国立公園にも指定されている、愛媛県北宇和郡松野町の滑床渓谷。この森で、2021年の夏から子どもを対象にした野外教育キャンプ「NAME CAMP(なめキャンプ)」が行われている。
キャンプを設計するのは、前川真生子さん。株式会社サン・クレアが運営する水際のロッジでフロント業務に携わりながら、キャンプディレクターとして働いている。
「楽しいだけではなくて、キャンプを通して自然の心地よさや怖さを感じてもらえるようなプログラムを設計しています。“いろいろな経験をしてもらう”というよりは、他の子どもたちや多様な人との共同生活を経て、子どもたちが自分自身のことを考えるきっかけになったらいいなと思っています」
川、海、山。子どもたちと大学生の大冒険
「NAME CAMP」では、滑床渓谷近くの集落、目黒にある廃校をベースキャンプに、子どもたちが10泊11日のキャンプに挑戦する。
四万十川の源流である目黒川でキャニオニングをしたり、40キロメートルの道のりをマウンテンバイクで移動したり。キャンプの終盤には標高1226メートルの「三本杭」登山に海抜0メートルから挑む。川、海、山を余すことなく体験できるプログラムだ。
キャンプ中、子どもたちには「カウンセラー」と呼ばれるインターンシップの大学生が帯同する。普段は関わることが少ない世代同士の関わりが、このキャンプの大きな特徴だ。
「参加する子どもたちの中には最初から最後までキャンプを楽しめる子もいれば、最初はホームシックになってずっと泣いている子、けんかをしてしまう子もいます。でも3日目くらいからは子どもたちも落ち着いてきて、“ここでどう過ごすか”というところに目線が変わってくるんです。そんな子どもたちを通して、大学生は自分自身を見つめ直したり、黙々と山を登ることで内省をしたりする。子どもたちはもちろんですが、そうやって変わっていく大学生に私はすごく興味があります」
キャンプはいつか「おまもり」になる
そう話す前川さんも、大学生の頃にキャンプで自分自身が変化した経験を持つ。子どもの頃からスポーツが得意で、バスケットボールを続けるために大学に入学。しかし、大学2年生の終わりに、チームの事情のため選手からマネージャーに転身することになった。
「子どもの頃からリレーの選手に選ばれたり、水泳でジュニアオリンピックに出たりしてきたので、私にとってはスポーツがアイデンティティ。自分が全否定されたような気持ちでした」
その後もバスケットボール部にスタッフとして所属していたが、選手の頃と同じ気持ちでいることは到底できなかった。「大学に4年間通ったのに、このままじゃ私には何も残らないなと思って。そんなときにただ楽しそうだという理由で “野外教育ゼミ”を選びました」
たくさんのキャンプを通して、さまざまな人や自然環境を知った。自分とは違う考え方に対して否定的になってしまう。相手に対してつい冷たい態度をとってしまう。「自分の取りえが奪われて人に優しくできなくて、そんな自分が嫌いだった」前川さんは、徐々に変わっていった。
「スタッフや子どもたちなど、自分からしたら“普通じゃないやつら”にもまれて、尖っていたものが丸くなったような感覚でした。キャンプでは山を登ったり、キャンプファイヤーで火を見つめたりしながら自分自身を振り返る時間がたっぷりあります。何かあっても“それも自分だよな”って、自分を見守れるようになっていきました」
前川さんはそんな変化が「NAME CAMP」に参加する子どもたちや大学生にも起こることを期待している。「キャンプを終えて日常に帰ったときに、あのとき自分はこうできたな、ああしちゃったなっていうのがふと自分に“帰ってくる”ときがあるんです。すぐには分からなくても、その経験が彼らが今後の人生で一歩を踏み出す時の“おまもり”になったらいいなと思います」
子どもたちや大学生が自分自身の変化に気付くのは、キャンプの最中のこともあれば1カ月後や10年後の場合もある。ペースは人それぞれだが、「おまもり」はいつかきっと彼らの背中を押してくれると前川さんは信じている。
目の前の一人一人の世界を広げたい
「NAME CAMP」の定員は毎年約10人。利益につながるとしても、これ以上の増員は今は考えていない。キャンプに参加してくれた一人一人と向き合う。話をする。それを何よりも大切にしたいからだ。
前川さんは、これまでのキャンプの参加者たちと定期的に連絡をとっているという。「参加した子がトライアスロンを始めたり、大学生が野外教育を学ぶために大学院に行くと知らせてくれたりしたこともあります。キャンプに関わってくれた人の可能性が広がったのを知るのが一番嬉しい。ああ、このために私はキャンプをやっているなあって思います」
株式会社サン・クレアでは「NAME CAMP」をはじめとする野外教育事業をさらに発展させるため、新たな仲間を求めている。小学校低学年を対象にした「NAME CAMPジュニア」や、企業研修。野外教育のあり方をさらに広げていく予定だ。
よりよいキャンプのために「変わりたい」
しかし、前川さんには悩みがある。「野外教育事業をここで始めて、周りの方は先駆者だと言ってくれます。でも、尖ったことをしているようで、本当は変化していくのが怖い。キャンプをよりよいものにするために越えなきゃなと思うところを、一人だと守りすぎてしまっている感じです。サン・クレアは変化のスピードがとても速い会社なので、私ができるマイナーチェンジでは物足りないかも、と考えることがあります」
それでも前川さんは新たな仲間を迎えることで、さらに広い世界が見えてくることにも期待している。スタッフが増えれば、子どもたちの挑戦の幅も広がっていく。
「子どもたちにはできる限り、だめだよ、危ないよと言いたくないんです。挑戦の枠をぎりぎり目一杯まで広げてあげたい。運営がしっかり固まっていれば、子どもたちと大学生をしっかり向き合わせてあげることができます」
この森から始まった野外教育事業をよりよいものにしていくため、前川さんも変わる勇気を持って待っている。
「自分が思いつかないようなアイデアを出してくれたり、変わりたい私の殻を破ってくれたりするような“ぶっ飛んだ”人が来てくれると嬉しいです。仲間が増えれば、私自身もきっと鍛えられる。一歩踏み出したいし、踏み出した先の世界を見てみたいです」
文/時盛 郁子