂」は忘れていません、生き様です。