会社を選ぶとき、給与の見方がわからない、という声を聞くことがあります。筆者の人事コンサルタントとしての30年近い経験をもとに、就職・転職を目指すあなたにとって有利な給与制度の見極め方をお教えしましょう。それは経営者向けには、給与制度をどう変えればよいかというヒントにもなるはずです。
どの会社の条件がよいのかわかりづらい
「求人票に示されている給与の意味がよくわからないんです」
弊社で働くインターンからそんな声を聞くことがあります。
弊社では、在籍しているインターンに対して他社での内定獲得を積極的に支援しています。
そんな中で、求人票の見方、特に給与額のところがよくわからないという言葉を聞きました。
たとえば皆さんは次の3社のうち、どの会社の給与条件が良いと思いますか? これはとある業界での実際の求人票に記載してあった内容です。金額は少しだけ変えています。
A社:年収490万2000円(月給 : 29万6000円 × 12ヶ月 + 標準賞与額:135万0000円)
B社:年収476万4000円(みなし残業時間として月30時間。標準賞与120万円)
C社:年俸440万円(固定残業代なし)
この3社のうち、給与条件が最も良いのはC社です。A社とB社については詳細がわからないと判断が難しいのですが、背景にある人事制度を推測してみて年収で比較するとB社のほうが良い条件だと思われます。つまり求人票の年収はA社>B社>C社なんですが、お勧めはそれとは逆のC社>B社>A社ということです。
なぜこのような判断をするのか。
そこには残業代と賞与の秘密が隠されています。
みなし残業という遺物
この例では、B社の条件に「みなし残業時間として月30時間」という記載があります。みなし残業時間とは、残業時間に関わらず一定の残業代を支払いますよ、という仕組みです。10年ほど前まではみなし残業時間は、サービス残業のための仕組みでした。上記の名目で、実際の残業が40時間でも50時間でも、すでに30時間分払っているんだからそれを超える分はあなたの生産性が悪いからだ、という指摘にも使われたりしました。
しかし今、みなし残業時間の使われ方は変わっています。なぜなら残業時間に対する規制が厳しくなり、みなし残業時間を超えた残業をした場合には追加で残業代を支払うことが徹底されているからです。
けれどもこの例のようにみなし残業時間が記載されている求人票は多数あります。その理由は、見た目の手取り額を増やすためです。
実はこの条件に基づきB社の月給を計算すると29万7000円になります。年収476万4000円から標準賞与120万円を差し引き、それらを12等分するとその金額になります。ただしその内訳としては、基本給24万円、30時間分のみなし残業手当5万7000円となるのです。
仮にB社の人事制度において、5万7000円×12カ月分のみなし残業手当が払われず、残業した分を全部払いますよ、という仕組みだとすれば、求人票に示される年収は次のようになります。
B社:年収408万円(固定残業代なし。月給24万円 標準賞与120万円)
こうしてみるとそもそも固定残業代なし、としているC社>B社であることがわかります。
けれどもA社はまだ圧倒的に年収が高く見えます。
だからA社>C社>B社、の順なのでしょうか。
いえ、A社の実質年収はB社よりも少ない可能性があります。
逆算で推測する実際の年収
これは推測でしかありませんが、根拠は135万円という標準賞与額です。
一般的に標準賞与額は、月給の正数倍で決定されます。年間賞与月数5カ月分とか6カ月分とかいうやつです。で、年間賞与月数を正数、あるいは0.5か月刻みにしたとき、以下のようになります。
135万円 ÷ 6 = 22万5000円
135万円 ÷ 5.5 = 24万5454.5円
135万円 ÷ 5.0 = 27万円
135万円 ÷ 4.5 = 30万円
しかしこのうちのどの金額を12カ月分として計算しても、合計の年収490万2000円にはなりません。
そこで考えられるのがみなし残業です。
ではみなし残業がいくらだと金額が合うのかといえば、それは以下の場合です。
基本給22万5000円 みなし残業40時間=7万1000円 合計月給 29万6000円
標準賞与135万円(基本給の6カ月分)
つまりA社は月給額はB社より多いものの、基本給額は低い可能性があります。また、みなし残業時間もA社の方が多いので、仮に50時間残業した場合に追加でもらえる残業代が大きく異なってきます。
仮にみなし残業を記載せず、先ほどと同様の書き方をするとどうなるでしょう。
A社:年収405万円(固定残業代なし。月給22.5万円 標準賞与135万円)
B社:年収408万円(固定残業代なし。月給24万円 標準賞与120万円)
C社:年俸440万円(固定残業代なし)
A社よりもB社の方が年収が大きくなりました。けれどもその差はわずか3万円ですし、賞与額が大きく違うので、A社も悪くないのでは、とも見えます。
では次に、標準賞与の内容を解きほぐしてみます。
保障されていない賞与
もし求人票に「標準賞与」という書き方がされていたとしたら、それはどう見るべきでしょう。
人事制度を設計する人事コンサルタントの視点からは、2つの読み方ができます。
第一に、その賞与は評価によって増減する可能性があるということです。標準、とあえて記すということは、標準でない場合があるということだからです。たとえばA評価だと標準賞与×1.1倍になるけれど、C評価だと0.9倍になる、といった具合です。
第二に、その賞与は会社業績によって増減する可能性があるということです。特に賞与を月数換算する会社に多いのですが、業績が良かったから標準賞与は7カ月分になるけれど、業績が悪かったら5カ月分にある、といった具合です。
これらのことから、標準賞与は、個人評価と会社業績によって変動する可能性が高い、保障されていない金額であると言えます。
A社もB社も記載されているのは標準賞与なので、個人評価と会社業績によって大きく変動する可能性があります。その額はA社の方が多いので、普通の状態ならA社の賞与が多いのですが、環境が変わった場合に必ずしも保証がされません。
だから月給の比較がそのまま生きてきて、やはりB社>A社となります。
年俸制の意味
一方で年俸と記されているC社は、実は賞与が変動しません。年俸とは年単位での収入を固定する仕組みだからです。仮にこの会社が自分で月数割を決められるとしたら、以下のような選択肢が生じます。
年間賞与月数 6カ月(146万6667円) 月給24万4444円
年間賞与月数 5カ月(129万4118円) 月給25万8823円
年間賞与月数 4カ月(110万円) 月給27万5000円
年間賞与月数 0カ月(0円) 月給36万6667円
この場合の賞与は標準賞与ではなく、必ず受け取れるものです。個人評価や会社業績によって変動することは基本的にはありません。
だから、結論としてC社>B社>A社、となるわけです。
就職・転職を考える皆さんは、ぜひみなし残業と賞与のあり方に気を付けてみてください。
人事制度をフェアなメッセージにしてゆく
最後に少し視点を変えて、経営者側にお伝えしたいことを記します。
それは、見せかけのための給与制度が通用しなくなりつつあるという事実です。
まず、給与額を増やすためのみなし残業代支給が時代遅れになりつつあります。確実に支給される基本給額を明示し、残業をした分だけ払う、という仕組みの方が明らかにフェアです。
また、夏冬賞与についても、あり方を考え直すタイミングが来ています。
まず、個人の評価で月給を変動させているとすれば、さらに賞与にまで反映する必要があるのか=そもそも月給が変われば賞与も変わるはず、という点についての検討です。
さらに、会社業績によって賞与を変動させる、という仕組みについても、本当にそれで優秀な人をひきつけられるのか、という点です。
一つの答えは、パフォーマンスボーナスやプロフィットボーナスとして定義する欧米型の仕組みです。これらは基本的には加算型の賞与の仕組みです。
個人の業績によって賞与を加算するパフォーマンスボーナス。
会社の業績によって特別賞与として支給するプロフィットボーナス。
減らすロジックではなく、加算するロジックで給与・賞与の仕組みを見直していくことが、優秀な人材を確保するための方法なのですから。