今週の柄本とは、Makip代表の柄本真吾が週一で書く「カジュアル社内報」です。
社員に向け、その週に柄本が考えていたあれこれを発信しています。
~モノの見方とその着地点~
最近よく思うのがこちらのタイトルについて。
モノの見方というのは、本当に人によって全く異なります。
例えばですが「仕事」ひとつを取っても、感覚は全く異なる訳です。
やらされている感がある人もいれば、自発的に関わりたい人もいるし、全くもってやる気がないけれども働いている人もいる。
前に何かで見た動画で「仕事をやりたくないんですがどうしたらいいでしょうか?」みたいな質問に対する答えが、「仕事はやりたくなくて当たり前」だと。「やりたくないから誰かにお金を払ってやってもらうんだ」「自分がやりたい仕事だけやりたいのであれ ば、 才能を見出してやりたくない仕事を人に頼むしかない」という論調ですね。
これですね、僕は全くもって見方が異なるんですよ。
やりたくない仕事を誰かにお金を払ってやってもらってるというつもりは僕には全くなくてですね、
僕がやるよりも上手にできること、得意なことをやってもらうために、お金を払ってやってもらっている。というのが僕の見方です。
例えばエンジニアリングもそうですよね。僕はできないので誰かにやってもらわなければならない。
経理や財務もそうだし、営業だっていくら僕が営業でやってきたからと言って、僕1人でできるはずもない。恐らくなんですが、ここらへんのモノの見方によって、細かい設計とかが変わってくると思うんですよね。
やりたくない仕事をやらせる場合のルールと、得意なことをやってもらう時のルールって異なってきて、
きっとこの人この仕事やりたくないだろうなーと思ってる人が多い時とか、お金を稼ぐためだけに
働いている人が多い時の設計は、ガチガチの管理になります。我が社のように任せてやってもらうという認識はないでしょうね。
そして、その「仕事観」で設計された会社というのも、集まってくる人というのも、全く異なると思います。管理をする前提で言えばですね、とにかく安く人を集めた方がいいね、となりますし、得意なことをやってもらおうと思うのであれば、得意な領域で力を発揮したい人や任せられたい人、権限が欲しい人が集まります。もちろん我が社は後者な訳ですけれども、ここら辺が本当に異なるなぁと。
これはですね、会社の話に限らず、個々人の人生についても同じだと思います。
人生をどう捕まえるのか?ありがたいモノだと思って生きるのか?それとも誰も産んでくれなんて頼んじゃいねーと捻くれて生きるのか?自分なんて、、、と卑下して生きるのか?人生一度きりとやりたいことをやって生きるのか?
これも捕まえ方次第でどうにでもなります。そういう意味でいうとですね、人生は思った通りにしかなりません。自分なんて、、、と卑下して生きている人にいきなり脚光が当たって人生薔薇色なんてことはほぼあり得ません。
バッターボックスに立っていないのにホームランなんて打てないんですよね。なので、1番大事なのは、どういうモノの見方をするのか?ということですし、そういう意味で言うと、もしかしたらモノの見方は言い換えてみれば価値観だったりしますので、どういう環境で日々どういう言葉に触れて育ったのか?何を見て育ったのか?何を頭の中に入れて育ったのか?どんな親や仲間と育ったのか?
育ちの問題と言ってしまうと、他責になりがちですが、必ずしも幼少期でないと価値観は変えられないということでもありません。
思考というものは面白いもので、朝起きて何を見るのか?誰とどんな話をするのか?どんな言葉を聞くのか?どんな感触を得るのか?どんな音楽を聴くのか?などなど。日々脳味噌に入ってくる刺激によって変わると僕は思います。