Holmes | Goodpatch グッドパッチ
契約マネジメントシステム
https://goodpatch.com/ja/work/holmes
今回インタビューをしたのはGoodpatchでクリエイティブディレクターを務める難波 謙太。ロンドンにて14年に渡りデジタル領域のデザインプロジェクトを手がけ、2018年よりGoodpatchにジョインするまでの道のりや、今Goodpatchで実践するブランドエクスペリエンスデザインについて、そして1人のマネージャーとして取り組みたいことを聞きました。
僕は1994年にイギリスに渡り、美術大学卒業後、Collecitve London、AKQA、Digitasなど数々のデザイン会社でデジタルプロジェクトを担当しました。いちプレイヤーとして6年間ほど活動していましたが、少しずつプロジェクトの規模が大きくなるにつれて、若手のデザイナーとチームを組んだり、新しく採用するというケースが増えてきて、自分のチームを持つようになりました。
当時は手を動かしつつプロジェクトチームをリードしていただけで、正式なマネージャーではありませんでしたが、デザイナーのマネジメントの楽しさにのめり込んでいきました。様々な人のスキルや得意な技術をかけ合わせることで、自分一人でやっていた時よりもプロジェクトの品質と振れ幅が増すことを実感したんです。「自分よりできるデザイナーはいくらでもいる。ディレクションに専念し、少しずつ手放してもいいのかもしれない」と思うようになりました。それからは完全にプレイヤーを卒業し、何社かで10人以上のデザインチームのマネージャーを経験しました。
難波がロンドンで担当していたプロジェクトの一部
プレイヤーからマネージャーにシフトする段階で一番苦労するのは、自分で作った方が手っ取り早い時にも、粘り強く彼らに答えではなく、ヒントを与えて導かなければならないということだと思います。メンバーの成長のためには遠回りが必要なので、僕がひとつの答えを持っていたとしても、メンバー自ら糸口を見つけてもらわなければなりません。最初はもどかしさやストレスもありましたが、遠回りでもそれをやり続けていくことで、彼らが自らの力で壁を乗り越えていく経験を積み重ねて成長していく姿を見ているうちに「一人でデザインするより何倍も楽しいな」と思えるようになりました。
さらに、デザインチームをマネジメントしていてもうひとつ大事にしていることが、メンバー同士が助け合う文化をつくることです。何かひとつ良いことが起こった時、それが一人の成功体験ではなく、チーム全員の成功体験になるんですよね。ひとりの力で掴んだ結果ではないので。僕もチームの一人として喜びを分かち合えることは何よりもの快感でした。
当時はマネージャーになってからも、手を動かす機会がゼロにならないように意識していました。これはデザイナーあるあるだと思うのですが、自分よりできると思えない人に指示されることを嫌うんです(笑)。なので、時を見計らってあえて手を動かしてメンバーにアイデアを示すようにしていました。マネージャーとして、「この人に相談すればなんとかなる」と信頼してもらうための立ち振る舞いが身についたと思います。
その後もロンドンで活動を続け、気がつくと渡英から18年が過ぎていました。キャリア的にひと段落ついたタイミングで、世界を放浪する旅に出たんです。2年間かけて中南米やアフリカ、アジア大陸を巡りました。そこでお金やモノがなくても豊かに暮らしている人たちに出会い、自分の今後の仕事を見つめ直した時に、これまでは何かを「売る」ために仕事をしていたけど、これからは何かを「伝える」「教えられる」人になりたいという気持ちが芽生えました。せっかく長年海外で働くことができたので、そこで得た失敗経験や乗り越えたエピソードなども含めて、これからの若いデザイナー達にとってヒントを与えられる存在になりたいなと思ったんです。
放浪を終えて日本に帰ってきてからは、企業のアドバイザリーなど横断的なサポートを中心に活動していたのですが、様々なデザイン会社やスタートアップ、大きな事業会社などと接する中で、「デザイン」というバズワードを良い感じに謳う企業が溢れている中、実際にはアピールしているほどデザインの価値が会社に浸透していないと感じることも多々ありました。デザイナーがアイディエーションなどの企画フェーズに参加できなかったり、そもそも社内にデザイナーが少なかったり、ディレクターがデザイナーの上にいて仕様を決めてしまうといった実態にすごく違和感を持ちましたし、現場の実態と企業としての理想にギャップがあるなと思いました。ヨーロッパではデザイナーが職種を横断してコミュニケーションを取ったり、企画から参加しアイデアを出し合い、デザインに落とし込むところまでやりきることが当たり前だったんです。
だからGoodpatchのことを知った時には「デザインの力を証明する」というミッションに対して「本当なのかな?」と半ば懐疑的でした。「すごい壮大なこと言ってるな」と(笑)。でも、代表の土屋や執行役員の松岡と会って話してみると、飾ったことを謳うような人ではなく、ガチ感が伝わりました。帰国して数年が経ち、特にデジタル領域に関しては、まだまだ日本でのデザインの価値の低さに大きな課題感を抱いていたこともあり、個人的にもミッションがとても刺さりました。そこでデザイナーの育成やビジュアルデザインを強化していきたいと松岡から話があり、力になれそうだと思いGoodpatchにジョインしました。実際に入ってみると、メンバーがプロジェクトでもフロントに立ちクライアントと接していたり、チームで前進している姿を見て「この人たちは本気でデザインの力を証明しようとしている。ここでなら自分にできることがあるかもしれない」と感じましたね。
僕がGoodpatchにジョインしたのが2018年3月。当時はデザイナーやエンジニアが所属するユニットは職能が混合していましたが、それぞれの専門性を磨いていくにあたり、2019年4月から職能別の新体制に切り替わりました。
UIとBX(ブランドエクスペリエンス)の混合ユニットのマネジメントを経て、現在はBXユニットが独立したので、そこのマネージャーを担当しています。職能別の組織ではありますが、専門性を高めていく上でお互いのデザイン領域を超えてコラボレーションすることが多いです。
もともとGoodpatchではBXという考え方は明文化されていませんでしたが、近年「デザイン」の定義が拡張する中で、デザインパートナー事業においてもVI(ビジュアルアイデンティティ)の構築などを手がけることが増えていきました。
サービスやプロダクトのビジュアルデザインをする上で、ブランドという視点は欠かせないものだと考えています。ブランドは経営者の思想から生まれるものであり、それがプロダクトに反映されることでブランドがより強固なものになる。ブランドとプロダクトの両輪をつくりあげることも本来のデザイナーの役割ではないか、というところからBXチームが誕生しました。
益々モノが飽和している時代で、購入に行き着くまでにも様々な情報を集められますよね。企業がどんな理念でモノやサービスを作ったのか、選択するうえでユーザーにとって大事な情報のひとつになっています。ただ「面白そうだから」「みんなが使っているから」というだけでは選ばれなくなっているからこそ、プロダクトだけではなくブランドを通した一連の体験をデザインする、BX(ブランドエクスペリエンス)という考え方が必要になると考えています。
BXは対ユーザーだけではなく、企業で働く人に対しても適用できます。様々な職種の人が集まり、一つのチームとなってプロダクトを作って育てていく中で、経営者のビジョンや理念が浸透していない状態だと、必ずいつかどこかで歯車が狂うはずです。つまりインナーとアウター両方におけるBXのデザインが必要になるんです。その代表的な事例として「SUNTORY+」と「ContractS CLM(旧:Holmesクラウド)」をご紹介します。
SUNTORY+はサントリー食品インターナショナルさんが提供するヘルスケアサービスアプリです。Goodpatchではこのアプリがまだ構想段階の2018年12月からデザインパートナーとしてお手伝いをしています。
SUNTORY+:https://goodpatch.com/work/suntory
SUNTORY+のBXデザインにおいては、実現したい世界観、想いをチームメンバー共通の目標として掲げ、ビジュアルで表現するためのビジョン、ミッション、バリューの策定がまずあります。SUNTORY+は大規模なプロジェクトなので、私たち以外にもパートナーがいたりもするのですが、ビジョン・ミッション・バリューに基づくプリンシパルを作ることで、常にブレない一貫性のあるビジュアルデザインができるようになっています。
また、一般的な健康アプリは1ヶ月後にユーザーの継続率が15%を切るというデータがある中、SUNTORY+の継続率は平均で50%をキープしており圧倒的な継続率を誇っています。サントリー食品インターナショナルさんとGoodpatchのパートナーシップは2年以上続いていますが、それでも彼らは現状維持にとどまらず、2021年には国際的なデザインアワード iF Design Awardにエントリーし受賞するなど、新たなチャレンジも続けているチームです。
「SUNTORY+」が、「iFデザインアワード」を受賞。グッドパッチが新規事業の構想からUI/UXデザイン、開発・グロースまで一気通貫で支援
国内初の契約ライフサイクルマネジメント(Contract Lifecycle Management、以下 CLM)企業として、契約の本質的な課題解決に取り組むContractS株式会社(旧:Holmes株式会社)とのプロジェクトです。
インナー向けにミッションステートメントやプロダクトタグライン、ステートメントポスターなどを共創し、ContractSで働く一人ひとりがブランドに対して個人的な関わりを持ち、自分のものにしてもらうためのお手伝いをさせていただきました。
今後のフェーズではプロダクトの改善をはじめ、アウターに向けた取り組みも目指しています。インナーがアウターに反映され、相互に作用していくのが自然な形だと思うので、今後もこうしたBXデザインの事例を増やしていきます。現在もいくつかのプロジェクトでインナー・アウターそれぞれへのBXデザインのアプローチをしながら、今年つくりあげた再現性のあるフレームワークをいろいろなユースケースで活用し、徐々にアップグレードしているところです。
GoodpatchのBXデザインチームによるフレームワーク「BXD Foundations」
BXデザインチームにおけるクオリティの底上げは急務なので、現在は僕がデザインリードを兼務していますが、いずれは今いるメンバーたちに任せるつもりです。その分、僕はCreative Design Unitの未来はもちろん、コーポレート全体に関わる動きも増やしていきたいと思っています。例えば、Goodpatchの組織としての成長と共に、Goodpatchブランドの見え方や情報も適度にアップグレードしていく必要があるのですが、現状そこまでまだ追いつけていないです。そんな部分もデザインできればと思いますね。
あとは、もっと外に出て発信していきたいです。ブランドを構築するためにはクリエイターも領域を問わず発信するべきだと思うので、2018年にはデザインカンファレンスDesignshipで「ロンドン歴18年の日本人が学んだ 欧米のデジタルデザイン」というテーマで登壇する機会もいただきました。
Designship2018に公募スピーカーとして登壇した難波。Twitterモーメントはこちら
2019年11月にはDesignshipとAXISのコラボレーション企画で「アイデンティティ」についてお話しさせていただきました。今後もこうした機会を増やして、少しでも若いデザイナーにとってヒントになれればと思っています。
あとはGoodpatch Europeとの連携も深めていきたいです。双方からいい思想をエクスチェンジしたい。現在の僕たちのクライアントは日本企業が大半ですが、視野は常に広げていかないとクオリティも上がりません。
僕が14年間ロンドンで働いていて感じたのは、様々な国籍や文化を持つ人々がミックスされたとてもマルチな場所だということでした。そんなコミュニティのなかでデザインされているプロダクトは、視野の広さが違うんです。まさにユニバーサルデザインですね。
今、世界で愛されているプロダクトは、ローカライズされている部分はありつつも、根本的には全人間を対象に考えられています。多くの人に選ばれ、使われ続けているプロダクトには、ユーザーとしてだけではなくクリエイターとしても触れていく必要があるので、僕自身のバックグラウンドも活かしながらGoodpatch TokyoとEuropeがより深く繋がれるようにしたいです。
8期最初の全社向けミーティングで難波が作成した資料
Goodpatchという組織は様々な壁を乗り越えて、今とても上向きな状態だと思います。もちろん向き合わなくてはならない課題はたくさんありますが、それもすべて良い方向に向かうための課題なので、健全なことに思うし、一年半前よりもみんなの足踏みが揃っているような感覚を持てています。
今後は、まずはGoodpatchが作ったものがいろんな人々の役に立ち、愛されてほしい。継続的に使われることが愛されることだと思うので、そんな事例を日本でたくさん生み出したいです。その先は、世界が舞台ですね。日本では知られているGoodpatchの名前も、世界においては無名です。近い未来、世界中で知られているようなグローバルなデザインカンパニーになることを目指しています。