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なぜ、日本はIT競争で国際的に負けてしまったのか。「ソフトウェア・ファースト」著者の及川卓也氏が語る日本の課題と今やるべきこと【前編】
ハッカズークは、企業と個人の新しい関係を実現して退職による損失をなくすために、アルムナイ(退職者)に特化したサービスを提供しています。今回は「ソフトウェア・ファースト」の著者であり、Tably株式会社の代表を務める及川卓也さんにお話をお伺いしました。ハッカズーク自身もソフトウェアを活用して日本を元気にしようとしているHR Techスタートアップ企業です。日本がIT競争で世界に負けている現状をどのように打破していけば良いのか、そしてTablyが新しくリリースした「Jasmine Tea」とはどのようなサービスなのかをお伺いしました!
プロフィール 及川卓也
早稲田大学理工学部を卒業後、日本DECにて営業サポート、ソフトウェア開発、研究開発に従事。1997年からはMicrosoftでWindows製品の開発に携わり、2006年からはGoogleにてWeb検索のプロダクトマネジメントやChromeのエンジニアリングマネジメントなどを担った。15年11月、技術情報共有サービス『Qiita』などを運営するIncrementsに転職。17年より独立し、プロダクト戦略やエンジニアリングマネジメントなどの領域で企業の支援を行う一方、クライス&カンパニー顧問に就任。19年1月、テクノロジーにより企業や社会の変革を支援するTably株式会社を設立した。
ーーまず最初に、Tably株式会社を設立された背景を教えてください。MicrosoftやGoogleでの経験から、外資系企業への転職も含めて多くの選択肢があったかと思います。なぜご自身で独立し、会社を作られたのでしょうか?
大学卒業後、DEC (Digital Equipment Corporation)、その後はMicrosoftとGoogleと、外資系企業で働いてきた中で、私は常に「日本代表として働いていている」という感覚を持っておりました。
私が社会人になってから、しばらくしてバブルは崩壊しました。失われた30年間と呼ばれる日本経済の停滞期はまさに私の社会人人生と重なります。日本の経済が停滞して日本市場に魅力がなくなったため、外資系企業のいくつかは日本から撤退したり、日本法人を縮小しました。韓国のサムスンでさえ、撤退こそしていませんが、日本展開していないプロダクトがあります。
これは当然の事態です。日本の市場が縮小すれば外資系企業は日本への投資を減らします。日本から研究開発センターを撤退させたり、日本法人の社員を減らすという判断が下されるわけです。そのため、外資系企業の日本法人という立場は、社内で他の地域や国と比べての日本市場の存在感をどう高めるかという争いをしている、いわば「日本代表」の立場ですよ。良い製品を提供し、日本企業に活用してもらうことで、日本の世界におけるポジションを維持、向上させることが必要なのです。なので、外資系企業ではあるものの常に日本のことを意識していました。世界の中で日本の存在感を強くしたいという気持ちは外資系企業を退職した後も変わらず、日本への恩返しではないのですが、日本企業への支援を始めました。
Tably株式会社:https://tably.rocks/
ーー外資系企業から日本を見ていたからこそ、日本企業の支援を決めたのですね。先日、OpenAI社CEOのサム・アルトマン氏が来日し、日本市場に注力するという発言をしたことが話題になりました。日本が今後IT活用を推進していくにあたり、OpenAIのChatGPTを始めとする生成AIが国内で広がることをどのようにお考えでしょうか?
もちろん良い傾向だと思います。情報流出などのリスクは常に議論して対策すべきですが、新しくて魅力的な技術を活用しようとする企業が多くいることは素晴らしいことです。今回でいうと日本で信頼感のあるMicrosoftがAzureの上でOpenAIのAPI提供をするという広め方も良い影響を及ぼしていると思います。
一方で、少しネガティブな言い方をすると、この生成AIがわかりやすい技術だから目立っているという印象もあります。自然言語で対話することでさまざまな情報を提供してくれるというのは確かに素晴らしい技術ですが、実は過去にも同じくらい素晴らしい技術はたくさんありました。そして、日本企業は生成AIほどわかりやすくなかったという理由だけで、それらの素晴らしい技術に投資をしてこなかったのです。
ーーデジタル競争力ランキングにおいて、日本企業も個人も低い順位に位置していますが、この低迷している日本の技術レベルの現状はどのように捉えられていますか?
コロナ禍でリモートワークが急速に広がる中で、オンラインでも生産性を維持することが求められました。そんな中、なかなかオンラインに移行できない企業も散見されたのも事実です。また、ワクチン接種の予約や接種証明の管理が紙ベースだったりと、日本が世界各国と比べてITに遅れをとっている、と社会全体が危機感を抱くようになったのは良い傾向だと思います。日本は危機感から挽回した事例が多くあるので、ここから巻き返していければ良いですよね。
とはいえ、世界IMDデジタル競争力ランキングを見てみると、たとえば、「デジタル・技術スキル」は63カ国中62位と依然として厳しいのが現状です。それに、トレノケート社の追加調査によると、アンケート対象者の多くが自分自身や所属組織ではITやデータ活用ができていないものの、日本人全体としては世界に比べて標準以上のIT活用ができていると回答しました。「国全体で見れば、まだまだ日本は大丈夫」と考えている人が多いということですよね。自己理解と他者評価のズレがあるので、その差を埋めるためにまだまだ頑張らないといけないですね。
参考:
IMD 世界デジタル競争力ランキング2022 発表に合わせて「日本のデジタル競争力に関する調査」を実施
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000017.000095869.html
ーー日本の主要産業である製造業においてどれだけIT活用が進められるかが、日本産業全体のIT活用を推進するキーポイントだと思います。IT活用における先進国と比較した時に、日本における製造業でのIT活用の課題はどのあたりにあるとお考えでしょうか?
大前提として、今なお日本の製造業は世界でも高く評価されている一方で、他国と比較するとさまざまな違いがあります。先に補足しておきますが、これらの違いは必ずしも悪いこととは限りません。むしろ、日本の製造業が世界に名だたる産業として位置づけられている理由はこれらの違いにあるとも言えます。しかし、ことITに関してはこれらが必ずしも優位に働かなくなっているとも考えられます。
そのような違いの一つが、日本の製造業はインテグレーションビジネスと呼ばれる形態が多いことです。摺合せ型と呼ばれることもあります。これは発注者側が決めたままにサプライヤーが開発を行う形態で、サプライヤーは受託開発を主体としています。一方で、海外の製造業はコンポーネントビジネスと呼ばれていて、サプライヤーが作ったコンポーネントを組み合わせて作ることも多くあります。
特に半導体の分野ではサプライヤーから「こんなものを作ったら良いのではないか」と完成形を提案する提案型が強いとされています。たとえば、NVIDIAは元々グラフィックボードに搭載するGPUを作っている会社でしたが、GPU市場でのシェアは縮小していました。AMDがNVIDIAのライバルであったATIを買収することで、CPUとGPUを組み合わせたハイエンドの市場で優位に立ち、オンボードグラフィックプロセッサーを搭載してきたIntelにローエンドを取られたため、NVIDIAはミドルレンジで勝負せざるを得ない状況でした。
そのような背景から、NVIDIAはグラフィック以外の用途にも使用できるGPGPUを開発して、そして自らGUGPUを「こんな形で使えませんか」と、機械学習に使われる並列処理をするCUDAというソフトウェアとともに新たな市場を作り出したのです。これが無ければ、今日のAIブームも無かったかもしれません。
ーー日本の製造業において、ソフトウェアの活用が進まない背景は何だとお考えでしょうか?
日本企業のソフトウェアに対する価値観が関係していると思います。
「ソフトウェア・ファースト」でも引用していますが、各地域でソフトウェア産業がどのように捉えられているか、というMITのクスマノ教授の言説をご存知でしょうか。
クスマノ教授によると、ヨーロッパではソフトウェアは標準化することに重きを置いた「科学」であると捉えた。アメリカは1990年代にオラクルやMicrosoftが急成長して大儲けしたことから「ビジネス」としてソフトウェアを活用しようと捉えた。日本はというと、決められたタスクを正確にこなしていく「製造業」だと捉えた。というものです。日本は製造業に支えられている国なのでこのような考えになることは理解できますが、クスマノ教授はソフトウェア産業においては製造業的な捉え方では革新は生まれないと言及しています。
ーーソフトウェアに対する価値観から変わる必要があるということですね。及川さん自身が社会人になってからずっと衰退する日本を見てきた、というお話しもありましたが、今後日本がデジタル競争力を高めて世界を引っ張る存在になるためにはどのようなシナリオがあるとお考えでしょうか?
一つは、嬉しいことではないのかもしれませんが、黒船到来によって変わる可能性があると思っています。たとえば、GAFAはただのIT企業だと思っていたかもしれませんが、多くの人の日常にすでに入り込んでいます。それもオンライン空間だけでなく、リアルな実社会においてでもです。AmazonはWhole Foods Marketを買収するなどして、実店舗も展開しています。その結果、ECだけでなく実店舗でも客の奪い合いが起き、小売業の王者だったWalmartのDXも一気に加速しました。日本でも、たとえばイオンなどもECに力を入れてDXを積極的に進めていますよね。小売だけでなく、自動車業界でも走るスマホと言われるように、ソフトウェアを活用した自動車を展開するTeslaによる攻勢を受けて、既存の自動車メーカーのソフトウェア活用が進んでいます。このように外部からの影響を受けて変化していく可能性が一つあります。
もう一つが、日本国内でスタートアップ企業が台頭することで企業間の競争力が高まる可能性です。企業にも寿命があると良く言われます。世界時価総額トップ100企業も、例えば50年前と今とではすっかりと様変わりしています。すでに存在していない企業やまだ存在していても、上位からは脱落してしまっている企業が多く見られます。代わりに上位に入ってきている企業がGAFAなどのIT活用で成長した企業です。
このような議論でありがちな日系大手企業への批判をしたいわけではなく、新しいテクノロジーの導入や時代の変化に合った価値提供を行う企業が現れることで、国内企業の新陳代謝が起きることが重要だと考えています。その競争力を高めるために、スタートアップ企業が一役買ってくれるのではないでしょうか。
ーー後者のスタートアップ企業からの台頭によって新陳代謝を促すという観点で、新しいテクノロジーはたくさん生まれているものの、現場のITエンジニアが不足しているため十分に活用できていないという課題も見受けられると思います。この点はいかがお考えでしょうか?
日本の場合、ITエンジニアの多くはシステムインテグレーターなどのIT企業にいます。社内にITエンジニアがいない事業会社は、IT企業に委託するしかありません。もちろん、顧客である事業会社に提案型の仕事をしているIT企業も多くいますが、どうしてもITの専門家という立場で、顧客である事業会社の要望を実現するための支援をするという役割以上にはなりづらい面があります。
これは経産省が発行するDXレポートでも言及されていますが、この構造にはいくつかの問題があります。そもそもソフトウェアエンジニアがプロジェクトを受注して完成品を収めたら終わりになってしまうのはもったいないですよね。プロダクトをより改善させるために、継続的に仮説検証を繰り返す。そのためには、どんなテクノロジーを使い、どういうコードを書くかなどを主体性を持って考え抜くことが、IT活用力の向上につながります。
ーーITエンジニアが主体的にプロダクトを進化させることが重要なんですね。
そうですね。また、外部委託に頼りすぎてしまうと、委託先のITエンジニアはどうしてもクライアントと同じスピードで動けない点もデメリットになると思います。完全に内製開発をしていれば、1〜2週間もあれば簡単なアイディアをABテストして改善することができます。しかし、外部へ委託すると承認作業等が発生して遅れてしまいますよね。素早く仮説検証を繰り返すという意味でもIT人材を社内に置き内製化することが重要です。とはいえ、すべてを内製化していないとダメだと言いたいわけではなく、大規模システム開発に関する知見を蓄積していたり、様々な技術を使える人材を持つIT企業の存在は重要で、うまく協業すべきだと思いますが、日本はITエンジニアがあまりにもIT企業に偏りすぎているため、「事業会社の中にもITエンジニアがいる」という状態を目指すべきだと思います。
ーーありがとうございます。前半は以上となります。
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後編は日本のIT活用を促進するために行うべきIT教育についてお話をお伺いしました!
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なぜ、日本はIT競争で国際的に負けてしまったのか。「ソフトウェア・ファースト」著者の及川卓也氏が語る日本の課題と今やるべきこと【後編】