こんばんは。株式会社 ENDROLL の代表取締役 兼 「よひつじの森」のディレクター / 脚本 を担当している前元です。
2021年4月に 「よひつじの森」というアプリをリリースしました。睡眠に困っている方々が “眠れる” ようになることを目指したわけではなくて、そんな日々が続くことへの不安や焦りを取り除いて、夜の時間が日々の “楽しみ” になりますようにと願いを込めて、アプリのコンセプトは「眠れない夜を楽しむ」に決まりました。
ENDROLLに所属するクリエイターたちの感情をたくさん詰め込んだアプリです。
もしよろしければ、今夜使ってみてください。
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さて本題ですが、この記事では、よひつじの森という作品の制作背景のお話を通して、ENDROLLにおけるクリエイティブの考え方が伝わると嬉しいなと思います。
出版社とゲームの会社のちょっと変な座組み
大前提ですが、よひつじの森は、集英社さんと共同で創り上げたアプリです。
ゲーム業界の言葉を当てはめるなら、パブリッシャーが集英社で、デベロッパーがENDROLLという座組みですが、出版社との共同事業らしく、“編集者”と“作家”という関係性の方が、この2社の関係性を表すには相応しいように思います。
以前からお付き合いのあった集英社の編集者さんから、ある日声をかけられました。
「一緒にやりませんか? ENDROLLというチームの作家性に興味があります。」
ENDROLLはゲーム会社です。それもAR(拡張現実)ゲームの会社。まさか漫画の編集者さんからそんな提案があるとは思っていませんでしたが、作家性に興味があると言われて奮い立たないクリエイターはいないでしょう。
たくさんの企画書を書きました。ARという技術の可能性、体験型エンタメの市場性。
ENDROLLの当時の事業領域を基軸に、事業の将来性をプレゼンしましたが、編集さんからは
「見たいのは事業性ではなくて作家性。もちろん事業性を無視するわけではないけれど、みんなが純粋に創りたいと思えるものをまずはまっすぐに考えて良いですよ。」と言われました。
私はクリエイターであると同時に経営者でもあります。コンテンツの方針を策定することは、事業としての採算性や将来性を含んだ判断が当然伴います。だからこそ「純粋に創りたいと思えるもの」というまっすぐな問いは、とても新鮮なものであると同時に、とても難しいものでもありました。
都合の良い世界を創る
それから、自分がARという領域に人生を投じた理由について改めて考え直しました。私はテクノロジストではないですし、ポストスマートフォンを目指すARという新たなコンピューティングの市場性に魅了されたわけでもありません。
見ているこの世界を自由に書き換えることができるなら、誰かにとって見たくないものを消し去ったり、誰かにとって大切なもので世界を埋め尽くしたりできるのかなあと。そして、それができるなら、この世界の生きづらさが少しなくなっていくのかなあと。そんな、幼稚な妄想こそがENDROLLのARゲームの事業の始まりでした。
つまり、ENDROLLにとっての創りたいものとは「誰かにとって一番都合の良い世界」であり、裏を返せば、都合の悪い世界 ≒ 生きづらい瞬間を取り除いて楽しい時間に変換することが、自分たちが創るものの役割だと思いました。
不眠症の親友と、言葉が見つからなかった私
それから企画の方針は「ライフハックエンタメ」と名付けられ、生活で苦しさを感じる瞬間を土台にして、それをエンタメ化することによる課題解決を目的としました。
スマホ中毒、ダイエット、習慣継続とさまざまなテーマに対しての企画を立案した中で、採択されたものが「不眠」でした。睡眠科学に関する書籍を読み漁り、睡眠記録アプリの試験を繰り返し、アプリという手段を持って不眠の課題解決に貢献できる要素を抽出していきました。
できるだけ同じ時間にベッドに入ることと、ベッドに入ったらスマホはさわらないことの2つを軸として、そういった正しい習慣継続をサポートするためにゲーム的なインセンティブを用意するという構図で仕様を取りまとめ始めました。
仕組みは決まったものの、どういった世界観でそれを取りまとめるべきなのかのヒントを探すべく、ユーザーインタビューという名目で、睡眠障害で悩んでいた、古くからの友人に電話をしました。
「最近、睡眠改善のためのアプリを企画しててね、こういう感じなんだけど〜」
「ええやん! でもさ、習慣系でできることは全部試してみたんだよね。
それに、医者に行っても、入院をしても、あんまり劇的には良くならなくてさ。」
ああ、この問題を軽くみていたなと、その時初めて気がつきました。
「そんなに酷かったんだ。そこまでは知らなかった。」
「ね、自分でも自分の体質を恨むよ。なんで俺は寝れないんだろうとか、
もし眠れるようになれば、自分にできることも増えるのになあ、とか。」
彼が繊細なのは知っていましたが、誰がどうみても陽キャですし、考え方は常に前向きな人です。そんな彼が、眠れない夜の、永遠とも思えるその時間を、そんな気持ちで過ごしていると知った時、私は何もいうことができなくて「アプリが完成したらまたいうね」とだけ伝えて電話を切りました。
眠れない夜を超えて生きる全ての人々に敬意を
私個人に睡眠の悩みはありません。睡眠の専門家でもありません。事実、その友人には何も言えなかったわけで、書籍を齧った程度の知識では、やはりこの問題には貢献できないのかもと思いました。
そして、そんな無力感を覚えると同時に、ただただ彼のことをすごいと思いました。そんなに苦しい状態だったのに、誰にも気を使わせないほどにいつも前向きで。当然彼の中にそれを維持するためのたくさんの努力があると思うので軽率な言葉は使えませんが、純粋に「すごいなあ」という気持ちになったのを今でも覚えています。
同時に、眠りに悩みながらも生活をしている全ての方々への敬意を込めたアプリを創ろうと決意しました。ゲームで不眠を根本的に解決することなどはできません。でもせめて、眠れない夜に渦巻く感情を少しでも緩和することなら、ゲームの力でできるかもしれません。
それから私は、よひつじの森のために書いていた物語の方針を、「ひつじたちの可愛らしい物語」という路線から「眠れない人の心に寄り添うひつじたちの物語」に変えて、アプリの設計上、眠れないことを否定するような要素、例えば「習慣を守れなかったらペナルティ」といった類のものを削っていきました。
エゴと優しさのクリエイティブ
かくして、眠れない夜を楽しむというコンセプトが生まれ、よひつじの森は完成しました。レビューに「夜が楽しみになりました」というお声が増えるたびに、他の睡眠アプリにはない、よひつじの森だからこそ、ENDROLLだからこそ提供できている価値を実感します。
当然ながら、よひつじの森にはまだまだ課題が山積みです。それでも、「純粋に創りたいと思えるもの」を問うてくれる、集英社さんというパートナーに恵まれたことで世に送り出されたこの作品は、私たちの誇りです。
創りたいもの創るということは、ある種の傲慢であり、クリエイターのエゴです。
ただ、そのエゴを、大切にしたい“アナタ”に向けることができる優しさを持ったメンバーがENDROLLにはいます。
これから増えるメンバーも、根底にある心は同じであり続けたいなあと願うと同時に、これから生み出される作品には、これまでのENDROLLにはない何かを求めています。
ぜひ、この記事を読んだ後に考えてみてください。
あなたが純粋に創りたいと思えるものはなんですか?