日本で初めてビジネスホテルが誕生したのはいつだろうか。そして、時代の変化とともにホテルの在り方はどう変わったのだろうか。横浜に「ビジネスホテルを考え直す」というコンセプトで企画された『HOTEL EDIT YOKOHAMA』があります。2015年に走り出したこのホテルが、どんな思いで生まれ、どんな価値を提供しているのかを追いました。
《ホテルの使い方はもっと自由であっていい》
UDSが企画・設計・運営を手掛ける『HOTEL EDIT YOKOHAMA』は、分譲マンションと一体化したユニークな施設です。建物の5〜14階が分譲マンションで、2〜4階がホテル。1階はフロントやレストラン、マンションのロビーなどが共存する形になっています。
分譲マンションという建物の特性から、フロアの面積が広い。それをどう活用するかでホテルのコンセプトが変わってきます。一般的なビジネス型のホテルであれば、フリースペースをできるだけ省き、客室を増やす。ただしHOTEL EDIT YOKOHAMAでは逆に、ゲストのためのフリースペースをできるだけ設けて、“自由な使い方の提案そのもの”をホテルのコンセプトとしました。
ゲストが自由に使える余白=フリースペースを増やし、小規模なイベントなどにも対応できるようにすることで、ホテル空間を活性化する。そうした機能が上階のマンション住民にとっても、付加価値になると考えました。
また、建物の構造的に客室はそこまで広くないため、客室だけで過ごすのではなく、どんどん一階に降りて有意義に過ごして欲しい。そのため、宿泊者のみならず上階のマンション居住者や周辺地域の方々も日常的に利用したくなるような空間やサービスを提供する、地域に密着した新しいスタイルのホテルを目指しました。
《自分らしい旅を編集できるホテル》
企画担当者は、「ホテルをつくる上で、合理化や画一化を求めてきましたが、この形で良いのか、使い方が変わってきているのではないか」と考えていました。約100年前、働く出張者のための宿泊施設として、日本で初めてビジネスホテルが生まれたと言われています。それから多くのビジネスホテルが生まれたが、多様な時代の変化とともにホテルは変化したのか。
PCやタブレットがあればどこでも仕事ができる時代、ゲストの多様性や求められるサービスが変化してきた時代。そんな今だからこそ、企画のコンセプトを、「ビジネスホテルを考え直す」に設定しました。
ホテルのコンセプトは、「自分らしい旅を編集できるホテル」。ホテル名の「EDIT=編集」は、宿泊特化の“泊まる”という機能だけでなく、時代と共に多様化する旅のスタイルや働き方、過ごし方に応じて、自分らしいライフスタイルを編集してもらいたいという思いが込められています。
ロゴやサインはDonny Grafiks 山本和久氏のデザインにより、シンプルに認知できるタイプフェイスに。また、編集時のテキスト表現で用いる意味付けの記号[ ](ブラケット)を使用し、編集の機能を表現しています。
泊まる・働く・遊ぶ・食べる・集まる、などのシーンに対応し、さまざまな選択肢を提案するホテル。そこでは、ホテルに集まる人々がそれぞれの目的やスタイルに合わせ、思い思いの時間を編集する。
その具体化と言える1階フリースペースは、ホテルフロント&ラウンジ、ミーティングブース、ライブラリー、ショップ、レストランをコンテンツとして落とし込み、それぞれが独立した空間ではなく、シームレスにつながるように設計しました。それにより、ショップに寄ったり、ラウンジのテーブルで仕事の合間に旅の本を読んだりと、自分らしいライフスタイルを編集できる空間になりました。
《ホテルの中身が日々変化する》
デザインコンセプトは、「様々な居場所と使い方を編集できるデザイン」。1階フリースペースにある家具や什器は全て可動式になっており、日常のサービスやイベントなどの目的に応じて、フレシキブルに対応できます。
例えば、ミーティングブースは可動式になっているだけでなく、内部のソファとテーブルも取り外し可能で、アートイベントの際には展示ブースとしても活用できます。また、2階の一部にシェアオフィスを導入し、ホテルのサービスを受けられる新しい働き方を提案しました。「かっこよく働く」をホテルのテーマの1つに掲げ、ホテルをブランチオフィスとして利用できます。
最も多い客室であるスタンダードツインは、一見なんの変哲もない部屋に見えますが、2つのベッドの間と壁際に小型のソファとテーブルがあり、どちらも移動できて、自由にレイアウトできます。
これは、出張先の狭いツインルームで窮屈に打ち合わせするシーンをもっと快適に変えたいというプロジェクトメンバーの実体験から生まれたアイデアです。ツインルームのベッドを離し、生まれた空間に分割したソファを設けることで、ベッドに2名ソファに2名の最大4名まで使用可能。4名の女子旅などで、夕食後に一つの部屋にみんなで集まって話すといったシーンが生まれます。
《横浜の要素をデザインに落とし込む》
デザインは、「赤レンガ」「倉庫」「海」といった横浜を感じられるキーワードを、現代風に解釈し編集。レンガと同じサイズの白いタイルと目地で構成された壁やブルーのカーペットなど、港町である横浜らしい独自の雰囲気をモダンに表現し、まちに馴染むデザインにしました。
ほかにも、ソファの背もたれにある色とりどりのブロックは、横浜港を往来する貨物船に積み上げられたコンテナをイメージしています。ソファ席のガラスの屋根は、オーバースイングドアと呼ばれ、倉庫のスケールを再現したもの。このドアを下ろせば、ラウンジの奥にある会議室を個室として使用できます。
客室は、デザインだけでなく使い勝手の良さにもこだわりました。9タイプある中で、おすすめはコーナーツイン。水回りは空間を贅沢に使い、トイレは窓側にあってビューも楽しめます。ベッドルームはラウンド状の広々とした開口部にしました。
シングルルームでも壁や天井を白にしたり、吹き抜けに面する窓際に水回りを配置することで、圧迫感をなくしました。ベッドボードは、ソファと同じ素材にすることでソファ感覚でベッドを使えるという工夫もしています。また、ベッドボードの厚みがあることで、ミニテーブル代わりにもなり、スマホを近くに置きながら充電できます。
《文化との偶発的な出会いが訪れる》
ライフスタイルを編集する上で、新たな文化に出会えることも大切にしました。旅心を誘うトラベルライフスタイル誌「PAPER SKY」が運営する、旅をテーマとしたショップ「PAPER SKY STORE」が初出店し、旅を楽しく便利にする様々なアイテムを展開しています。
ライブラリーやゲストルームに点在する書籍には、「BRUTUS」「relax」などの編集に携わってきたLandscape Products / BAGNの編集者 岡本仁氏が「旅」を軸にさまざまなライフスタイルの視点からセレクションを行い、旅と暮らしの楽しみ方を提案しました。
開業後は、音楽ライブやシェフの料理教室、ヨガ教室などが開かれ、人が集まる場所になっていきました。宿泊や食事を目的に立ち寄ったとしても、イベントをやっていれば文化にも出会える。そんな発見の場になれたらと思いながら、運営をしています。
《あとがき》
ビジネスホテルの在り方を捉え直し、滞在を自分なりに“編集”できるという価値を提供する『HOTEL EDIT YOKOHAMA』。働くこと、暮らすこと、食べること、遊ぶこと、集まること、そしてゆっくり眠ること。様々な要素を自由に組み合わせることが、明日の暮らしを楽しむきっかけに繋がる。
ホテルが出来たことで人通りが増えたが、ただの箱が人を呼び込んでいるわけではない。ホテルを通した文化の広がりが、賑わいを生んでいるのでしょう。