AIが社長の分身となり、社員からの相談に応えたり、指示やアドバイスを出してくれる──。
やや乱立気味なAIスタートアップの中でも、ひときわユニークなサービスが今年3月ローンチした『AI社長』です。
起ち上げたのは、DeNAのソリューション本部でマーケティング戦略を担当する西山 朝子(にしやま あさこ)。また、『AI社長』は彼女が副業としてスタートさせたビジネスでした。
『AI社長』は一体どんなサービスで、どんな着想から生まれたのか?
起業に踏み切ったきっかけは?
今後のキャリアビジョンは?事業をどうスケールさせていくのか?
デライト・ベンチャーズ(※)のベンチャー・ビルダー事業を活用し、次なるフェーズへ向けて活動を加速する西山に、今聞きたいことを全てぶつけました。
※……2019年に設立したDeNAグループのファンド。デライト・ベンチャーズのベンチャー・ビルダー事業では、DeNA社員を含め、社内外の起業家候補を対象に、起業支援および投資をしている。
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社長の「頭」と「こころ」をAI化
──名前だけでもインパクトの強い『AI社長』ですが、どのようなサービスなのでしょうか?
一言で言うと「社長の知識を実装した最強AI」サービスです。
対象は主に中小企業の経営者様で、「社長の持つ理念や思いや考え方」と「会社が持っている知識」をAIにインストール、それを従業員の方々に活用していただきます。
具体的にはチャットワークやSlackといった普段使っているチャットツールに『AI社長』のアカウントをつくります。そのアカウントに社長に聞きたいこと、相談したいことなどを投げかければ、あたかも本物の社長が答えるような的確な回答をしてくれる。もっというと、社長にとってもベストな「理想的な回答」をしてくれる、というわけです。
──たとえば、どんな質問にどう答えてくれるのでしょう?
多いのが、営業職の方がお客様とのやりとりで迷ったときに相談するケースです。
住宅業界のお客様を例にすると、たとえばリフォームの受発注の際、現場の営業パーソンは「この床材の耐用年数ってどれくらいなのか」「もっとサンプルでこんな色のこんな壁紙はないか」等と取引先やエンドユーザーに問われます。素材に関する知識が浅いと、こうした要望に即座に、的確に答えることは難しいですよね。
そんなとき、事前に深い知識を持つ『AI社長』に尋ねれば「それはクッションフロアなので、10年程度で変えたほうがいい」とか「そういうときは、ちょっと違うけどCメーカーの壁紙を見せて」「お客様にこういうことをヒアリングしたらいい」といった具合に、確かな社長の知見を持ってAIが最適な答えを提案してくれます。
──確かにそれは便利そうですが、「AI営業サポートツール」とはどう違うのでしょう?
大きな違いは、社長の理念やキャラクターといった「こころ」の部分もインストールしていることです。
先にあげた「社長の持っている理念や考え方」までAI社長は理解していて、返答の指針になっています。だからこそ「AI社長」という名をつけています。
中小企業の経営者様はどうしてもプレイングマネージャーになるケースが多いため、負担が社長に大きくかかりがちです。何でも自ら動き、決めていく傾向が強いため、知識も理念もすべて経営者の頭の中にあるという組織が多くなり、結果として「社長頼りの組織」が生まれがちなんです。
──裏を返せば、社員が社長を頼らず、しかし、社長が持っている知識と理念を一人ひとりが持てるようになれば、すぐにでも自走できる。さらに最強の組織になれると。
そのとおりです。特に理念の部分を共有できるメリットは大きいと感じています。
「お客様が設計変更を何度も希望されており、進行スケジュールに影響が出そうです。どのように納得していただける形で進めるべきでしょうか?」
「ある社員が社内イベントの頻度を増やしたいと提案していますが、忙しい社員からは反発も予想されます。どうバランスを取るべきでしょうか?」
こうした難しい判断を迫られたときでも、「うちの企業理念に基づくとGOだ」「社長がいつも言う理念に従えばNOだ」と正しい判断ができますから。
──『AI社長』のニーズは、経営者側が強いのか、あるいは社員側なのでしょうか?
両方ありますね。
経営者の場合、「従業員全員ともっとコミュニケーションを取りたいけれど、時間が足りない」という悩みを抱えている方が多いです。その中で、『AI社長』は、24時間対応で従業員一人ひとりに社長の考え方や理念を伝えられるツールとして大きな役割を果たしています。
特に『AI社長』のお客様で多いのは、事業が拡大していくなかで10人くらいだった社員が、20~30人に急増しはじめた企業様。10人ほどだと企業の意思決定のよりどころとなる企業理念が、自然と社長以下の社員に一気通貫に染み渡って動けます。しかし、20人を超えた頃になると、徐々にそれが難しくなるようです。そのスキマを埋めるため、「自分と同じ意思をもった『AI社長』の力を借りたい」という声を多くいただいています。
一方で従業員の方々からは「社長に意見を聞きたいけれど、つかまらない」といったニーズが目立ちます。あとは「社長がちょっと怖くて、気軽に相談できない」なんて声もありますね(笑)。
──『AI社長』に「社長のキャラクターもインストールする」とおっしゃっていましたが、具体的には何を反映させるのですか?
話し方や語尾や言い回しといった部分です。考え方や指示の内容だけではなく、そうしたディテールも再現します。
たとえば、社内で博多弁を話される社長様には、博多弁を使う『AI社長』をつくりました。微妙な表現も細かく再現して、「◯◯たい」といったコテコテの博多弁は使わないけれど「◯◯したと?」といった言葉は令和でも使う、とか(笑)。
そこまでこだわって再現すると、社長らしさが出てきますし、社員の方々も面白がってサービスを触ってくれるんです。実はそこがポイントで、社内向けのAIチャットボットのようなサービスは他にもありますが、質実剛健すぎて面白みにかける。私自身、これまでいろんなプロダクトやサービスを触れてきましたが、使い続けるとなると「面白さ」は欠かせません。
『AI社長』には「面白み」の要素を意識して加えています。だからこそ、導入企業の社員の方々はみな好奇心を持って使ってくれていると思います。
最強の「分身」をつくる秘訣は、綿密なヒアリングにあり
──しかし、理念から知識、さらには話し方の細部まで『AI社長』に学習させようとすると、大変な手間がかかるのでは?
『AI社長』をつくるプロセスにおいて特に重要となるのが「社長の意思」の学習です。必ず社長とひざをつきあわせて綿密なヒアリングをさせていただいています。
メニュー上「最低2時間のヒアリングをさせていただく」と提示していますが、大体10時間はヒアリングしますね。職場、会食の場などで、本当に細かなお話まで聞かせていただきます。
実のところ、チーム一同がこのプロセスを楽しんでいます。お客様の仕事に対する姿勢や考え方に触れることで刺激を受け、新たな気付きを得られる瞬間が多いんです。そんなこともあり、私たちのチームには、お客様の話を深く聞くのが好きで、その時間を楽しめるメンバーがそろっていますね。この姿勢が、より質の高い『AI社長』を生み出す原動力になっています。ですので、大変というよりむしろ「役得」を感じています。
──実際、そうした中小企業の経営者のお話を聞くなかで、『AI社長』のサービスを着想したそうですね。
はい。完全に経営者の方々とのお話、といいますか、「飲み会」がきっかけなんです(笑)。
──そもそも、起業に至った経緯は何だったのでしょうか。
もともと「起業したい」とは微塵も思っていませんでした。
前職の大手人材会社に務めていた頃から、デジタルマーケティングに従事。DeNAでもゲームやその他サービスに関するマーケティング業務をずっと手掛けていました。
一方で、私は「お酒を飲む」のが大好きでして。お気に入りの酒場に出かけて、そこで、いろんな方のお話を聞くのが常なのですが、そこで出会った中小企業の社長の方々から話を聞く機会が多くありました。デジタルマーケティングを専門にやってきましたので、「リスティング広告がうまくいかないんだけれど、どうしたらいいの?」とか「うちのWebサイトがスマホで最適化されない、どう直すの?」と、飲みの席で相談をよく受けるようになり、自然の流れで副業として彼らのマーケ関係の仕事をサポートするようになりました。
──中小企業の経営者からWebマーケ関係の仕事を、副業として手掛けていたわけですね。
そうです。DeNAは副業OKなので。
そして仕事をご一緒してさせていただく中で、みなさん「かっこいいな」と思える方ばかりだと気づきました。自分の仕事に誇りを持ち、会社や業界をリードしていく気概をお持ちの方ばかりです。もちろん、専門的な知識は誰にも負けない──。
素直に「こんなカッコいいリーダーが、もっと戦略や新しい挑戦に集中できる環境をつくれないだろうか」「日々の雑務に追われるよりも、本来のリーダーシップを発揮する時間を増やせないだろうか」と思うようになっていったのです。
起業仲間との出会いは社内の「AI勉強会」だった
──そこから『AI社長』のアイデアが?
きっかけは、そうして知り合った経営者の方々数名が同じことを言っていたことでした。
それが「俺が5人いたらいいんだけどなあ」というセリフ。
人数は人によって違いますが、みなさん口を揃えて同じことをつぶやかれていました。「もしかしたらAIで解決できるんじゃないか?」「会社オリジナルのAIツールをかたちにできたら彼らの思いを実現できるんじゃないか」。そしてその後の社内での出会いが現在の『AI社長』へとつながります。
──元々AIの知識はあったのですか?
興味はずっとありました。デジタルマーケティングの世界はAIとの親和性が高いですからね。そもそもAIに強いエンジニアやデータサイエンティストが多く所属していることもDeNAに転職した理由のひとつでした。
実際、AIを活用したマーケティングに取り組んでいましたし、それとはまた別に、社内の有志がそろう「AI勉強会」にもずっと顔を出していたんです。
その勉強会で、加藤 大己(※)という、事業のパートナーでCATO(最高AI技術責任者)を務めてくれている人材に出会ったことが、『AI社長』の起点になりました。
加藤は大学時代からシリコンバレーのスタートアップなどに触れ、日本でもイノベーションを起こしたいと考えていました。勉強会でAIを使った新しいサービスづくりをいつもプレゼンしていて「AI栄養士」など、『AI社長』の発想に近いシステムを自作していたんです。
※……CATOの加藤について、詳しくはこちら
──なるほど。それが『AI社長』のプロダクトが誕生する起点になったのですね。
はい。それが2023年の夏で、ちょうど社長の方々の「俺が5人いたら……」発言を聞いた頃でした。
ChatGPTが一気に広まったタイミングでもあったので、まず『AI社長』のアイデアを話すだけでも、みなさん興味を持ってくれました。
そして親しい中小企業の社長に協力していただき、その方を徹底的にヒアリング。常日頃考えている理念や価値観、社内の資料や技術的知見などをテキストにし、OpenAIなどのAIエンジンを通して『AI社長』をつくりました。
当初はクローズドなサービスとして6社ほどで導入いただき、2024年3月から正式にローンチさせたのです。
──最初期に導入したお客様の反応はいかがでしたか?
「おお、俺やん!」と笑顔で驚き、喜んでいただきました。そして「これは使えるね」と多くの支持をいただきました。特に嬉しかったのは、ヒアリングの段階から高い関心を示していただき、プロトタイプのデモンストレーション後にはすぐにご契約いただけたことです。そのスピード感と期待値の高さから、『AI社長』が経営者の課題解決に大きく貢献できると確信を深めることができました。
──想定顧客である中小企業の社長の方々と親しく、開発にご協力いただけたのは、大きな推進力となったのではないでしょうか。
本当に大きかったと実感しています。
私と加藤を含め、現在のメンバーは規模の大きい会社で経験を積んできた人間がほとんどです。そこで、複数のお客様や知り合いの経営者の方々にお願いをして、マーケティングやプロジェクトマネジメント、営業代行などといった実務を直接お手伝いさせていただきました。これにより、多様な中小企業の現場で直面するリアルな課題や業務プロセスを深く理解し、その経験を活かして『AI社長』の精度を向上させることができています。
このように、現場で得た知見が『AI社長』をさらに価値ある存在にしています。そうして、お客様と近く深い関係を築きながら現場の課題に取り組んできた経験こそが、『AI社長』を現場で本当に使える、精度の高いAIにする原動力になっています。この姿勢が他社にはない大きな強みだと自負しています。
『AI社長』で、日本全体を元気にしたい
──これまでお話を伺ってきて一つ疑問に思うことがあります。社長の考え方や理念をヒアリングしていく中で、本当の本音が出てこないことはないですか?相手によっては「格好をつけた社長」が抽出されそうですが……。
そのほうがいいとも言えるんです。「理想の自分」「理想の社長像」を具現化できますから。
社長も人間ですから、ときには理念を見失いかけたり、迷うこともあると思います。私自身もそうです。そんなとき、『AI社長』は「本来の自分ならどう考えるか」「理念に基づくならどちらが正しいか」と、理想の自分との対話をサポートします。
だからこそ、社長自身が『AI社長』を頼れるパートナーとして相談するニーズが非常に高いのです。『AI社長』は決断を押し付けるのではなく、社長が自ら理念に基づいた答えを導き出せるよう寄り添う存在です。
──なるほど。ところで、西山さん自身は『AI社長』が存在感を増していく一方で、本業と副業をどう両立させたのですか?
そこは私自身も『AI社長』を活用しました。運営会社を起ち上げて、仲間が増える中で私の思う理念や知識をインストールした『AI朝子社長』をつくり、スタッフへの指示や問い合わせなどを『AI朝子社長』に答えてもらったり、書類の作成を効率化したりして、半分ほどの仕事を手伝ってもらったんです。
『AI社長』を自分自身が使うことで「2倍の仕事量がこなせた」こと、「社長業とDeNAでの仕事を続けられた」ことは、営業トークとしても活用しています(笑)。
──ご自身も社長として『AI社長』を活用されていることがよく分かりました。今年中にDeNAを卒業して、『AI社長』を運営するご自身の会社、THAを本業にしていくそうですね。
はい。DeNAでも『AI社長』での経験を活かして、AI活用によるクリエイターの支援という新たな事業を手掛けさせてもらい、とても意義の高い仕事をさせてもらっていました。
ただ、『AI社長』の導入企業がすでに20社を超えて、THAにフルコミットで働いてくれる仲間も増えて、いつまでも私が副業で……というわけにもいかないなと思いまして。
もっとも、私は自分の事業と同じくらいにDeNA愛も強いので、これからも何かしらの形でDeNAのプロジェクトに携わって行けたらと考えています。
──デライト・ベンチャーズの投資も内定されているそうですね。
はい。今後、さらにシステムを磨き上げていくためにエンジニアを拡充させていきたいと思い、出資をお願いしました。
──真っ先にデライト・ベンチャーズに相談した理由も「DeNA愛」から、なんですね。
個人を尊重してくれるカルチャー、優秀な人材が面白がって事業に向かうことへの支援体制など、私が自由に、生き生きと仕事ができたDeNAには本当に感謝しています。
──今後のビジョンを教えてください。
「日本を支える勇者たちに最強の強化魔法を」が、THAのビジョンで、追い求める理想像です。
ここでいう「勇者」とは、中小企業の経営者の皆さんを指します。すでにその存在自体が勇者であり、日本企業の99%以上を占める中小企業を率いながら、日々挑戦を続ける姿は、日本経済を支える根幹そのものです。そのひたむきで力強い姿には、私たちも心から敬意を抱いています。
私たちは、『AI社長』を通じて、こうした勇者たちが本来持つポテンシャルをさらに引き出し、新たな可能性に挑むための最強の強化魔法を提供したいと思っています。その結果が日本経済全体の底上げとなり、さらなる活力をもたらすと確信しています。勇者たちとともに未来を切り開くことが、私たちの使命です。
──本当に楽しみですね。
はい。私自身、毎日とてもワクワクしています。
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