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終身雇用・定年退職の昭和的なサラリーマン時代は終わり、自分で自分のキャリアをつくることが求められる現在、「社内でキャリアを相談できる場がほしい」と願う若い人が増えています。
デジタルエージェンシー「TAM」は、そんなキャリア相談の場を20年前から設けてきた珍しい企業。「WDP(Work and Development Plan)」という仕組みの中で、若手社員が先輩社員と、社外活動も含めたキャリアプランを話し合える機会をつくっています。
どんな仕組みで、どのように若手社員のキャリア形成に役立っているのでしょうか? 爲廣慎二社長とデザインテクノロジーチームのリーダー角谷仁さん、若手社員の中村颯介さんにお話を伺います。
キャリアは自分でつくるもの
―今、キャリア相談の場を会社に求める若い人が増えているようですね。
角谷:将来の可能性が今、見えにくいんだろうな、という気はしますね。例えば、「ユーザーが喜ぶようなWebサービスをつくりたい」という人は多いんですけど、それを実現する方法や具体的な職種が見えていない人が多い。
プロダクトマネジャーを目指して、とりあえずエンジニアから入ってみたりするんですけど、果たして本当にそれでいいのか。マーケティングの知識や営業なども必要だし、エンジニアから上がって、20代後半で「ディレクターになります」と言っても、結構しんどいんじゃないかと僕は思うんですね。
会社によって上り詰め方は違うし、キャリアパスは1本ではない。だから相談して、その都度調整していくのが大事なのかなあ、と。
爲廣:自分でキャリアをつくっていかなければならないと考えていた人は、実は昔も一定数はいたんだけれども、絶対数が少なかった。僕は35年ぐらい前からそう思っていましたが、それはすごく少数派だったんです。
それがここ3、4年ぐらいで顕著な変化が現れている。大手企業に勤めていて、TAMに応募してくる人たちが口をそろえて言うのは、「自分1人になったときに、このままでは生きていけない」ということです。
「“終身雇用”とか“正社員”とか、そこにこだわってはいけない」ということに、若い人たちが気づいてきた。今、その絶対数が一気に増えたということだと思います。そういう意味では、時代が僕に追いついてきましたね。
―絶対数が少ない時代から、TAMには社内でキャリア相談できる仕組みを設けていたんですね。
爲廣:「WDP(Work and Development Plan)」というもので、20年ぐらい前からありました。当時としては珍しいと思います。
僕は商売人の息子で、「経営者になれ」と言われて育ちましたから、「自分の道は自分でつくっていく」というのがそもそもの大前提。TAMの社員にも「自分のキャリアは自分でちゃんとつくっていってください」「自分で勝手に幸せになってください」ということで、WDPを導入しました。
TAM自体は生きる力を鍛える場なので、「TAMで勤めることによって、その人のキャリアもより良くなっていかないといけない」というのが僕の根底にある考え方です。
WDPを実践 「なりたい自分」を見据えて目標設定
―「WDP」とはどのようなものですか?
爲廣:「WDP」の「W=Work」は今期の成果、「DP=Development Plan」 は来期の計画です。今・来期の「PGST(目的、指標、戦略、戦術)」を書き込むシートに、各自の「キャリアプラン」のシートを付け加えたのが、TAM流のWDPになっています。
角谷:キャリアシートには、まず「どうなりたいか」というキャリアビジョンを一言で書き込む欄があります。その下に、自分の強みや弱みを書いて自己分析する欄、将来を短期と長期に分けて予測する欄があります。
そして「なりたい自分」を「家族」「キャリア」「マネー」などに分けて具体的に書き込み、それに近づくために必要な「スキル」や「資格」「人脈」などを考えていきます。
ミーティングではあくまで、その人の最終的なゴールを考えて、そこに向けてどう到達したらいいかを一緒に話し合う。例えば、「自分1人で食べていけるようにする」という目的のために、「情報発信して自分のブランド、看板をつくっていかないといけないね」とか。
―どのぐらいの頻度でミーティングを行っているんですか?
爲廣:もともとは1年に1回でしたね。9月の期初に1年の目標を立てて、8月に振り返る。でも、今は各チームによって年1~3回、ばらばらだと思います。
角谷:僕のチームはもともと期初に目標を立てて、中間にキャリアミーティングを1回やって、期末に振り返り‥‥と、合計3回だったのが、今は頻度を上げて2カ月に1回やってます。1回のミーティングは約1時間。僕のカレンダー、めちゃめちゃみんなのWDP入ってますからね(笑)。
爲廣:7、8年前は100人ぐらいを僕ひとりでやってたんですが、そのときはキャリアミーティングをやるたびに5人ぐらい辞めていくんですよ。
それでもいいと思うけれど、「ちょっと待ってくれ、もうちょっと手伝ってくれよ……」というジレンマがあるわけです。送り出してあげたい気持ちと、頼むからもうちょっとおってくれ、という気持ちと。
当時はもう、命奪われそうになりながらやってましたね(苦笑)。それでもやっぱり「勝手に幸せになりなはれ」があるから、自分に鞭打ってやっていました。
見えない階段が見えるように
―中村さんはTAMに入社して2年目。WDPをやってみていかがですか?
中村:まずキャリアを一緒に考えることに時間を取ってもらえるということ自体が、すごくありがたいと思っています。
以前勤めていた会社も、目標設定をして振り返ろうとはしていたんですが、小さな会社であまりにも余力がなく、なんやかんやで振り返れなかったりして……。
TAMでは定期的に時間をつくって、しっかり話を聞いてもらえるので、いつも贅沢だな、と思っています。
―WDPがあったことで、何か変化はありましたか?
中村:僕は高卒で仕事を始めて、「自分の力で仕事ができるようになりたい」という気持ちがずっとあったんです。最終的には、身に付けた力で地元の福岡とか、好きな街の企業を応援できるようになれたらいいな、と思っていて。
ただ、どうキャリアを築いていっていいか分からない……つまり、「気持ちはあるけど、階段が見えない」みたいな状態だったんですけど、WDPでは知識や経験のある先輩と一緒に、その「階段」を考えていくことができました。
具体的に言うと、僕の1年目の目標は、「自分の給料は自分で稼ぐ」だったんですけど、その数字を作るためにどうすればいいか、というのが分かりませんでした。
なので、会社がどういう仕組みで、個人としてどういう成果を上げないといけないか、その成果を上げるためには何をしなきゃいけないのか、というのをPGSTの中で先輩と一緒に考えていきました。
そのとき、売り上げが多く、活躍している先輩のディレクターは社内外にファンが多いなと思いました。そこで、「自分に3社のファンをつくる」というのを戦略に入れたんですよ。
―「3社のファンをつくる」というのは、上るべき「階段」の解像度が高いですね。
中村:はい。どう頑張ればいいか分からない状態から、具体的にどう頑張ればいいかが分かる状態になったので、それはすごく良かったな、と思います。
あと、つい先日もWDPの機会があって振り返ったんですけど、1年前に自分が目標としていたものを見返して、「ああ、こういうことを思っていたな」と。日常の業務に忙殺されて、元々の目標を結構忘れているので、ちゃんと思い出すきっかけがあるのはすごくいいな、と思っています。
「好き」と「エッジ」を見極める
―爲廣さんと角谷さんは、WDPで若手社員の「階段」をつくっていく中で、大事だと思うのはどんなことですか?
爲廣:僕がキャリアミーティングをするときには、その人の「エッジ」がどこにあるかを見極めるために必死で話をします。
「好き」というのと、自分の「エッジ」というのが合っていない場合が非常に多くてですね。それを軌道修正して、「こういうことができるんちゃう?」と言ってあげるというのは、リーダーとしての役割かなあと、僕はずっと思っていました。
その人のエッジがどこにあるかを見間違うと、最後までずっと間違えますから。
角谷:僕もそう思いますね。今、特に大事だな、と思うのは、キャリアが多様化しているということ。
例えば、エンジニアとして上がっていった先に何があるかというと、「エバンジェリスト(最新のテクノロジーを大衆向けに分かりやすく解説し、啓蒙する)」という職もあれば、「テクニカルディレクター」というのもあれば、「プログラマー」として生きていくというのもある。
それをリーダーは把握しておいて、その人の適性に合わせてどう導くかを考えないといけないな、と思います。そして、どこに向かうかをある程度定めたら、そこに向かってチャレンジできる仕事を用意するのも、リーダーの仕事だと思っています。
中村:僕も「憧れ」みたいなものと、実際に自分が役に立つことは違うと思います。PGSTで目標を設定する際には、エッジを前提にするのが結構重要だなあ、と感じました。
自分のPGSTを振り返っても、どちらかというと「今できること」を前提に戦略を考えていたので、1年目に掲げていた目標は8~9割達成できています。次回はもう少し高い目標を立ててもいいかな、と思っています。
―次はどんな目標を立てていますか?
中村:まだ考え中ですけど、少しずつ「自分の名前でお客さんやチーム内外の人たちに選ばれる」みたいな状況がつくれたらいいなあ、と。これまでは先輩方につくってもらうことが多かったので。
ディレクター職としてなんとなく見えてきたエッジを立てて、社内のプロジェクトをやってみるとか、仕事の3分の1ぐらいを社外活動に充ててみるとか。
あとは、もう少し大きな売り上げをつくっていくにはどうすればいいんだろう‥‥と考えています。個人では限界があるので、他のディレクターと協力してプロジェクトをやっていくことにも慣れたいです。
WDPのこれから
― 中村さんは、将来やりたいことに近づくのにWDPが役立っている、と感じていますか。
中村:今の僕のレベルだと、会社の中に成長できる環境があるので、これを積み上げていくと、十分たどり着けると感じています。
僕が考えるに、人は「知識」と「機会」と「戦略」の3つがあるから成長できると感じられる。「知識」は先輩から教えてもらったり、勉強会があったり、そういう仕組みが会社の中にあるし、会社の中にはたくさん「機会」となる仕事がある。さらに「戦略」は、「PGST」と「WDP」で先輩とつくれているというのがあるので。
―爲廣さんが感じるWDPの成果は? また今後、どのようにWDPを進化させていきたいですか?
爲廣:TAMのリーダーの人たちが自分の道を自分で引けるようになっているという意味では、WDPの成果は大きかったと思います。外へ出て行った人たちも、TAMのPGSTはいまだにみんな使っているようです。
頻度を上げて、コミットメントの回数を増やすということは、これからますます重要になっていく気がしますね。リモートワークも増えていますし、そういうつながりがさらに重視されていくように思います。
角谷:今は2カ月に1回の「決め事」としてやっていますけど、本来は別にそういうものではなくて、メンバーとリーダーのコミットメントですよね。
どれだけ信頼関係が築けているか、お互いどれだけ理解して評価しているか、メンバー側がどれだけ自分のことを知ってもらえているか……が大事だと思っています。
中村:本当にそうだな、と思います。始めは自分1人でもWDPはできるかもな、と思ったんですけど、やっぱり話を聞いてもらえる場で「理解してもらえている感」とか、「見てもらえている感」をすごく感じています。
今後は隣の社員のWDPを見る機会があるといいなあと思います。横の人がどういうことをしたくて、どういうことを目標にしているのか、ディレクターとしても結構気になるところなので。目標を一緒に考える機会があっても面白いですね。
[取材] 岡徳之 [構成] 山本直子 [撮影] 藤山誠、石田バレット(Barrett Ishida)