デザインできる組織は、どう生まれるのか。新CDO・本村章が描く「Design Enablement」という未来
金融・公共の領域では、デジタル化やAI活用が進む一方で、「その技術がどのような体験として利用者に届いているのか」「組織として、体験設計に責任を持つ視点があるのか」といった問いが、あらためて重要になってきている。
こうした課題を背景に、スパイスファクトリー株式会社は2026年2月5日(木)、「Design Enablement Forum 2026」を開催する。本イベントでは、金融・公共の現場において、デザインがどのように価値創出や組織変革に寄与できるのかを、研究者・実務家・事業責任者とともに議論する。
その総合モデレーターを務めるのが、2026年1月にスパイスファクトリーへ執行役員 CDO(Chief Design Officer、以下CDO)として参画した本村章だ。
本記事では、イベント開催に先立ち、本村がCDOを引き受けた背景、金融・公共におけるデザインの可能性、そして本イベントのキーワードでもある「Design Enablement(デザイン・イネーブルメント)」の思想について話を聞いた。
スパイスファクトリー株式会社 執行役員 CDO(最高デザイン責任者)本村 章
本村 章(もとむら・あきら)
スパイスファクトリー株式会社 執行役員 CDO(最高デザイン責任者)
アメリカでコミュニケーションデザインを専攻後、サンフランシスコの Dubberly Design Office にて IoT、医療ソフトウェア、ブランドガイドラインなどの国際案件に従事。帰国後、株式会社ゆめみに入社し、デザイン組織をゼロから立ち上げ、約50名規模へと成長させる。デザイン事業責任者として事業成長を牽引し、金融・医療・通信・行政など多業界で UX リサーチ、サービスデザイン、組織導入支援を推進。国内外のカンファレンス登壇や学術論文執筆も多数。2026年1月より現職。
なぜ今、CDOなのか
キャリアの選択肢の中で、本村が選んだ「次の挑戦」
本村がスパイスファクトリーの執行役員 CDOに就任した背景には、これまで組織を動かしながら責任ある立場で仕事をしてきた経験を活かしつつ、さらに新しい視点でビジネスに向き合える環境に身を置きたい、という思いがあった。
本村:「前職ではデザイン事業の責任者として、デザイナー主体のプロジェクトを立ち上げ、事業を一定のスケールまで育てる経験ができました。クライアントワークと事業づくりの両輪を回す面白さは大きかったですね」
事業づくりと組織づくりの双方に深く関わる中で、本村の関心は、より広い視点で「組織や事業をどう設計し、どう成長させていくか」というテーマへと自然に広がっていった。
本村:「SaaS企業のCDOや、新規事業のプレイヤーといった選択肢もありました。ただ、これまでと同じ延長線上の挑戦よりも、新しい視点でビジネスに向き合える場所に身を置きたいという気持ちが強くなっていったんです」
そうしたタイミングで出会ったのが、スパイスファクトリーだった。
本村:「もともとスパイスファクトリーが掲げているミッションやパーパスには関心を持っていました。ただ、実際に経営メンバーと対話を重ねる中で、その言葉がどのように事業や意思決定に落とし込まれているのかが、より具体的に見えてきたんです。単に一つの事業領域を伸ばすのではなく、パーパスを起点にしながら、DXやパブリックリレーションズ、サステナビリティといった要素を組み合わせて成長していく。その構造そのものに、大きな可能性を感じました。このタイミングで、そうしたチャレンジに関われることが、自分自身の人生にとっても、いまの自分にとって最も納得感のある選択だと思えたんです」
スパイスファクトリーへの参画は、これまで培ってきた経験を活かしながら、視野をさらに広げ、新しい価値創出に挑戦していくための意思決定だった。
金融・公共という「変わりにくい社会インフラ」に、なぜデザインが必要なのか
本村が金融・公共という領域に強い関心を寄せる理由は、それらが社会インフラとして、非常に長い時間軸で変化してきた分野だからだ。本村自身も、金融をはじめ幅広い業界のプロジェクトに携わってきた経験があり、長年積み重なってきた制度や業務プロセスの中で、どのように変革を起こすかを実務の現場で体感してきた。
本村:「ファッションやエンターテインメントのように、毎年トレンドや提供価値が大きく変わる領域もあります。一方で、金融や公共の領域は、制度や業務プロセス、利用者との関係性が長い時間をかけて積み重なってきた世界です」
前例踏襲を前提とした意思決定モデルは、安定性を担保する一方で、変化への適応を難しくする。生成AIの進展や社会ニーズの多様化が進む中で、従来の延長線上の発想だけでは限界が見え始めている。
本村:「金融や公共では、“これまで通り”の運用が価値を守ってきた側面もあります。ただ、生成AIの進展や社会構造の変化によって、これまでの前提が少しずつ揺らぎ始めています」
こうした環境変化の中で、本村が重視しているのが「デザイン態度」だ。デザイン態度とは、単に見た目やUIを整えることではなく、「あるべき姿を構想し、仮説を立て、試行錯誤しながら価値を形にしていく思考・行動の姿勢」を指す。
本村:「デザインは、単にデジタル化して使いやすくすることではありません。これまでになかった選択肢を発想し、未来のあり方を描く思考プロセスそのものです」
何が起きたかを分析する科学的思考に対し、デザインは「どうあるべきか」を描く思考である。変化が常態化した時代において、この構想力が金融・公共に新しい可能性をもたらす。
本村:「これまでの経験でも、制度や組織の制約が大きい現場ほど、デザインのアプローチが効いてくる場面を何度も見てきました。制約があるからこそ、発想の転換が価値になります」
金融・公共にデザインを持ち込むことは、単なる効率化ではない。信頼や安全性といった社会的要請を守りながら、新しい体験価値をどう設計していくか。その挑戦こそが、本村がこの領域に強く惹かれる理由でもある。
本村が考える「Design Enablement」とは
本村が語るDesign Enablementは、単にデザインのやり方を教えることではない。企業や現場のチームが何を実現したいのか、その「望ましい状態」を起点に、どのような関わり方をすれば、現場のチームや担当者自身がデザインできるようになるかを設計する考え方だ。
本村:「いわゆる“スキルを教える”というよりも、考え方や進め方を一緒に身につけていくイメージです。最終的には、外部に頼らなくても、自分たちで課題を発見し、構想し、形にできる状態をつくることが重要だと思っています」
一緒に取り組むプロセスそのものが、組織の中に、新しい判断の仕方や進め方といったケイパビリティを蓄積していく。Design Enablementとは、単発のプロジェクト支援ではなく、「組織がデザインできる状態」を持続的につくるための設計思想でもある。
本村:「プロジェクトが終わったあとに、何が組織に残るのか。その視点がないと、Enablementにはならないんですよね」
この考え方が、いま特に重要になっている背景には、生成AIの急速な普及がある。
本村:「生成AIによって、誰もがアイデアを形にできる時代になりました。言い換えると、全員が“デザインする機会”を、半ば強制的に与えられている状態とも言えると思っています」
その一方で、「何をつくるべきか」「どんな価値を届けるべきか」を構想する力の重要性は、むしろ高まっている。
本村:「これまでデザインは、専門性の高いハードスキルとして扱われてきた側面があると思いますし、その専門性自体は今後も残っていくと思っています。ただ、これからはそれだけではなくて、数学や英語のような一般教養に近いレベルで、ソフトスキルとして高めていかなければならないものになっていくのではないでしょうか。だからこそ、デザインという考え方が必要になってくる。自分自身はデザインを専門にしてきた人間ですが、これからは“自分がデザインする”だけではなく、他の人たちがデザインできるようになることを支援していくこと自体に、大きな意義があると感じています」
日本には、デザイナーよりも圧倒的に多くのエンジニアがいる。もし彼らがデザインの視点を持ち、ソフトスキルとしての設計力を発揮できるようになれば、日本のデジタルプロダクトやサービスの質は大きく変わる可能性がある。
本村:「自分自身としても、またスパイスファクトリーの取り組みとしても、各社のエンジニアや事業側のメンバーが“デザインできる状態”に少しずつ近づいていけたらいいなと考えています。組織の中に、デザインのケイパビリティをどう育てていけるのか。その設計を、これから丁寧に探っていきたいですね。」
Design Enablementとは、人材育成でもあり、組織設計でもあり、経営戦略でもある。個人のスキルではなく、組織としてのケイパビリティをどう育てるか。その問いに向き合い続けることが、これからの企業に求められている。
デザイン文化を組織に根づかせるための、実践のヒント
デザイン文化を組織に根づかせることは、掛け声だけで実現できるほど単純ではない。制度、評価、役割分担、意思決定の癖など、組織の構造そのものと向き合う必要があるからだ。本村も、このテーマには常に「難しさ」を感じながら向き合っているという。
本村:「外側を変えるだけなら、トップダウンで一流のデザイナーを採用したり、ブランドリニューアルをしたりすることで、ある程度は実現できます。ただ、それが組織全体の文化として根づくかというと、話は別です」
では、文化はどこから育っていくのか。本村は、「デザイン態度を身につけたいと本気で思っている人たち」が主体となることが重要だと語る。
本村:「どういうゴールを目指したいのかは、そういった志向をもつ人たち自身が描くべきだと思っています。そのゴールが、組織の中の他のチームや部門の論理とどうつながるのかを整理し、橋渡ししていく。そこも、変化を進めようとする人たちの大事な役割なんです」
一方で、現場の主体的な動きだけで、すべてが自然に広がっていくわけではない。ある段階では、経営の理解と後押しが不可欠になる。
本村:「ボトムアップで芽が出ても、評価制度や意思決定のルールが変わらなければ、途中で止まってしまいます。どこかのタイミングで、経営の視点とつながる設計が必要なんですよね」
本村が強調するのは、「成果の見せ方」だ。アウトプットではなく、アウトカムで語ること。つまり、デザインの取り組みが、どのような価値や変化を生んだのかを、事業や組織の言葉で説明できるかが重要になる。
本村:「単に施策を実施しました、では伝わりません。その取り組みが、意思決定をどう変えたのか、スピードをどう変えたのか、リスクをどう下げたのか。そうした“組織にとっての意味”に翻訳していく必要があります」
本村は「外部からの評価」も、組織変革を後押しする装置になり得ると考えている。
本村:「賞を獲得したり、イベントに登壇するなど、社外で評価されると、社内でも“それをやっていいんだ”という空気が生まれます。結果的に、挑戦できる余白が少しずつ広がっていくんです」
こうした小さな実践と構造設計を積み重ねていくことで、組織の中に、デザインというケイパビリティが徐々に根づいていく。
「革新の触媒」として、組織の枠を動かす
スパイスファクトリーは「革新の触媒」というミッションを掲げ、ときにクライアント組織の中では言いづらいことにも踏み込む立場を担っている。
本村:「スパイスファクトリーと一緒に仕事をすることで、『ここまでやってもいいんじゃないか』という基準を、いい意味で少しずらしてあげられると思っています。枠を広げることで、組織の中に新しい挑戦の余地が生まれるんです」
それは、単に助言をする立場ではない。伴走しながら、ときに背中をそっと押すビジネスパートナーとして関わることに価値があるという。
本村:「一緒にプロジェクトを進める中で、挑戦のハードルを少しずつ下げていく。その積み重ねが、結果としてクライアントの組織の中に、デザイン文化を根づかせていくことにつながっていけばいいなと思っています」
デザイン文化は、誰かが一度つくって終わるものではない。人の意識と行動、組織の仕組み、外部からの刺激。それらが重なり合いながら、時間をかけて育っていくものだ。
「考え方から、実践まで」を持ち帰る場へ
今回の「Design Enablement Forum 2026」で注目したいのは、登壇者の幅の広さだ。デザインを一つの専門領域として語るのではなく、「組織の中でどう活かしていくのか」という大きな視点から、多面的に捉えられるイベントとなっている。
本村:「今回お呼びしている登壇ゲストの方々は、バックグラウンドが多様です。デザインの本質を、組織の中でどう機能させていくのかを研究されている方もいれば、公共という特定の文脈に絞って、理論的にどうアプローチすべきかを整理されている方もいらっしゃいます」
理論やフレームワークを提示する登壇者がいる一方で、実際の現場でその考え方をどう実装してきたのかを語る実践者も登壇する。
本村:「公共領域では、そうした視点を持ちながら、具体的にどんな取り組みをしてきたのかを事例としてお話しくださる方も来てくださいます。さらに金融の領域では、もともと金融機関の組織に身を置いていた方が、いまは外部の立場から、金融の論理を理解したうえでどうアプローチしているのか、具体的な話をしてくださる予定です」
デザインの思想、公共という文脈での実装、金融という高度に制度化された領域での挑戦。それぞれの視点が交差することで、「考え方」と「やり方」が一本の線としてつながっていく。
本村:「考え方の話から、じゃあ実際にどうやって実践しているのかという具体的な事例まで、両方を聞けるイベントになると思っています。理論だけでもなく、事例だけでもなく、そのあいだを行き来できるのが今回の面白さですね」
参加者にとっては、他社事例をそのまま真似るというよりも、自分たちの組織や業務にどう置き換えられるかを考える“材料”を持ち帰れることが、一つの価値になるのではないだろうか。
本村:「聞いた話をそのまま持ち帰るというよりも、『自分たちの組織だったら、どう活かせるだろうか』と考えるきっかけを、たくさん持ち帰ってもらえるイベントになると思います。そういう意味でも、ぜひ参加してもらえたらうれしいですね」
「Design Enablement」という言葉が示す通り、このフォーラムは、知識を得る場であると同時に、実践への一歩を設計する場でもある。考え方から実践までを往復しながら、自分たちの次のアクションを描く。そのためのヒントが、このイベントには詰まっている。