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「今日、辞めると言ってくる」—私が大手証券会社を離れた日

正月明けの朝。 いつものようにスーツに着替え、会社へ向かおうとしていた時だった。村田の中で、ふと何かが切れた。「今日、言おう」1年ほど前から、独立という選択肢は頭の中にあった。 このまま大手証券会社で働き続けるのか。 それとも、自分の力で金融アドバイザーとしての道を切り拓くのか。考えていなかったわけではない。ただ、簡単に決められることではなかった。当時の村田は、野村證券でリテール営業、投資銀行部門を経験し、年収は約1500万円。結婚もしていた。安定した収入を手放す。 大手金融機関の看板を外す。 フルコミッションに近い世界へ飛び込む。それは、自分一人の問題ではなかった。家族を困らせるわけに...

「看板なしで勝負したかった」。村田憲昭がIFAという道を選んだ理由

こんにちは!いよいよ最後のテーマです!ここでは、 「なぜIFAになったのか」 そして、 「なぜ今のFinancial Escortという形にたどり着いたのか」 についてお話しします。なぜ野村證券を辞めてIFAへ?村田: 理由は大きく2つあります。一つは、「もっと顧客に近い距離で働きたかった」投資銀行では、 企業の大きな意思決定に関わることができました。ただ、自分の中で、「もっと一人ひとりに深く向き合いたい」という思いが強くなっていきました。もう一つは、「看板なしで勝負したかった」ということです。金融マンの価値は、 本来“自分自身”にあるはずです。ただ、大手証券にいると、どうしても会社のブ...

「提案する」から「支える」へ。保険営業で学んだ顧客との向き合い方

野村證券を退社後、保険代理店には7年所属している。世界の保険パーソンの5%が入れるMDRT会員資格は3回該当。初年度は個人保険を中心に7か月で達成。突出した実績ではないと自覚するが自信を持って顧客対応できるようになった。近年IFAが保険を取扱うことも増えており保険業界から学ぶべきことも多い。今回は保険代理店に所属してからのお話しです。「証券を辞めて、なぜ保険営業に?」当時、よく聞かれた質問です。村田: 理由はシンプルで、もっと顧客に近い距離で仕事がしたかったから。投資銀行では、 企業の大きな意思決定に関わることができました。一方で、「もっと一人ひとりに向き合う仕事がしたい」という思いも強...

「細部まで詰め切れるか」投資銀行で学んだ、信頼される仕事の条件

ここからは、村田が歩んできた野村證券時代の仕事観から今の仕事に至るまでを3部にわたり紹介していきます!村田: 野村證券ではリテールを約5年経験した後、 IBDではカバレッジ(=法人営業)として丸5年過ごしました。内訳は、・上場企業の資金調達、M&A、IR等の提案業務を4年 ・未上場企業のIPOを1年で2社経験一貫してTMTセクター(通信・メディア・IT・ゲーム等)を担当し、 現代社会で隆盛を極める企業群の知見を得られたのは幸運でした。ただ、お伝えしておきたいことがあります。ここは、地頭バケモノや、海外MBA出身者たちが、 頭脳だけでなく体力の限りを使って結果を出す世界。生半可では通用しま...

FE仕事観「背中を預けられる存在」とは何か

「背中を預けられる存在」とは何か― Financial Escortの仕事観前回の記事では、 Financial Escortの創業背景についてお伝えしました。今回は、私たちが日々の仕事の中で大切にしている 仕事観そのものについてお話しします。1. 私たちは「商品」を売っていない金融の仕事というと、 「商品を提案する仕事」と思われがちです。ただ、私たちが向き合っているのは、 商品ではなく意思決定です。・このまま運用を続けるべきか ・事業に投資するべきか ・守るべきか、攻めるべきかお客様が本当に迷っているのは、 「どの商品を選ぶか」ではなく、 「どう意思決定するか」です。その判断に対して、...

創業秘話: なぜFinancial Escortを立ち上げたのか

― 村田憲昭が金融の現場で見てきたこと野村證券でリテールと投資銀行部門を経験し、 その後、保険・IFAの現場へ。金融業界の最前線で15年間、 4つの異なる環境を経験してきた村田。なぜ彼は、Financial Escortを立ち上げたのか。 これまでのキャリアと、金融業界への違和感、そして大切にしている価値観について話を聞きました。1. キャリアの出発点は、野村證券だった村田: 2018年に約10年間勤めた野村證券を退職しました。その後、ベンチャーIFAへ入社し、代表取締役社長を経験。 MBOによってオーナー経営者になりました。金融業界の最前線で、 これまで15年間、4つの異なる環境に身を...