こんにちは!いよいよ最後のテーマです!
ここでは、
「なぜIFAになったのか」
そして、
「なぜ今のFinancial Escortという形にたどり着いたのか」
についてお話しします。
なぜ野村證券を辞めてIFAへ?
村田:
理由は大きく2つあります。
一つは、「もっと顧客に近い距離で働きたかった」
投資銀行では、
企業の大きな意思決定に関わることができました。
ただ、自分の中で、
「もっと一人ひとりに深く向き合いたい」
という思いが強くなっていきました。
もう一つは、「看板なしで勝負したかった」
ということです。
金融マンの価値は、
本来“自分自身”にあるはずです。
ただ、大手証券にいると、どうしても会社のブランドの影響を受ける。
だからこそ、自分の力だけで通用するのかを試したかった。
0件0円からのスタート
IFAに転身したとき、
顧客は0件0円でした。
リテール営業の現場から離れていたのでいわゆる顧客基盤がなかったためです。
ここから、 すべてを積み上げていく必要がありました。
最初に取り組んだのは、
資産形成層への徹底的なアプローチです。
・証券
・保険
・不動産
これらを横断しながら、
一人ひとりに向き合い続けました。
年間100名以上のお客様と向き合う中で、
・資産全体の管理方法
・ライフプランニング
・紹介による基盤構築
を身につけていきました。
「判断基準」を決めた瞬間
IFAとして独立したとき、 一つ決めていたことがあります。
それは、
「提案内容は、お客様にとってのベストを追求する」
ということです。
たとえ手数料が10倍違ったとしても、
判断基準は変えない。
その人にとって、 本当に意味があるかどうか。
それだけを軸にする。
このスタンスでやってきて、
紹介だけで仕事がつながり続けたことで、
間違っていなかったと感じています。
「自分の人生を生きる」という選択
証券会社を辞めた理由は、
もう一つあります。
それは、
「自分の人生を生きたい」ということです。
組織の中で働く中で、私は どこか窮屈さを感じていました。
やりたいことを、
純粋に追求できる環境に身を置きたかった。
ただ、その選択は簡単ではありませんでした。
会社を辞めたとき、
報告の順番は「妻 → 会社 → 実家」
でした。
家族に報告をした際、母は応援してくれましたが、
父は強く反対しました。
親戚からも電話がかかってきて
「考え直しなさい」と何度も言われました。
それでも、自分で決めた道を進みました。
今はこの決断をして本当に良かったと思っています。
「生きている実感」
会社を辞めて、IFA(業務委託)になって感じたのは、
「生きている実感」でした。
基本給はなく、 動かなければ収入はゼロ。
常に、「動かないと終わる」
という感覚がありました。
ただその分、
成果がダイレクトに返ってくる。
この環境は、
自分にとって、非常にシンプルで、面白いものでした。
雇われ社長から、オーナーへ
IFAとして活動する中で、
・個人事業主
・雇われ社長
・オーナー経営者(MBO)
すべての立場を経験しました。
雇われ社長のとき、 ある不安がありました。
それは、「お客様を生涯担当できない可能性」です。
株主の発言力が絶対という資本の論理によって、
私が担当者を継続できなくなる可能性がある。
それは、
この仕事の本質とズレていると感じました。
だからこそ、「所有と経営を一致させる」
という選択をし、結果として、
MBOという形でオーナーになりました。
この仕事の本質
振り返ると、
・証券
・投資銀行
・保険
・IFA
すべての経験が、今につながっています。
特に感じているのは、
人生そのものが価値になる仕事だということ。
遠回りに見えた経験も、
すべてお客様への提案に活きている。
だからこそ、一人の人生として、すべてを扱う
という今のスタイルにたどり着きました。
最後に
金融業界は、 厳しい世界です。
ただ同時に、
人間的な成長が、そのまま価値になる世界でもあります。
自分を磨いた分だけ、 お客様に価値を返せる。
これほどシンプルで、
面白い仕事はないと思っています。
私自身、
まだスタートラインに立ったばかりです。
これからも、小さな積み重ねを続けながら、
より良い価値を届けていきたいと思っています。
もしこの考え方に共感いただける方がいれば、
ぜひ一度、お話しできたら嬉しいです。
最後までお読みいただきありがとうございました。