※本記事は2021年度の新入社員がインタビュー/執筆しています。
世の中にない新しいものを生み出すことを仕事にしている人は、何を考え、どんな道を辿って「今」に行き着いたのでしょうか。
今回お話をうかがうのは、新しいモノやサービスを作り出すIDL [INFOBAHN DESIGN LAB.](以下、IDL)にて部門長を務める辻村和正さん。社歴7年目、プロダクトデザインやサービスデザインの分野で幅広く活躍されている辻村さんの現在進行形で研究している領域や、人生のターニングポイント、そしてこれから挑戦したいことについて語っていただきました。
新規事業の立ち上げから継続性まで。企業とともに考える
——IDLでは、どのような仕事をされているのでしょうか?
IDLの仕事で多いのは、主に企業のお客様に対して、デザインのアプローチを手段として提供し、新規事業や新製品・サービスの起案をお手伝いすることです。
「Design for Innovation」 と「Design for Sustainability」をテーマとして掲げています。新しいものを作るだけではなく、それがいかに続くかといったところまでフォーカスしていきたいと思っています。サステナビリティというと、SDGsや生物多様性の話もあるのですが、そこももちろん含みつつ 、もう少しミクロな意味で企業や、製品・サービスの持続可能性、継続性といった視点をデザインのプロセスを通して企業組織の中にインストールしていくことが究極の目標です。
——現在、働きながら東京大学の大学院に通われているとのことですが、何を研究しているんですか?
東京大学大学院学際情報学府に所属し、建築・デザインリサーチ・HCI(Human-Computer Interaction) 、この3つの分野がクロスオーバーする領域を研究対象としています。そのなかでもデザインリサーチには特にウエイトを置いています。
デザインリサーチのなかでも Research through Design (RtD)というアプローチが、一番仕事と研究の関係性として近いかなと思っています。プロダクトやUIなどの人工物を臨床的に作り出す過程で、デザイナーの思考や人工物の周囲への影響度合いを記述していく、それがRtDです。人工物の生成を前提として「より良い」状態を創出する方法を実践を通して研究していく分野です。ただ、この研究分野は歴史も浅く、学問と実践の場、双方で議論が活発に行われている最中とも言えます。
世界のレベルを肌で感じた。日本を飛び出しアメリカへ
——建築やデザインのイメージが強い辻村さんですが、大学時代は文系学部に所属し、大学院から建築を本格的に学ぶことになったとうかがいました。そこにはどのような背景があったのでしょうか?
今思えば、当時英語が得意だと勘違いしていたこともあって、東京外国語大学に進学したのですが、建築や都市には昔から興味があったんです。小学生の頃から寺社仏閣建築に興味があったので、それこそ今住んでいる京都にも、年2回くらいは連れてきてもらっていました。東京外国語大学ではタガログ語を専攻していたのですが、大学2年の頃から縁あって早稲田大学建築学科に所属する研究室のゼミに参加させてもらっていました。
そんな大学時代を経て、卒業後は大学院で建築の道に進もうと思ったんですが、日本では文系大学の卒業資格では大学院から建築を履修できる機会が限られていた。そこで大学の先生に相談したところ、「アメリカに行きなさい」と言われたんですね。アメリカでは、大学で建築未修者でも修士課程に入れる制度があるんです。既修者は履修年数が1年半、未修者は3年半という違いはありますが、3年半でマスターが取れるならと思い、LAの大学院に行くことにしました。
——ターニングポイントとなった場所はありますか?
アメリカは大きいですね。僕の行った大学院は南カリフォルニア建築大学、通称「SCI_Arc(サイアーク)」と呼ばれていて、非常にエッジが効いている大学なんです。
そこで行われていることや作られている作品は、世界トップレベル。自分ができる、できないとは関係なく、「このくらいできている人が評価される」というのが肌感覚で掴めるようになるんですよね。また、「こうやって作るんだ」という表現やテクニック面の最先端を知ることができるというのは非常に価値がある経験だと思います。レベルが高いところに身を置かないと、そういった感覚というのは絶対に分からないものだと思います。
——インフォバーンに入ったきっかけは?
アメリカの大学院を卒業してから1年半はLAやベルギーの建築事務所で働き、帰国後はフリーランスを経てデジタルプロダクションの会社で働いていました。そして転職を考えていた時に、働く場所は世界中どこでも良かったんですが、日本だったら京都がいいなと思っていたので、京都の会社を探すことにしました。デジタル系の界隈で名前を聞いたことのある会社にポートフォリオを出したんですが、その1つがインフォバーンだったんです。当時はIDLという部署はまだ存在していませんでしたが、当時の僕のスキルと会社のニーズがマッチしたんでしょうね。
デザイナーとは何か。アウトプットの表現だけが答えではない
——どのようにして現在の仕事をするに至ったのでしょうか?
はじめは、純粋にかっこいいモノを作りたいというモチベーションが高くて。ただ、そのやり方だと競争相手も非常に多いわけですよ。そのモノ自体のアウトプットのクオリティを高める匠的なデザイナーか、複数領域の知識をかけ合わせた上で必要とされるものを考えるデザイナー、どちらを目指すのかでいうと、僕は後者の方に興味があって。
そして、色々逡巡して行きついた先が3つの領域でした。もともと勉強していた「建築」、建築の表現手段として身近にあった「デジタルツール」、さらに建築や空間を使うユーザーが何を求めているのかを研究する「デザインリサーチ」。これらの3つの領域を横断している人って多分少ないし貴重だと思うんですよね。
まあ、それが本当に必要とされている人材かどうかという話もあるんですけれど(笑)
——今までの仕事で大変だったことや、辛いことってありましたか?
あまり僕、辛いと思うことはないんですよね。いい性格かはわからないんですが(笑)
その点ではLAの経験は良かったなと思っています。基本学生の頃から締切ドリブンな生き方をしていて、何か作るものがある時は徹夜することもありましたが、LAでは朝になると辛いことも忘れられるんですよね。天気がいいので。その影響は大きかった。
その時から思っているのは、悩み事は夜にしない。昼間の明るいうちにしましょうということです。僕は夜10時ぐらいに寝て、そのぶん朝4時くらいに起きるので、それもあってか基本あまり悩まないです。
自分は何者なのかを見極める。大切なのは「適当に、適切に」やること
——今後人生や仕事において挑戦したいことはありますか?
博士号は取りたいですね。かなり難しいですが、チャレンジのしがいはあると思います。
仕事については…なんだろう。海外挑戦はやってみたいです。海外案件をとってくるとか、手段は色々あると思うので。
——最後に、若手に向けてアドバイスをお願いします。
「適当」にやることですかね。適切、appropriateの方です。「あなたはどんな仕事をしているの」て聞かれた時に、自分の納得がいく答えを返せるようになるというのが重要だと思っています。自分のやりたいことを起点にした上で、それに見合った適切なやり方をすればいい。逆に自分のやりたいことが決まっていないと辛くなるので、若手の間はまず自分が何者なのか、何が得意なのか、というところをしっかり考えるのがいいと思います。
あと、当事者意識と引いた目線、両方の視点は必要だと思っています。当事者になるとプレッシャーを感じるものですが、俯瞰的に見ることによって代替案も見えてくるし、最善の道が見つかりやすくなる。
いかに適当にできるか、いかに引いた目線を持てるか。そのゆとりを持ちながら仕事をするのがいいと思います。
辻村和正(つじむら・かずまさ)執行役員、IDL部門 部門長/デザイン ディレクター
東京外国語大学卒業、南カリフォルニア建築大学(SCI_Arc)大学院修了、建築学修士。国内外の建築デザインオフィス、デジタルプロダクションを経て2014年に株式会社インフォバーン入社。デザインリサーチを起点とした様々なスケールのプロダクト・サービスデザインをリード。主な受賞歴に、文化庁メディア芸術祭、ニューヨーク フィルム フェスティバルなどがある。東京大学大学院学際情報学府博士課程在籍。