※こちらの記事はCULUMU公式noteからの転載です(2025年12月17日掲載)
〜大東市立南郷小学校 長寿命化改良事業・共創のプロセス〜
老朽化した校舎を、これからの時代にふさわしい学びの場へとつくり変える。大阪府大東市にある南郷小学校で進められている長寿命化改良工事*は、単に建物を綺麗にするだけでなく、多様な子どもたちが主体的に学べるような、柔軟で創造的な学習環境を目指すプロジェクトです。
2023年5月のプロポーザル選定*から始まり、2025年10月に一部先行して引き渡しが行われた『なごのヒロバ(図書室)』。そこには、建築の専門家が一方的に設計するのではなく、ワークショップを通じて多様な声に耳を傾け、設計の意図を確かめ合いながら進めていくプロセスがありました。
設計を担当された小河建築設計事務所の建築士・上野氏へのインタビューを通じ、その取り組みの様子をお届けします。
*長寿命化改良工事: 老朽化した建物について、物理的な不具合を直し建物の耐久性を高めることに加え、建物の機能や性能を現在の学校が求められている水準まで引き上げる改修を行うことです。これにより、建物を将来にわたり長く使い続けることができます。工事費は大幅に縮減できる一方、結果は改築と同等となり、費用対効果は非常に大きくなります。
【出典: 文部科学省】
*プロポーザル選定: 自治体が事業をおこなう際は、その財源が税金によって賄われているため透明性を担保しつつ、よりよい条件で事業者を決定する必要があります。事業者の選定にはいくつかの方法が存在しますが、その中でプロポーザル方式を採用するケースが増えています。プロポーザル方式は、最も適した提案内容を提示した企業を総合的に評価をして選定する方式です。
一方で、コンペはあくまでも受けた提案内容を重視して最適な企業を選定する点が異なります。コンペは提案内容を選ぶ方式であるため、選定した後の事業実施が円滑に進められます。また、入札の場合、選定する重要なポイントは基本的に価格です。安い価格を提示した企業が選定される可能性が高くなります。
プロポーザルは受注企業と共同でプロジェクトの進捗が可能で、発注者サイドの要望を反映しやすい点がメリットです。なお、総合評価落札方式と呼ばれる、プロポーザル方式と入札のメリットを組み合わせた選定方式もあります。
プロセスを大切にする提案――なぜ今、量から質への転換が必要なのか?学校建築に求められる変化とは
かつて日本の学校建築は、増加する児童数に対応するため、教室の数を確保することが最優先でした。南郷小学校もまた、約60年前に建てられて以来、増築を繰り返してきた歴史を持ちます。しかし少子化が進んだ現在、求められる価値は「量から質」へと変化しています。文部科学省が掲げる指針にもあるように、画一的な空間ではなく、多様な子どもたちが主体的に学べる学習環境が不可欠となっています。
大東市が実施したプロポーザル(設計者選定)では、評価項目のひとつとして「インクルーシブ教育システムの理念を具現化する教育環境」が掲げられました。これに対し、小河建築設計事務所は具体的な空間設計に加え、多様な方々と一緒に課題を見つけ、ワークショップでの対話を通じて設計に反映させていくというプロセスそのものを大切にする提案を行いました。
上野 居心地のいい場所や、自然と人が集まる場所をつくるためには、そこで過ごす人たちの体験や感覚を設計の手がかりにすることは自然なことだと思います。
発達障害(神経発達症)のある当事者やご家族の方、行政職員を交えたワークショップで見えた〝気づき〟
運用と建築の狭間にある、見落とされがちな課題
今回のプロジェクトでは、CULUMUのファシリテーションのもと、発達障害(神経発達症)のある当事者やご家族の方、行政職員を交えたワークショップが開催されました。参加者が自身の体験や感覚を言語化し、対話を重ねる中で、上野氏は「音や視覚」に関する課題に対し、ある重要な視点を得ます。
上野 音や視覚の問題の多くは、建築というハード面だけでなく、実はICT(情報通信技術)の活用や、学校の運用ルールといったソフト面での調整で解決できることが多いのではないか、と気づかされました。
例えば、ワークショップの議論の中では「インカム(通信機器)を活用する」といったアイデアも出されました。すべての課題を建築だけで解決しようとするのではなく、ツールや運用の選択肢を増やすことで救われる子どもたちがいる。そのことに改めて目が向けられたのです。
一方で、建築家として空間デザインだけでは解決しきれない難しさも感じたといいます。
上野 学校運用には『集団であること』を重視する価値観も根強くあります。建築側で『個』を大切にする空間を作ろうとしても、運用側とのバランスが取れなければ機能しません。この点は、設計者として今も考え続けているテーマです。
『おこもりスペース』への想い
ワークショップでの対話が、実際の設計を後押しした事例があります。それが、図書室機能を持つ「なごのヒロバ」に設置された『おこもりスペース』*です。
開放的で大きな空間は魅力的ですが、自分を守れるパーソナルスペースが必要だという意見がワークショップの中でありました。その声を受け、上野氏はカーテンやフレームで区切られた小さな居場所を設計に残しました。
しかし、学校管理の視点から見れば、死角となる場所は管理の難しさに繋がる懸念もあります。通常であれば、見送られてしまうかもしれない要素です。
上野 それでも、大きな空間をみんなが使えるようにするためには、このスペースが必要だと感じました。私一人の意見として『大切です』と言うだけでは説得力が弱かったかもしれません。でも、『ワークショップで当事者からこういう声があり、共感を得たんです』と伝えることができました。
プロポーザル時の『おこもりスペース』のイメージ
完成した『おこもりスペース』
写真左:ロールカーテンが上げられた状態
写真右:ロールカーテンが下げられた状態
プロポーザル時の『おこもりスペース』は複数人で利用することを想定していたが、完成したスペースは個人で1人でこもれる作りに変更。
*おこもりスペース(ヌック / Nook):
小さく囲われた“巣穴”のような安心感のある場所。住宅やオフィス、公共施設に取り入れられる。「こもる」こと自体が目的で、心理的に落ち着く・自分の時間を楽しむ用途に使われる。
特徴
・ベンチや小上がり、カーブ形状などで“囲われ感”を演出
・音の遮断よりも“安心できる雰囲気”を重視
・読書、休息、子どもの遊び場など多用途
利用者の状態
・気の向くまま、ほどよく孤立しつつ安心したい
・自己回復・リラックス、読書、休息、遊び、個人的な時間・自己調整の場
・包まれる安心感・自己回復感、創造的な時間や趣味を楽しみたい
【参考】
カームダウン/クールダウンスペース(Calm-down / Cool-down Space):
刺激から一時的に離れ、感情や気持ちを落ち着かせるための空間。
主に教育施設・福祉施設・オフィスなどで設けられ、自閉スペクトラム症(ASD)や感覚過敏を持つ人の利用を想定することが多い。
クワイエットルーム(Quiet Room):
静寂を必要とする作業や休憩のための“静かな個室空間”。
オフィスや公共施設で導入されることが多く、広義では「電話・会議以外の用途で使う静かな個室」。
建築家が語る“これからの学校建築”ーー異なる要望を包み込む
制約の中で、機能性だけではない建築の本質的価値を探す
多様な声を取り入れることは、同時にさまざまな制約や相反する要望に向き合うことでもあります。
上野 例えば、「廊下」の活用。新しい学びの場として、教室と廊下の壁を取り払い、廊下にも本棚や机を置いて自由に学べる空間を作りたい。しかし、建築基準法上、廊下は「避難経路」であり、一定の幅を確保し、物を置いてはいけないというルールがあります。また、「地域開放」の問題。誰でも自由に使える図書室を目指しても、不特定多数が利用するとなれば、法的には「学校」ではなく「集会所」としての基準が求められ、設計のハードルが変わってきます。
すべての要望をそのまま叶えることは難しい場合もあります。限られた予算と法規の中で、どこで区切りをつけるか。しかし、諦めるのではなく、『新しい案』や『折衷案』を見つけることが設計者の役割だと思っています。
上野氏は、異なる要望をどのように包括できるか、その「新しい建築のカタチ」を模索し続けました。
建築家としての視点――多様な声を取り入れる意義と難しさ
共創が生む、これからの新しい建築のかたち
一連のプロジェクトを通じて、上野氏の中には改めて感じたことがありました。
上野 日々の業務では、機能性や合理性を追求することに追われがちです。でも、今回の経験を通じて、『自分が本当に作りたかった建築とは何か?』ということに立ち返るきっかけになりました。
それは、固定された仕様の建物を作ることではなく、小さな空間であっても「人が心地よいと感じる柔軟な居場所」を作ること。そして、設計者だけで考えるのではなく、多様な人々を巻き込みながら共に創っていくことの大切さでした。
従来の関係者だけで決めるやり方は、効率的かもしれません。しかし、そこからこぼれ落ちてしまう声があることも事実です。外部の声を取り入れることはエネルギーがいりますが、その声が新しい建築を生むきっかけになるのだと思います。
おわりに:「なごのヒロバ」は、2026年1月のオープン(予定)
2026年秋の全体竣工に向け、南郷小学校のプロジェクトは現在も進行中です。 先行して引き渡しを終えた「なごのヒロバ」は、2026年1月のオープンを目指して準備が進められています。
このプロジェクトが示したのは、公共施設である学校が、使う人々の声を取り入れながら少しずつ形作られていくプロセスの大切さでした。建築家と地域の人々が対話を重ね、悩みながら共に作り上げた空間が、これからどのように使われ、育っていくのか。
2026年秋、生まれ変わった校舎の姿を改めてご紹介できる日を楽しみにしています。
執筆:友部 崇 [株式会社STYZ CEO室広報]
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