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プレゼンはお互いを好きになるための場。人の心を動かす「ストーリーテリング」の技術

論理的に正しいプレゼンをしたはずなのに相手に響かない。逆もまた然り、理路整然と説明されたプレゼンに納得はするものの心が動かない・・・・・・という経験をしたことがある人は多いのではないでしょうか?

サービスや製品の機能性では差別化しづらい現代社会において、人の共感を呼ぶ、そのために「物語」の力を効果的に活用する手法と言われるのが「ストーリーテリング」です。

その手法をクライアントへの企画提案など、ビジネスの実践の場で巧みに使いこなす一人が、デジタルエージェンシーTAMのパートナーであるコピーライターの白井千遥さんです。

今回はそんな白井さんに、今こそ「ストーリーテリング」が求められる理由と、プレゼンの質を上げるための活用の仕方を聞きました。

アフターコロナは「ストーリー」がより求められる

僕は10年間、TAMでコピーライターをしています。フリーランスなので、週の半分くらいはTAMにいて、それ以外は他の仕事を受けています。「言葉」が必要とされる仕事なら、ほんとうに色々とやりますよ。紙やWeb、動画など媒体を問わず、プロモーションの企画、コンテンツ作り、キャッチコピー制作まで。

昔からストーリーを作るのが好きで、小学校の卒業文集には「小説家になりたい」と書いていました。大阪芸術大学では映画を専攻し、4年のときには宣伝会議のコピーライター養成講座へ通いました。その後、宣伝会議に求人を出していた大阪の制作会社に入社。3年ほどグラフィック広告のコピー制作や企画、ディレクションに携わり、劇団四季に宣伝担当として転職しました。

子供が生まれると同時に、「実家のある大阪に帰りたい」と思っていたところ、TAMの爲廣さんに出会いました。ちょうどそのときTAMは、大手通販会社のWebサイトを運用していて、コピーを書く人を探していました。「大阪でコピーライターとしてやっていきたい」と話したら、「仕事はたくさんあるだろうし、事務所を使っていいよ」と言ってくれて。それから10年の付き合いになります。

今回のテーマである「ストーリーテリング」は、その手法自体は昔から存在していましたが、最近はそれが特に重視されてきているように思います。きっと世の中のあらゆるサービスや製品がコモディティー化して、差異化が難しくなり、人に「共感」してもらえない商品は選ばれなくなってきているから。

新型コロナウイルスの感染拡大によって、その傾向はさらに強まるんじゃないでしょうか。「意外となくてもいいモノばかりだな」とみんなが気づいてしまった。そもそも「みんながほしいもの」がほしいわけじゃなくなっていますし。自分が心から共感できるものを買いたい、それで自己表現したいと思うようになると、より「ストーリー」が大切になると思いますね。

これはモノだけじゃなく、サービスも同じです。人と対面する機会が減り、オンラインでの商談機会が増えると、対面なら可能だったかもしれない、勢いで相手を説得するような仕方も通用しなくなるはず。オンラインなら話を聞いている振りや、興味が持てなかったら10分で退席することも容易になるでしょうから。人の感情を動かす重要性は高まるでしょうね。

「why」=「なぜそうするのか」がストーリーの軸になる

ストーリーの作り方には、大きく分けて2つのプロセスがあります。1つ目は、ストーリーの一番太い「軸」を作ること。2つ目は、その軸を「どう伝えるか」というテクニックの話です。

まず、「軸」を作るうえでは、サイモン・シネックの「ゴールデン・サークル」という考え方が参考になるでしょう。ゴールデンサークルとは、「why(なぜそうするのか)」から始め、次に「how(どうやるのか)」、最後に「what(何をするのか)」を伝えるフレームのことです。

多くの人は、「what(何をするのか)」から話を始めてしまいます。特に作り手は、機能やモノそのものの話をしたくなるんです。新しいカメラなら「こんなに画素数が上がった、こんなにメモリが上がった」とか。その気持ちは分かるけれど、買う人はそこには共感はしないんです。

大事なのは、なぜそれが必要なのか、どんな世界を作りたいのか、という「why(なぜそうするのか)」。これがストーリーの軸として、根底で一貫して流れる必要があります。

「why(なぜそうするのか)」を見つけるには、モノごとをどんどん抽象化して考えていくこと。例えば、パソコンの「why」とはなんでしょう。パソコンにはどんな提供価値があると思いますか?

人によっては、ただの仕事の道具かもしれませんが、人によっては誰かとつながるための特別な手段かもしれません。そのモノがもたらす価値を少しずつ昇華させながら考えることで、まずは自分が大事だと思う「why(なぜそうするのか)」を決めるんです。

「日常→事件→非日常→解消→新しい日常」のステップで物語る

次に、「どう伝えるか」というテクニックの話をします。

よく、「プレゼンは結論ファーストであるべきだ」と言われますが、僕は「そうでもないな」と思っていて。いや、もしプレゼンの相手が同じ業界で働いていて、その業界が抱える課題をハイコンテクストで分かり合えているのなら、結論ファーストだと話は早いのですが。

そうではない場合、結論だけで伝えてもなかなか分かり合えないんですよ。結論や表層の結果よりも、その背景を共有したほうが相手に伝わることって多いんです。

ストーリーはそのために作るのですが、これには「王道の5ステップ」があります。「日常→事件→非日常→解消→新しい日常」です。ハリウッド映画や神話もそう、多くの有名な物語はこの順番で作られています。この型に当てはめて、カメラの商品紹介をしてみましょう。

例えば・・・・・・「私はカメラの開発者です。写真愛好家でもあります。趣味は、妻と二人で行く旅行で写真を撮ることです【日常】」。

「とある日、温泉に入る前に海岸沿いを妻と散歩していたら、綺麗な夕日と一羽の鳥を見つけました。僕はそれを背景に妻の写真を撮ろうと、カメラを取り出して、ピントを合わせようとしました。しかし、その間に鳥はどこかへ飛んで行ってしまいました。わが社のカメラでは、その鳥を撮影することはできなかったのです【事件】」。

「それからというものの、僕は研究室にこもって、もっとすばやく、それでいてこれまで以上の高画質で写真を撮れるように、製品改良を進めてきました【非日常】。そうして長い年月の試行錯誤を経て、ようやく求めていた理想のカメラが完成したのです【解消】。このカメラを持って妻と旅行へ行けば、もう美しい鳥の写真を撮り逃がすことはありません【新しい日常】」。

・・・・・・とこのように、ストーリーで話すと、「何万画素上がりました」という具体的な数字はもはやどうでもよくなりますよね(苦笑)。人は苦境を乗り越えようとした話に共感するもの。たとえ同じ場面に出くわしたことはなかったとしても、みんななにかしら思いどおりにいかず、苦労した経験があり、そのときの自分と重ね合わせて、心を動かされるんだと思います。

自分がまったく使わない商品だとしても、ストーリーテリングは可能です。もしも僕が「20代女性向けの健康食品」について考えなければいけなかったとしますね。僕は20代でも、女性でもないのでまったく気持ちが分からないかと言うと、そんなことはない。

そういうときは、健康食品を日常習慣にするという行為の「ひとつ上にあるレイヤーの気持ち」を考えてみます。

それは仕事が忙しくてきちんとした食生活を保てないことへの悩みかもしれない、自分に自信を持ちたいという憧れかもしれない、もっと言えば前向きに毎日を過ごすためのおまじないのようなものなのかもしれない。そういう気持ちが健康食品という形になっているんだととらえれば、いくらでも自分ゴトとしてイメージができるわけですよね。

イメージができたら、ストーリーにしていく作業です。例えば「健康的な食生活を続けられない」という悩みに焦点を当てるなら、「三日坊主」をテーマにできるかもしれない。日記を続けられなかったり、前日の誓いを忘れてつい冷蔵庫のビールに手を伸ばしてしまったり、まだほとんどかかとの減っていないランニングシューズが下駄箱に並んでいたり・・・・・・。

そういうことは、僕自身もたくさん味わってきました。だから「続けられなかったときの気持ち」は痛いほど分かります。そこに商品の特性や個性と重ね合わせることで、固有のストーリーを作っていけるわけです。

「ひとつ上のレイヤーの気持ちを考える」と言いましたが、これは「その商品やサービスが何のために存在するのか」という、ゴールデン・サークルの「why」を考える作業と同じと言えるかもしれませんね。

仕事柄、人に話を聞くことが多く、みんな「自分なんてたいした経験してきてない」って口にするんですけど、仕事でプロジェクトを一つ完成させるにしても、いろんな経験、いろんなドラマがあるんですよ。大切なのは、そのときの気持ちに気づき、いつでも思い出せるようにしておくこと。「あのときのあの気持ち」という自分の中の体験が、次の企画を考えてストーリーにするときに活きてくると思います。

プレゼンは「説得」ではなく「仲良くなる場」

僕、そもそもプレゼンの場って、クライアントを説得する場所じゃないと思っているんです。これから一緒にしていくうえで、仲良くなる場というか。だから僕はいつも「仲間になりませんか」「お友達になりませんか」という気持ちでプレゼンをしています。企画書に手書きで絵を描くのも、仲良くなりたいからなんです。

相手と仲良くなれると、仕事が楽しくなりますよね。お互いのパーソナルなところを知って、好きになれば、相手のアイデアに余計に乗りたくなるもの。ビジネスだからってなにもドライに進めるより、一緒になってその仕事を楽しめるほうが僕は好きなんです。

僕がプレゼンを受ける側だとしても、報告みたいなプレゼンより、その人自身が透けて見えてくるようなストーリーのある話を聞かせてもらったほうがよっぽど嬉しいです。「お互いを好きになる」。僕にとってこれは、ストーリーテリングをするうえで、仕事をするうえで、とても大切にしている考えです。

コピーライター 白井千遥
大阪芸術大学卒業。制作会社、四季株式会社(劇団四季)を経て、フリーランスに。2016年からライター・プランナーのコミュニティ「モノカキモノ会議」を開始。TAMではコピーライターとして数多くのプロジェクトに参加しています。
[取材・文] 水玉綾 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 藤山誠
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