<プロフィール>
中村健太(なかむらけんた)
1993年生まれ、福島県出身。会津高校を卒業後、金沢大学理工学類機械工学科へ進学。その後、大学を中退し、留学を決意。留学までの期間を利用してThe Ryokan Tokyo YUGAWARAでアルバイトを経験した。半年間の留学で英語とプログラミングを学び、帰国後はシステム会社を経て、The Ryokan Tokyo YUGAWARAに戻る。運営会社が水星(当時L&G GLOBAL BUSINESS)になったタイミングで社員になり、HOTEL SHE, OSAKA勤務に。現在はフロント業務のかたわら、ITの知見を生かした社内業務の効率化、データ分析などを手がける。今年12月の支配人総選挙でHOTEL SHE, OSAKA支配人に選抜され、2020年4月から支配人を務めることが決まったばかり。
水星には、多様な経歴を持つ若い社員が集まっている。誰もがずば抜けた職歴や技能を持つかといえば必ずしもそうではないが、誰の人生にもドラマがあって、その日常の延長に現在の価値観や仕事があることはたしかだ。
バックグラウンドも価値観も異なる水星のメンバーがどのような人生を送り、今何を思ってここで働いているか。普段あまり表に出ることのない、社員の内面を紹介していく連載。今回紹介するのはプログラマーとしての技術を持ちながらHOTEL SHE, OSAKAのフロントに立つ中村健太。実は12月に開催された水星初の支配人総選挙(社内公募による支配人選出)でHOTEL SHE, OSAKAの支配人に選抜されたばかり。持前のIT技術や論理的思考を駆使してホテルの運営を変えてゆきたいという中村のホテルに対する思いを紐解く。
まわりに順応して生きてきた
−−現在はHOTEL SHE, OSAKAでのフロント業務のかたわら、システム業務も担当する中村さんですが、ITやプログラミングには昔から興味があったのですか?
中村
いえ、そんなこともないんです。福島県の会津若松市で生まれて高校まで過ごしたんですが、大学に入るまでは具体的な夢もありませんでした。小学校から高校まで部活で吹奏楽をやっていましたが、それも友だちが入っているからという理由で、わりとまわりに順応して生きていた感じでした。
−−大学は金沢ということですが、どのように決めたのですか。
中村
受験でいくつかの学校を受け、合格もしたのですが、学校の先生から「国立がいい」と言われて。国立で唯一受かった金沢大学に進学をしました。たくさん調べたわけではなく、なんとなくエンジニア方面に興味があったので、工学部を専攻したんです。実際に入ってみると、プログラミングに興味があったのに、やることは苦手な物理ばかりですぐに嫌になりました(笑)。
−−その頃はエンジニアになりたいと考えていた?
中村
ぼんやりとエンジニアになりたいと思っていました。でも、機械系の学科だったので、そのままだと自動車メーカーや航空系に進むしかなくて、それは違うなと思って、学内で転部できないか学校側に相談をしたんです。
−−いかがでした?
中村
前例がないということで、転部は認められませんでした。就職活動をするモチベーションにもなれなかったので、休学することにしたんです。それが3年生の時で、合同説明会とかにも少しずつ行き始めていた頃でした。そのあと当分は金沢でアルバイトばかりしていました。楽しかったのは結婚式やホテルレストランのサーバー(ウエイター)で、半年くらい続けましたね。だけど、将来のことを考えて、少しでも何か身につけなければいけないと思い、英語を学ぶために留学しようと決めました。それだけだと親を説得できなさそうだったので、一緒にプログラミングも学べるセブ島のIT留学を選んだんです。
大学を中退し、留学。急転した人生の先に見つけた仕事
−−大学を中退して、留学。急展開ですね。
中村
はい。決まったのが2016年の3月。留学が10月からだったので、半年間せっかくなら何か英語に触れられる場所がないかなと、wantedlyを開いて一番最初に出てきたのが「The Ryokan Tokyo YUGAWARA」の求人でした。当時はまだ水星の運営になる前で、スカイプで面接を済ませて半年間湯河原に住み込みで働くことが決まりました。当時の「The Ryokan Tokyo YUGAWARA」もベンチャーマインドがあって、ホールも清掃もフロントもなんでもやらせてもらえて。ここでホテル運営の基本を学ぶことができました。
−−少しずつ現在の仕事とつながってきましたね。半年旅館で働いて予定通り留学へ?
中村
はい。一旦実家に戻って、それからセブ島へ半年間行きました。留学自体は楽しかったですが、リゾートだと思っていたセブ島に着くと、空港から離れるにしたがって野良犬だらけだし、道路も整備されていなくて、驚きました(笑)。現地では日本人だけのコンドミニアムで共同生活をしながら午前は英語、午後にプログラミングを学ぶという感じでした。半年間で日常会話レベルの英語とプログラミングの基礎知識を学ぶことができました。
−−当時、これからについてはどのように考えていましたか。
中村
帰っても働くあてがなかったので、「The Ryokan Tokyo YUGAWARA」時代に知り合ったIT企業の社長に連絡をしたんです。そこは「マジックプライス」というホテルの客室料金の分析を手がけている会社で、契約社員として入れてもらえることになりました。ところが、社員数名のベンチャー企業ということもあって、全員が本気のエンジニア。素人レベルの僕がついていけるわけもなく、3カ月で辞めることになりました。それでどうしようかと考えて、一旦「The Ryokan Tokyo YUGAWARA」に出戻って働かせてもらうことになりました。このまま社員になれたらいいなと考えていた矢先、旅館の運営が水星に変わるということになり、水星の社員として迎えていただけることになったんです。(現在、The Ryokan Tokyo YUGAWARAの運営は他社へ譲渡している)
−−水星が運営を引き継ぐ前から旅館にいて、水星に移ったという珍しい入社経緯なんですね。
中村
はい。翔子さんと大籠さんが来てお話をして、HOTEL SHE, OSAKAの勤務になりました。僕はそれから2年間ずっと大阪で働いてます。
−−会社が変わったことに抵抗や苦労はなかったですか。
中村
あっという間のことだったので、考える間もなく、気がついたら大阪にいました(笑)。そもそも湯河原ではアルバイトだったので、ギリギリまでそういう状況も知らなかったんですよね。だけど、社員になれたし、都会に出られるのは純粋に嬉しかったんです(笑)。
フロントとシステムを両立、水星で切り開いた独自のキャリア
−−水星の社員になり、プログラミングを学んだ経験を生かしたシステム業務も担当するようになったのはどうしてですか?
中村
入社当時はHOTEL SHE, OSAKAができてまだ3カ月くらいで、フロント業務でもアナログな部分が目立つなと感じていたんです。移ってすぐに、自分にできることがあるなら改善しようと思って、エクセルのマクロ(分析のためのプログラミング)を独学で勉強しながら試行錯誤を始めました。ただでさえ忙しいのだから、機械に任せられることは自動化しようと。立ち上げメンバーと一緒に楽しく仕事をする一方で、気がついたことは自発的に改善していっただけなんです。
−−すごくベンチャーマインドを感じますね。具体的にはどんな業務を行なってきましたか?
中村
チェックインや部屋割りを管理するPMSという管理システムがあるのですが、当時はお金もかかるし規模的にも導入するほどでもなく、アナログな対応をしていました。そこで少しでもマクロを使って自動化をしてみたり、新しい決済の導入にあたってのつなぎこみや予約サイトとの連携の自動化など、大阪の店舗でいろいろと試していました。今年に入ってから、ウェブのデータを取得するスクレイピングという手法を身につけたので、今はデータの収集と分析に注力しています。手動で行っていた面倒な作業はある程度自動化ができて、かなりの工数削減になったんじゃなかと思います。
−−現在もフロント業務とシステム業務を両立していると思いますが、苦労は?
中村
湯河原も含めてホテル業務をある程度続けていたおかげで、ホテルに特化した仕組みを考えられたんだと思います。ホテル側のことを理解しているエンジニアはおそらくいないはずですから(笑)。最近はメンバーも増え、浮きシフト(フロント業務ではない出勤日)が増えてきたので、システムの改善に注力する時間も増えました。今はプライベートブランドも好調で、その管理業務も担当しています。また、外部のクライアントの業務も増え、システムまわりで参加させてもらうことも増えてきました。
−−外部の案件というと?
中村
唐津にできた「HOTEL KARAE」というホテルの開業支援を当社で行うことになり、OTA契約などの仕組み部分を僕が担当させていただきました。今年から新たに始まった予約プラットフォーム「CHILLNN」の事業でも、エンジニアの方々とホテルの間に入って、契約関連の業務などをさせてもらっています。自分は完全なエンジニアではなく、ホテルもITもある程度知識があるという立ち位置なので、両者の間をブリッジする役割があるんだと思いますし、やりがいを感じる部分でもあります。
ホテルとITをつなぐブリッジとして業務効率化に徹する
−−これからもっと改善していきたい部分があるんですか?
中村
とくにやりたいのは売上管理ですね。日々の料金調整は肌感に頼る部分も多く、データ分析をもとに価格予測の精度をあげていけるんじゃないかと考えています。また、大きい規模になれば、会社全体の売り上げをデータ分析から応用して予測することもできると思います。今はホテルのこともITのこともわかるのが自分の長所だと思っているので、自分が感じた現場の課題に対して、自分が収集した信頼の置けるデータをもとにさらなる分析をしていきたいです。
−−水星で働いて感じる会社の魅力は?
中村
思ったことをきちんと発信できるところです。大きな企業だといろいろな理由で意見が言いづらかったり、生まれたアイデアがなかなか具現化しないことも多いと思います。水星はベンチャーマインドのあるホテル会社なので、思ったことを行動に移したい自分の性格にはぴったりなんじゃないかと。もちろん嫌だなと思う瞬間もありますが、自分が動けばなんでも改善できるのが素晴らしいところです。
−−これからもフロントとシステムの両立を続けたいですか?
中村
アルバイト時代から人と接する表の仕事はすごく好きでした。だから今もフロントに立つのは楽しいんです。一方で、裏方というかシステムに注力した方がいろいろと早く進むんじゃないかと感じる部分もあって、バランスよく両立していく方向を考えているところです。水星にはスキルを持つ社員がたくさんいて、マーケや人事、企画など、みんながフロント業務と並行してなんらかの専門業務を担っています。現場を無視しての開発・改善は絶対にできないと思いつつ、フロント自体も片手間でできるような仕事ではありません。会社全体でバランスをとりながらやっていく必要があるんだと思います。
−−12月の総選挙でHOTEL SHE, OSAKAの次期支配人に選抜されました。今のお気持ちは?
中村
責任重大ですね(笑)。とはいえ、やることは今までとさほど変わらず、自分ができることを進めていくのみだと思います。もちろん、チームメンバーに助けてもらいながら、会社の業績に直接関与できる貴重な機会だと思うので、真面目に楽しく取り組んでいけたらいいなと思います。
−−これからHOTEL SHE, OSAKAをどんな店舗にしていきたいですか?
中村
その時代、そのチームによって発揮できるHOTEL SHE, OSAKAの良さはつねに変遷していくものだと捉えています。僕としては、チームメンバーがアイデアや才能をもっとも発揮できるようにマネジメントしていくことが目標です。HOTEL SHE, KYOTOと並んでメディア露出や他企業さんとのコラボも多い店舗だけに、その時代にマッチした「ライフスタイルの提案」を体現できる施設を目指したいです。
−−最後に今後の展望や目標を教えてください。
中村
もともと就職を考える上で、大企業という選択肢が自分の中にはなく、枠にとらわれずに個性を発揮できる働き方が合っていると感じていました。なので、今のように個人が自分の知見を持ちながら、全員で会社にコミットしていく状態は一番のモチベーションでもあります。今のメンバーも、今後入社してくる方も、きっとそういう考え方を持っていると思うので、ボトムアップ精神で会社を底上げし続けられるように頑張ろうと思います!