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クリエイティブ・テックエージェンシーTAMではこの8月、代表の爲廣さんがスタッフに向けての新スローガンを発表。それが『属人たれ!』です。32年間の経営者人生を経て行き着いたという、これからの変化の激しい時代を生き抜くビジネスパーソンへの「最後のメッセージ」に込められた、その真意とは――。
ゼロ成長時代のサバイバル戦略『属人たれ!』
―新スローガン『属人たれ!』の意図するところを教えてください。
爲廣:「属人」という言葉には、ネガティブなニュアンスも含まれていると思います。ノウハウを共有しないでスキルや知識を独占する人、人脈やコミュニケーションを自分で囲い込む人、イノベーションを嫌って既得権益を守る人など。
一方で、最近、多くの人が当たり前にできる作業がどんどんと自動化されていく傾向がある中で、「属人」=「その人にしかできない仕事を持っている状態」にならないといけない、という予感は、多くの人が持っているのではないでしょうか。
社会の空気が「属人」のポジとネガのせめぎ合いのようになっていて、各個人が、「組織が属人的になってはいけないし」、でも「属人的な個人じゃないと生きていけないし」と、葛藤を感じているのではないかと思っています。
TAMでは、この「属人」の「ポジティブな部分」だけをスタッフ個人の中に作っていきたいと思っていて。そうしないと、これからは組織が成り立たないと考えているんです。
―属人的な組織こそ、これからの時代に生き残る、と。
爲廣:経済の基本は、「労働生産人口」×「労働生産性」です。これから「株式会社ニッポン」の労働生産人口は減っていく。どれだけ頑張っても大きく成長することはない。一人ひとりの労働生産性を高めてやっと、成長率0%を維持できる。先進国は、移民で成長を維持している国を除いてみんなそうだと思うんですよ。
日本がゼロ成長を維持できたとして、その中には、衰退していく会社と成長する会社とがあって、ゼロサムになる。二項対立で考えるのは好きではないし、「成長が善で、衰退が悪」という考え方はまったくよくないと思いますが、これからキャリアを築いていく若い人に関して言えば、成長する組織に身を置いて、自分の属人性を磨いていくべき。
逆に、人口ボーナス期の発展途上にある国にとっては、その必要はないのかもしれません。日本も高度成長期は仕事をモジュール化して、みんなで分業して、モノを作れば売れた。単純に、いいモノをいっぱい作れば成長できたわけです。
TAMは、ゼロ成長の中でも、成長する側に身を置いて、若い人が成長できる環境を維持したい。そのために、「属人的な人が300人いる会社」を目指そうと考えているわけです。
属人的なビジネスパーソンになるための「2つの条件」
―では、どうやって属人的な人を目指せばよいでしょうか?
爲廣:TAM的な「属人的な人」の条件が2つあります。1つは、仕事が趣味だと思って楽しんでいる人。もう1つは、自分の中にエンジンを積んでいて、与えられた仕事であっても自ら進んで好きでやっている=「やらされ感」ではなく楽しんでいる人。
ここ10年くらい、オリンピック選手にしても、勝つうえでは試合を「楽しむ」ことがとても重視されるようになっています。楽しむことが、成果につながるからです。なので、TAMの「属人」の定義は、「楽しんで仕事をする人」と言い換えてもいいかもしれません。
前者にしても後者にしても、自ら進んでやる仕事は楽しいですよね。楽しいから、一生懸命のめり込める。のめり込んで徹底的にやるから、それが自分の天職かどうか、磨いていきたい属人性なのかが分かってくる。
TAMにいる今すでに「属人的な人」も、過去に寝食を忘れるほど仕事にのめり込んだ経験がある人ばかり。「楽しかったから打ち込めた」というきれいごとだけではなく、やらないとどうしようもなかった、必死にやった末の境地でもあるんだろうとは思いますが。
―「属人的」というと手に職をつけなければ、と思われがちです。
爲廣:「専門職につかなければ属人的になれない」というのは誤解で。毎月の継続的な仕事、いわゆる「運用案件」でも、クライアントからふと出てくるお困りごとを解決したり、違った確度からちょっとでも期待を越える提案をしたりする中で、知見も人脈も信頼も蓄積されて、「なくてはならない、代替できない人」になっていけますから。
現在のデジタル業界は、約30年前の状況に酷似していると思っています。1993年に「www」が世の中に登場し、その後、「Windows 95」でインターネットが世界的に普及し始めました。そして今が、「AI」や「自動化」によって、次なる大変革が起こるときです。
「30年」を一つのくくりとして考えると、今は「ネクスト30年」に入った感があって。これからの入口の10年をワクワクしながら仕事していきたいと思っています。今僕は62歳で、10年後にはたぶん引退しているだろうから、そういう意味で、「僕からの最後のメッセージ」として、スタッフに向けて発信しました。
属人的な組織に必要な「ギブ&ギブ」の文化による好循環
―「属人性」が組織にとってネガティブに働くことはありませんか?
爲廣:冒頭で言いましたね。「属人」という言葉には、ノウハウを共有しないでスキルや知識を独占する人、人脈やコミュニケーションを自分で囲い込む人、イノベーションを嫌って既得権益を守る人など、ネガティブなニュアンスも含まれると。
一方で、「TAM的な」属人的な人は、楽しんで取り組んだ仕事を、他の人と共有して、「好循環」を生むこともできます。
例えば、今社内で複数のAIプロジェクトが同時進行しているんですが、常々、「AIは全社で取り組んでいくものなのでどんどん情報を共有しよう!」と言っています。TAMは「ギブ&ギブ」の文化なので、「AIは自分の専門分野だから独占したい」というスタッフはいないと思います。
たぶん、「自分が得た知見をオープンにすることで、一番メリットがあるのは自分」だとみんな分かっているんですよ。惜しみなく共有した人には、最終的に評価とか、お金とか、さらなる面白い仕事とか、いろんな形で自分に返ってくる、と。
逆に、知見を自分の中に囲い込んでいたら、自分という存在すら知ってもらえず、存在意義があやしくなる。小さいチームであっても、惜しげもなく他のチームに共有して、それでまた仕事が増えていくという好循環がまわる状態を維持したい。
実際、そうやって知見を共有して、協力し合うことで、自分の肩書きや枠にとらわれずにチャレンジする「統合的」な人になっていけると思うんです。日頃からギブ&ギブしているから、チャレンジして失敗してもみんな助けてくれるし。
爲廣:例えば、TAMのスタッフで「えがこう!」チームの日高さんというベテランデザイナーは、グラフィックレコーディングに仕事領域を広げて、はじめはクライアントの大事な会議やワークショップをグラフィックに可視化していく仕事を手掛けていました。
だけどそのうちに、クライアントのビジョンそのものを可視化したり、ビジョンマップで未来の方向性を図解したり、それらを社内外に浸透させていくような案件まで引き受けるようになって。
「クライアントのビジョンを可視化する」って、経営コンサルだろうと、プランナーだろうと、デザイナーだろうと、誰の仕事って決まっているわけじゃないんですよ。だから、日高さんは肩書なんかにとらわれず、そこに飛び込んでいった。それが「統合的」な仕事の仕方、キャリアの作り方だと思うんです。
これと同じ話で、旧来型の受託会社は、「デザイナー」だとか「エンジニア」だとか、肩書きに応じて守備範囲が決まっていて、クライアントも「この仕事はデザイン会社にお願いしよう」とかやっていた。
でも、「自分の守備範囲以外でも、お客さまの利益につながるならなんでもやってみる」という姿勢でチャレンジしていれば、クライアントはどんどん仕事をまかせてくれるようになる。それでさらに「統合的」な自分を作っていく、良いループが回っていくわけです。
―最後に、爲廣さんが経営者を引退するまでにどんな組織を目指しますか?
爲廣:8年後の2032年に、TAMは40周年を迎えます、そのとき僕は70歳。それまでにTAMを「300人の属人がいる会社」にして、「属人的な人が集まるけど、属人化しない組織」をつくって引退します。
1万人の企業よりも、最強の300人がいる会社ってすばらしいことだと思っていて、そこにいる個人や小さなチームがデカいことをやるというのが、AI時代にぴったりハマっていると考えています。
最強の300人の中にいることがスタッフの誇りになるようにしたいし、それは、「勝手に幸せになれる人」を1人でも増やすことにもつながる。そういう組織を作って、次の世代にバトンを渡したいです。
[取材] 岡徳之 [構成] ウルセム幸子 [撮影] 藤山誠