「消臭力」や「米唐番」をはじめ、クスッと笑えて心に残るエステーのテレビCM。そのクリエイティブディレクションを担うエステーの特命宣伝部長こと鹿毛 康司(かげ こうじ)さんにお話を伺っています。
前編▶エステーの特命宣伝部長は、「エリート」ではなくビリから 4 番目の「ボンクラ」だった?
広告業界に憧れながらも、雪印乳業でワイン販売の営業を行っていた鹿毛さんは、31 歳からMBA取得に挑戦するため海外に渡り「ブランド論」や「経営学」を学びました。そこから紆余曲折を経て、エステーという大きな企業の広告クリエイティブを任されるわけですが、その一風変わった経歴もあり「キャリア」や「仕事」について多くの質問が寄せられると言います。
「まずは、やってみる」の精神
「このあいだ学生向けの講演で質問されたの。そこは美術を学ぶ学校だったんだけど、『1 つのことを深くやったほうがいいですか ? それとも総合的に広くやったほうがいいですか ? 』って生徒が聞くわけ。俺の答えは『大学でさ深くやろうが広くやろうが大したことないんだよ』って」
ー そんな身も蓋もない・・・
「でも続きがある。『だけどさ、没頭できるものが 1 つでもあるなら素敵だし、それがいいじゃん。深くやってみたらどうかな ? 』て言ったの。他の子は『私 1 年生なんですけど、将来は広告の仕事してみたいんです』って言うの。『賞とかには出してるの ? 』って聞いてみたら『いやあ、そんなのおこがましいです・・・ 』って。『そういうのがおこがましいって人は、なれないんだよ。もう受けてみたら ? それで落ちてみてもいいんじゃない ? 』って。そうやって、自分なりに考えたり落ちたりする中で広告というものの価値観に触れていく。そういうのが若い時期には必要だよね」
まず “ やってみる”の精神が、いまの鹿毛さんをつくり上げています。
価値観や社風は「聞くものではない」
「そうすると『その価値観ってなんですか ? 』なんて聞かれるけど、価値観て言うのは “好きか嫌いか”なんだよね。もうそれでいい。『あなたたちは、好きでこの美大に来たんだね。きっと、あなたたちを好きって言ってくれる組織体が出てくる。じゃあ、その組織体はどうやって見つけたらいいと思う ? 』って。答えは簡単なんだよ。話を聞きにいけばいい。でも会社に訪問して『御社の社風は?』なんて絶対聞いちゃだめだよ(笑)」
そして「就職活動必勝法」とも言える、完璧な「見つけ方」を教えてくれたのでした。
「“社風”なんて誰も知らないんだから、『社風はどうですか ? 』なんて質問は意味がないの。ただし、同じ会社の人 10 人に会って、それぞれに『仕事で、どんなことが楽しいですか ? 」って聞いてみるといい。『どんなことを大切にして働いていますか?』『どんなことにパフォーマンスを感じましたか ? 』って。そして、ここからが大事。今度はちがう会社の 10 人にまた聞くの。A社とB社の人柄や社風の違いをなんとなく認識することができれば、これは本当だよね。ひとりひとりの生き方や何を楽しんで何を喜びとしていて、それらを良しとする会社なのか。それで言ってやればいい、『御社の方々 10 名にお会いしました。B社の方々にも 10 人とお会いしました。私は御社の方々のほうが絶対におもしろいと思いました ! そして好きでした ! これが御社の社風です ! 』って言ったらどう ? 『お前、入社しろ ! 』って絶対なるよね(笑)」
無論、上辺だけを真似して「あざとい戦略」として行っては見破られてしまうはず。とことん聞いて、比べて、自分の頭で考えて愛を伝える。「やってみる」「知ってみる」の鹿毛さんだからこそ説得力のある「社風」の捉え方です。
企業は「お客様に喜んでもらうため」存在する
鹿毛さんがここまで「企業の価値観」や「社風」に強いこだわりを持つのは、MBA留学から帰国した後の雪印乳業(現:雪印メグミルク)で経験した「体験」と「学び」からかもしれません。
「MBA留学から帰って来てからは、本当に自分は“なんでもできる !”なんて気分になってた。だけどそこで起きたのが2000年の雪印集団食中毒事件。関西で対応にあたったけど、そのとき目の前のお客さんに応えることができない自分がいたんだよね。謝るしかできないし、何もできないもどかしさ。悔しさ。『ブランド論』だなんて学んでたけど、そんなこと言ってること自体がだめだ、と。そこで真剣にお客様との向き合い方を考えた。思えば、広告として関わったのはそのときの『謝罪広告』が初めてだったかもしれない。」
今では愛されるCMを次々と生み出す鹿毛さんの起点となっているのは、悩みぬいた末に消費者の皆さんに宛てたお詫びだったのでした。「雪印体質を変革する会」として、その謝罪広告を世に出した当時を振り返り、鹿毛さんはこう語ります。
「本当に痛感したの。企業ってなんのためにあるんだろうかと。お客様に喜んでもらうことで、はじめて企業って存続するんだと。痛い目に合って、俺たちは本当によくわかった。喜んでもらえなければ、会社は潰れる。お前の仕事のために会社はない。お客様に喜んでもらうために会社があるんだ。それが『企業の価値』のすべてだよね」
会社を離れたいまも、それを胸に刻み鹿毛さんは仕事の取り組んでいます。
「2011年の震災直後も、ミゲルくんの『消臭力』のCMの放映はすごく勇気が必要だった。タレントさんが散歩しただけでバッシングされるような風潮の中で、エステーがはじめて商品広告を流した。なんて言われるかわかんないよね。なにか言われたら、責任をとって会社を辞めないといけないなとさえ思ってた。それでも、そんな時だからこそ、その数秒だけは日常に戻れるような、温かい気持ちになれるようなCMをつくって放送したかった。結果的には、予想以上に受け入れてもらって本にもなったけれど。自分の中では首尾一貫してるんだよね。お客様のためにやる、喜んでもらうためにやる。ある程度の我慢は必要、でも生き方の価値観までは絶対に我慢しない」
「企業理念」ってなんだろう
そして、その価値観は常に「共有」し「共感」し合えるものでなければいけないと言います。
「たとえば、一人のお母さんが自分の子どもに愛情たっぷりのご飯をつくってあげるとするよね。でも、もしその役目を5人で分担したら、愛情たっぷりのごはんは子どもに届けられるだろうか ? 買い物する係、切る係、煮炊きする係、盛り付ける係、食卓に出す係」
ー バラバラになってしまうかもしれません。
「そうだね。買い物係の人に悪気がないけれど、スーパーでは「あら、コレ安い ! 」と安いものばかりを選んでしまうかもしれない。栄養や季節の旬なものを本当に考えてくれるかわからないよね。煮炊きする人に悪気はないけれど、決められたとおり効率よく、コストエフェクティブに作業するんじゃないかな。料理を出す人はどうだろう。本当に心から『どうぞ、これ食べて』って言えるだろうか。つまりね、ひとりのお母さんが子どもに出す、この行為をわずか5人で分担してもこんなふうになってしまうんだよ。だけど、もしも『母親の愛情とはなにか』について、毎日 5 人でとことんディスカッションしながら、『これが子どもに喜ばれる価値だよね』っていつも共有しあえていたら、それを全うすることは可能だと思う。これが会社で言う『企業理念』だし、ここに企業の価値があるんだよね。その在り方がとてもとても大切だと思う」
エステーの当時の社長・鈴木 喬(すずき たかし)現会長に出会い、「母親の愛情を束ねるリーダーシップ」を感じたという鹿毛さん。
「この人と一緒に仕事をさせてもらいたい、ってそう思ったの」
エステーに入社して決めた 2 つのこと
「母親の愛のような企業理念を持っているところで働きたいと思った。なぜならばお客さんに喜んでもらいたいから。お客さんに喜んでもらうってことを、あと半分の人生でやりたいな、と思ったんだよね」
かくしてエステー株式会社への入社を決めた鹿毛さん。これまで営業畑で活躍してきた鹿毛さんを鈴木社長(現・会長)は「宣伝をやってみますか ? 」と中途採用では異例の宣伝部長に抜擢します。
ようやく手にした「広告」に関わる仕事。そこで、鹿毛さんは自分との約束を交わしたのだと言います。
「入社して 2 つのことを決めました。『お客様に喜んでもらうこと』の大切さは身に沁みてわかっていたし、なにより俺は、偉くなるためにこの会社に入ったわけじゃないから。企業理念やそのリーダーに惚れたわけだから、まずは『自分の出世のために仕事をしない』ということ。そしてもう 1 つは、『人の悪口を社長に言わない』ということ。影響力があるからやっちゃいけない。その 2 つを守って、お客様に認めてもらえるような仕事をしようと。喜んでもらってはじめて価値が生まれるんだから」
「お客さんに喜んでもらえるCMをつくること。それは、別におちゃらけじゃない。お客様が心から『ああ、救われた』だとか『ああ、おもしろかった』だとか言ってくれるものをつくりたい。そうじゃないと、広告効果が得られるほど心に残らないし『あなたが好きなCMは ? 』って言われたときにベスト 10 なんかに選んでいただけない。それはお客様が敏感にわかってくれているんじゃないかな」
そして入社 13 年の時が流れ、その生み出されたCMたちがお客様に愛され喜ばれている事実は誰もが知るところです。
準備と価値観が合えば、二流も一流と仕事ができる
エステーのCMには「消臭力」のミゲルくんをはじめ、T.M.Revolutionの西川 貴教さん、元・モーニング娘の高橋 愛さんや、なだぎ武さん、矢井田 瞳さんなど豪華で個性的な面々が度々登場することでもお馴染みです。
ー キャスティングは鹿毛さんがされているんですか?
「たとえば『あの有名人がいい ! 』」とかでは選んでません。エステーのこの価値観に共鳴してくれた人にお願いをしているという感じかな。たとえば西川貴教さんはTwitterで知り合ったし、その西川さんの曲をつくっているときに知り合ったのがヤイコ(矢井田 瞳)さんであり、なだぎさんがエステーのCMに好感持ってくれていることもTwitterで知ったの。『あの人の人気を利用したい』というわけではなくて、『あ、この人とは同じ価値観かもな』『いっしょに仕事がしたいな』という流れでお願いしていて、遠いところからお願いしてるわけではないんだな」
最も大事にする「価値観」と、そこに宿るセンスに共感・共鳴してくれる仲間が集まり、エステーのCMは生み出されています。
「レコーディングのときも、ヤイコさんに『もうちょっと、こういうふうに歌ってもらえますか ? 』って俺ごときが指示出してるの(笑)だけど矢井田さんはちゃんと聞いてくれる。それはたぶん『矢井田さんのことが好きで好きで』『とにかくいっしょに仕事がしたくて』って一生懸命準備したからだと思う」
「俺は正直、自分のこと二流だと思ってるの。だけど一生懸命準備さえすれば、一流の人と喋れるようになるよ。価値観がいっしょであれば、一流の人と仕事ができる。準備は怠らないから監督やカメラマンの一流プロ集団とも仕事させてもらっているんだよね。アイデアなんていちばん多いときで2,000以上出したことあるし、そういう地道な準備と作業の先に結果がある。きつい時も多いけど、それでもこの仕事が好き。こういうかたちで人に喜んでもらえる仕事が好き。そういう仕事に巡りあえたってことは、俺はすごくラッキーだったと思うね」
同じ「価値観」を持つ仲間と働く喜び
仕事や仲間との巡り合い。それは、「自分の価値観」をどこまでも追求し、準備を重ねた鹿毛さんだから手にすることのできた、かけがえのないものたちでした。
「同じ価値観の人と仕事ができるっていうのは喜びだし、価値観がいっしょの組織体に入ったほうが絶対に幸せだよね。福利厚生や給与だってもちろん重要なんだけど、それはまあ第一審査の項目として置いておいて、もっと重要な審査は『持ってる価値観』だよな。その組織がいったいどういう価値でお客様に喜ばれようとしてるのか、に尽きるね。それを転職する人、ましてや学生には見破れないから、そのためにこういうインタビューメディアの価値はあるんじゃないの。いいこと言ったでしょ(笑)」
ー ありがとうございます!!
最後に鹿毛さんに「最も思い出深いCM」について伺ってみました。
「いちばん思い出深いのはね、・・・次のCMです ! なんて言ってみたいね(笑)」
今後のシリーズも目が離せないエステーのCM。徹底して考え抜かれた「お客様に喜んでもらえるもの」というこだわりが、鹿毛さんの最大の「価値観」でもあり愛される秘訣でもありました。
エリートでなくとも開くことのできる道はある、そして自分の思う「価値」を追求することこそが次なる価値を生み出す下準備にもなる。特命宣伝部長・鹿毛さんの「これまで」と「これから」が、それを生き生きと証明してくれます。