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貧困をなくそう、飢餓をゼロに、質の高い教育をみんなに、気候変動に具体的な対策を――世界各国で持続可能な開発目標「SDGs」への取り組みが活発化していますが、それはどこか遠くの国で起こる壮大な計画のように感じる人も少なくないのでは?「SDGsを仕事にする」にしても、特別な仕事のような響きがあります。
しかし、「SDGsは自分の生活や仕事と関係のある身近なもの」と言うのは、デジタルエージェンシーTAMで働く、コミュニケーションプランナーの加藤洋さん。クライアントである企業や地方自治体で働く人たちのSDGsへの意識を高めるため、「カードゲーム」を使ったユニークな取り組みをしています。どのような活動なのでしょうか?
SDGs達成へのアプローチ「協働シナリオ」
―日本でもSDGsへの関心が高まっていますね。加藤さんの取り組みはどのようなものですか?
友人たちがやっている「SDGs de 地方創生」という取り組みで、公式ファシリテーターになっています。
日本では東京一極集中を是正して、日本全体の活力を上げることを目的とした「地方創生」が2014年から内閣府主導で行われていますが、その街づくりがSDGsと相性がいいんじゃないかということで、特定非営利活動法人の「イシュープラスデザイン(issue + design)」と、株式会社プロジェクトデザインが協働で始めた取り組みです。
地方創生、街づくりっていろんな側面があって、働く場所をつくるとか、女性の自立を助けるとか、産業をつくるとか、教育、医療とか、そこにはいろんなことが含まれますが、国連が進めているSDGsという視点を加えることで、いい取り組みが生まれるんじゃないかということなんですね。
(https://sdgslocal.jp/local-sdgs/ より)
これはissue + designがつくったイシューマップです。
地方創生の街づくりの中で、SDGsに関係してくる「イシュー」を振り分けたもので、SDGsの1~17のターゲットがそれぞれ街づくりのどういったことに関わっているかということが描かれています。
例えば「健康」では「孤独死」「自殺」「生活習慣病」など。「教育」だと「教育格差」とか「不登校・いじめ」とか。
SDGsには「すべてを解決していく」という考え方があって、例えば、貧困の問題だけ解決してジェンダーの格差が広がってしまっては本末転倒なので、貧困の問題も解決するし、女性の自立の問題も一緒にやっていく、と。
これは「共働」によって可能になります。逆に参加者が「分断」していると、例えば海洋汚染によって漁業が衰退して、それに対して住民の反発があって、地域が衰退して……というシナリオになってしまいます。これも円グラフにすると分かりやすいんですね。
(https://sdgslocal.jp/local-sdgs/ より)
それでも実感としては分かりにくいので、これを「カードゲーム」で遊びながら学ぶんです。
このゲームの会場として、TAM東京のコワーキングスペースを時々お貸ししていたんですが、会場提供者としてゲームに参加しているうちに「SDGsというのは遠い国の話じゃなくて、自分たちの身近にあること」「自分たちがインターネットを使うのが得意なことで貢献できることはたくさんあるかもしれない」と思うように。
それがきっかけで、このゲームの「公式ファシリテーター」になりました。ゲームにはだれでも参加できるんですが、主催者になるためには資格が必要で、ゲームを実際に運営する講座を受けて、事務局に認定をもらいます。
ゲームを主催するときは、SDGsに興味のある企業に「ゲームで学んでみませんか?」と提案したり、街づくりの勉強会でワークショップをする形で呼びかけます。カードゲームは10人ぐらいからできるんですが、多いときは20人ぐらい集まったりします。
リアルなカードゲーム、後半でみんなが気づくこと
―実際、ゲームはどんな感じで進んでいくんですか?
ワークショップをする部屋を一つの街と見立てて、参加者がそれぞれ街の住民になります。最初に「あなたはこういう役割の人です」という職業カードみたいなものが配られるので、そこで議員とか、ベンチャー企業の社長とか、それぞれ役割が決まります。
そして、各人がそれぞれ目標を持つんです。企業だったら「なんぼ儲けます」とか、行政担当者だったら「人口を増やす」とか。観光協会みたいな役割を受けた人は、「いくつプロジェクトを達成する」みたいな。
そして、次に配られるのが「プロジェクト」と「お金」と「人」のカード。プロジェクトはいっぱいあって、例えば「子ども食堂をつくる」とか「増税する」「育児キットを配布する」「工業団地をつくって企業を誘致する」みたいなことが書いてあります。
そこにはそのプロジェクトを達成するために必要なお金と、デザイナー、議員、大学教授など必要な人が書かれているので、自分の手元にきたプロジェクトを達成するためにお金と人を集めます。
プレイヤー同士で交渉したりカードを交換したりしながらお金と人を集めたら、ゲームをコントロールする「カードマスター」の人に出しに行くんです。その人に「プロジェクトができます」と承認をもらう。そうやってプロジェクトを達成していって、街のポイントが上下するようになっています。
―各プレイヤーがそれぞれプロジェクトを進めますが、最終的には「街全体の住みよさを高める」という大きな目標をみんながスタート時点で共有しているんですね。
そうですね。街の指標は4つ、「人口」と「経済」と「環境」と「暮らしやすさ」があるんですけど、これらのポイントが増えたり減ったりします。
例えば、「子ども食堂」をつくると、「暮らしやすさ」は上がるけれど、「経済」は下がるかもしれない。自分の手元にあるプロジェクトをやって、どういう変化が起こるかというのはカードに書かれていないので、街の状況を見ながら、プロジェクトをやるかどうか決めるんです。
そのプロジェクトをやって起こる変化というのは、主催者しか知りません。だから、プレイヤーは「これをやったら住みやすさが上がるんじゃないかな」とか「これをやったら経済は上がるけど住みにくくなるんじゃないか」というのを想像しながらやるんです。やってみないと、それがどういう影響を街におよぼすかは分からないんです。
―やってみないと分からない。すごくリアルですね。
そうなんです。みんなが持っているカードというのは基本的には手元にあるので、人がどういうことをやりたがっているのかは見えないんですよね。見せてもいいんですけど、最初は探り探りになるんです。
自分の目標は見えているので、それは達成しなければ……ということで、目先のプロジェクトをどんどんやっていっちゃうというのがゲームの傾向としてあって、そうすると街がどんどん住みにくくなってくるんです。
―面白い!実際にそうなるんですね。
うまくできているんですよ。人口が減っていったりとか、経済は発展するけど住みにくいとか。
手元にある目先のプロジェクトばかりやっていくと、みんなが「街がどんどん悪くなっているじゃん」と気づき出して、それぞれが持っているカードを共有しよう、意識を合わせよう、みたいなのが自然に生まれるんです。机の上に自分のプロジェクトを広げて、「自分はこれだけお金があります。これだけの人脈があります」と。そこから協力が生まれていく。
だから住民の対立というのは、みんなが目先の自分のことだけをやっていて、なにを考えているか分からない、というようなときに起こります。
それってリアルな街づくりでもあると思います。どこにプレイヤーがいるか分からないとか。学生を巻き込みたいけど、どうつながっていいか分からないとか。でも協力することでいろんなことが解決するよね、みたいなことを疑似体験できるカードゲームなんです。
―ゲームは何周ぐらいやるんですか?
12年間を3年1ターンで区切って、4ターン行います。1ターン目、2ターン目ぐらいはそれぞれ自分のプロジェクトばかりやってお金儲けしちゃう人が多くて、あまり話し合いも起きないんですけど、それでどんどん住みにくくなって、人口がどんどん減って……。
3ターン目、4ターン目ぐらいからみんなで協力しなくちゃヤバい、と気づき始める。話し合いが自然と起こるという感じですね。話し合わないとプロジェクトが動かないんです。
いいプロジェクトだけどお金がない……というとき、行政が税金を持っていたりするし。行政の担当者も「そのプロジェクトをやってなにが変わるんですか?」「どうしようかなあ、ちょっと考えます」とか言って、お金を出し渋るみたいなのが、ゲーム上でも起こります。行政側になりたい人もいますよ。日ごろのストレス発散に(笑)。
―ゲームをやった後はどんなことをしますか?
自分たちでいい街がつくれたかどうかを見て、それぞれの気づきを共有します。早く情報をシェアしたほうがプロジェクトをいろいろ達成できたとか、途中で気づいたとか、プロジェクトをどんどん人に振って巻き込んだほうがよかったとか。
そこで、「みんなで協力しないとダメだよね」とか、「企業の中でも情報公開しないとダメ」とか、みんなコミュニケーションの重要さが分かって、意識合わせができるんです。
SDGs視点で企業の情報発信を変えていく仕事
―カードゲームのファシリテーターとして、加藤さんはそれをお仕事の中ではどう活かしていますか。
TAMのなかではソーシャルメディアのコンサルタントみたいな立場で、いろんな企業の「フェイスブック(FB)」とか「インスタグラム」のお手伝いをしているんですが、特にFBをやっていると、「ネタがない」と。
つまり、自分たちのやっていることが整理できていないという課題があって、企業の情報を引き出すときにそのSDGsの視点が活かされています。
例えば、CSR(企業の社会的責任)として、「森に木を植えよう」とか「川のゴミ拾いをしよう」とか「外来種を駆除しよう」とか、そういう活動は今まで企業が頑張ってやってきたと思うんですけど、それが地球環境に対してどういう影響を与えているのかは、あまり考えられてこなかったと思うんです。
それがSDGsができたことによって、自分たちの森に木を植える活動が地球環境の中でどこにいい影響を与えているのかが考えやすくなったというのがあって、おつき合いのある企業の方たちがそういう考え方をし始めました。「自分たちのやっている活動はSDGsでいうと、ここに対して責任を果たしているね」みたいな。
僕らも情報発信をお手伝いする中で、企業のやっていることを聞いて、「それはSDGsでいうとこれになりますよ」とアドバイスします。
―CSR活動だけでなく、企業の事業そのもの、本業をSDGs視点で考え直すということにもつながるんですか?
そうですね。ハーバード大学のマイケル・ポーター教授の「Creative Shared Value(共通価値の創造:CSV)」という考え方があるんですけど、企業が活動をするときに利益を出すということも必要だし、社員の幸せも必要だし、地域に対してちゃんと貢献することも必要。日本で言うと「三方よし」みたいなことを言っています。
企業がCSVを考えるときには、SDGsの考え方を組み込んだり、そこで責任を果たすことが大事になります。これをもとに企業はCSVの発想で新しい事業やプロジェクトを始めることができるという感じです。
実際に僕のクライアントのなかでも住宅を建てた後の建材をどう活用するとか、廃材を使って商品をつくるとか、SDGsを意識した活動が見られるようになりましたね。
自分の仕事もSDGsとつながっている
―加藤さんご自身の活動にもSDGsの視点は活かされていますか?
僕は「しゃかいか!」という日本のものづくりを紹介、応援する活動をしていて、そのなかでSDGsの「教育」に貢献したいと考えています。ほかにも、若い人って就職活動して必ずしもやりたい仕事に就けない人も結構いるので、地方で面白い働き方をしている人を紹介するとか。
僕らはインターネットを使って仕事をしているので、場所を選ばず仕事をしたり、人生のステージの変化に合わせてスタイルを変えて働けます。同じように、いろんな人たちが質の高い教育をインターネットを通じて受けることができるようになったり、自己実現ができるようになったり、自立共生社会に貢献できればと考えています。
SDGsができた背景にはIT技術の発展が確実に影響を与えているので、自分たちがインターネットの仕事を生業にするなかで、ただただWebサイトを作りましょうとか、ECの売り上げを上げようとか、それだけじゃなくて、こういうことも意識をして仕事ができると、やりがいがあるなと思っています。
―「SDGsを仕事にしたい」と思っている人が思い浮かべるのは、環境保護とか特別な事業をやっている会社に就職・転職することかもしれませんが、もしかしたらSDGsに関わるという選択肢はそれだけじゃないかもしれないし、日々の仕事も「SDGs的に」捉え直すことができるんですね。
そうですね。知っておくだけで「ああ、この働き方はここにつながっているんだな」とか。
SDGsを仕事にしたいというときに、たぶん「アフリカに貧しい子どもがいます」とか「〇〇国では教育をまともに受けられない人がいます」みたいな、そういうイメージを持っている人が多いと思うんですけど、本当はそうじゃなくって。
もっと身近にあることで、「自分にできることがあるんじゃない?」ということで想像しやすいのが、さっきの「地方創生」みたいなことです。
どうしても「地球にいいことしよう」に凝り固まりがちなので、そうじゃなくて自分の街から考え直そうよ、というのはできるんじゃないかと思います。「遠い国の話じゃない」みたいな訓練は必要かもしれないですね。
―知るだけで見方は変わりますね。加藤さんの身のまわりや面接とかで、学生さんの方からSDGsのことを聞かれたりしますか。
僕の息子が高校1年なんですが、彼らは普通にSDGsの話ができるんです。2年ぐらい前に大学を卒業した子たちが日本ではじめて大学でのSDGsのイベントをやったりしていたんで、そろそろそういう世代が出てくるんじゃないですかね。
「御社はSDGsの取り組みをやっていますか?」ってたぶんこれから聞かれる気がしますね。
株式会社TAM 取締役 / しゃかいか!編集長 / コミュニケーションプランナー / アートディレクター 加藤洋
1975年京都生まれ、滋賀在住。DTPデザイン、ECサイトの立ち上げなどを経て株式会社TAM入社。数多くのWebプロジェクトに携わる。ASCIIウェブプロフェッショナルにて、「今日からできるFacebookファンページ制作&運用ガイド」を連載し出版。Webメディア「しゃかいか!」を通じてものづくり企業と消費者の新しい関係づくりに挑む。
[取材] 岡徳之 [構成] 山本直子 [撮影] 藤山誠