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【保坂社長と対談!vol.2】競争の厳しさを知る原体験 ―携帯電話業界の栄枯盛衰

──どのような学びがありましたか?

結局、社員の雇用を守るのは、事業の価値創出しかないということです。

敢えて厳しい言い方をすると、自社の社員の雇用だけを至上命題とする企業というのは、社会における有用性が薄れ、逆に雇用を危うくしかねない。結局、事業や商売というものは、人に求められてなんぼですから。製品やサービスの付加価値を追求する中で人・組織が持続的に成長し、「自社固有の価値」を社会に還元するという企業の本来の在り方が結果として、雇用を守り、所得を上げていくために不可欠であると思います。

今、自分達の役割や責任を定めるモノサシとして、リーマンショックが自社に及ぼしたダメージだけでなく、移動体通信業界で起きた盛衰を間近で見てきた経験も深く関与しています。

少し脱線しますが、どうしてこうも日本の通信業界が世界市場において苦戦し縮退を続けるのか、ぼんやりと考えて来ました。中の人たちはどうみても皆仕事熱心だったし、優秀な人たちもたくさんいた。YRP という三崎半島のリサーチパークにいましたが、一時は、その地域一帯が不夜城と化していたと思います。ところが数年前にある用事で前の職場を訪問したのですが、かつて人であふれかえっていた景色の余りの変貌に言葉を失いました。尊敬する昔の上司を前に何も言えませんでしたが、一つの産業が消えたのだな、と感じました。

半導体産業に続き、膨大な人材のキャリアを築き、雇用や所得を上げていく道筋も同時に失われてしまったのだと思います。

今では信じられないと思いますが、ドットコムバブル崩壊後、Google より先に、初めてマネタイズに成功したのが i-mode というプラットフォームでした。当時のドコモの社長が米国の(確か)IT 系カンファレンスで登壇し、聴衆からスタンディングオベーションを受けた、という記事を読んだ記憶があります。ドットコムバブルの余韻が残る中、投資家からたくさんお金は集めていたが、実際の事業で収益が立てられないベンチャー起業家達が、i-mode の成功に勇気をもらっている、そんな内容の記事だったと思います。

そもそも、第三世代の移動体通信システム (W-CDMA) 自体が、日本と欧州の連合によって国際標準として認定され、日本が世界に先駆けて商用化に先鞭を付けた筈です。むしろ着手が早すぎたために、標準仕様のその後の改版によって混乱がもたらされ、現場は苦労していました。

その圧倒的な先行者利益が、なぜか日本の装置ベンダの海外進出やシェア獲得に繋がらなかった、という事実は、関係者の胸に深く刺さっているのではないかと思います。

原因は諸説あり、特にドコモ責任論も目立ちます。大手エレクトロニクス企業といえども発注者の仕様を満たすことがゴールとなってしまい、製品の競争力のみならず、本来持つべきマーケティング機能や製品開発力を弱体化させる一因となった、というわけです。

私は現場でもがいていた立場であり、その当時起きたことを総括するつもりは少しも無いのですが、小なりといえど経営しなければならない立場として、幾つか決めている事があります。

1.市場調査を重視し、市場開拓を率先する

2.IT やデジタル化技術を重視し、高度な現場経験や専門的知見を有する人材に適切な裁量を与える

3.競争の現実に向き合い、全体最適に向けて妥協しない意思決定プロセスをつくる

事業組織である以上、派遣やアウトソーシングであろうと、既成の事業モデルに安住するだけでなく、独自の価値創出を目指すべきだと思います。

そして、最も大事にしたいことが「全体最適」です。市場をよく調査し、競合や自社のポジションに照らして適切な目標を設定すること、担当者や部署の独善的な判断や選好を排し、組織連携を進めて会社としてのベストの判断に持って行くこと、を指しています。

まだ端緒に就いたばかりですが、要するに「独りよがり」や「内輪受け」をいかに回避するか、腐心しています。

価値創出のためには色々新機軸の取り組みを始めなければなりませんが、ともすると、担当者の個人的活動に留まったり、あるいは自分の部署だけで進めたりしがちです。顧客や市場から売上などの直接的な評価を受けていない状況では、ゴールに対して最適な方法かどうかは、二の次になることもある。担当者個人や自部署の技能と知見だけで事を進めることなく、組織全体の知見を活かすこと、更に、組織にその技能や定見が無い場合は、組織外にその知見を求めることが必要と思います。実際に、私たちの VR ソリューションは、ゲーム業界で大きな成果を出し、今も一線で活躍されている方などに副業で参加してもらっています。

私がいた頃の移動体通信業界では、ちょうど、競争軸が大きく変化する時期にいました。一つは通信方式の研究開発力から装置産業の実装技術やマーケティングも含めた製品開発力への変化、もう一つはテレコム(電話業界)の通信技術からインターネットの技術へのシフトだと思います。

かつては、市街地のような複雑な形状の伝搬路で起こる多重反射や回折を適切に処理し、ちゃんと通信を成立させることに苦労していた時代もありました。こうした時は装置ベンダというよりも NTT のような通信事業者が研究開発を推進していく事に優位性があります。しかし通信方式が成熟してくると、今度はハードウェアやソフトウェアの実装技術へと競争軸が変わって来る。こうした競争軸の変化の中で、通信事業者が端末や装置のベンダの開発を指揮するという構図に、双方の苦しみの源泉があったのかも知れません。JR や電力会社と同様、通信事業者が自らの国内事業の用に足る設備や製品をもとめる一方で、3G 通信方式の目玉の一つは国際ローミングの実現でした。ベンダに国外市場が開放される反面、世界市場でシェアを伸ばした強力な競争相手の国内参入リスクを負うことになります。ベンダは、国外市場を視野に製品開発力を研ぎ澄ませる必要がある状況下で、国内に最適化された開発目標を課されていたのではないかと思っています。

また、インターネット技術の進展に伴い、テレコム固有の技術領域が浸食される端境期にもありました。日本のエレクトロニクス企業の多くはどちらの事業も手がけており、技術的な対応力はある筈です。しかし、部署や業務ラインの維持を目的にせず、製品開発に最適な人材や資源を充てて行くことは難しい。

アップル対サムソンの訴訟の中で暴露された話ですが、アップルが「ソニーがもし iPhone を作ったとしたらどのようなものになるか」と考え、アップル所属の日本人デザイナにモックアップを作らせた、という裏話があります。これが最終的なプロダクトデザインに与えた影響は分かりませんが、より良い製品を作るためにあらゆる事を念頭に最善を尽くす企業姿勢には、感銘を受けると同時に、彼我の差の一端を知る思いがしました。



最後にもう一つ、忘れてはいけないこととして、ソフトウェアの “デザイン” 力が競争軸の中心的存在に台頭してきたという点です。 

携帯電話の黎明期に、i-mode などを通じて、通話だけで無く様々なインターネットサービスへアクセスするようになると、マルチタスク OS の需要が急速に高まり、各社共同での開発も実施されていました。しかし、Android と iOS の登場により一掃されてしまった。 

携帯端末だけでなく、通信基盤についても、3G 以降はソフトウェアの役割が飛躍的に増大したと思います。ハードに対するソフトの特徴は、絶えず変化していくことです。標準規格自体が定期的にアップデートされ、最新の通信方式やサービス基盤をサポートするようになりますが、当然ベンダはその度一からソフトを作り直しているわけではありません。 

要するにソフトウェアは、単にハードウェアを正確に動作させるだけでなく、ハードを含めたサービス全体が将来にわたって曝される変化や不確実性を吸収し、それをハンドリングすることが重要な役割になっています。 

保守性や堅牢性を出来るだけ損なわず、拡張性や柔軟性を最大限発揮することが出来れば、製品のアップデートサイクルを格段に早め、製品競争力そのものに強く影響しそうです。 

 ソフトウェアの役割は、技術革新への追随にとどまりません。更に広い文脈で言うと、モノ作りにおいて、製品競争力を最大化させるような、最初から理想的な設計を言い当てることはそもそも不可能です。現実解としては、実際に製品を世に出して、製品の長所や欠点、または顧客の真のニーズとのズレを浮き彫りにさせ、それに対して製品を作り変えて、またフィードバックを得るといった、仮説検証サイクルが必要です。従来のモノ作りでは大きな困難を伴ったこの探索や適応プロセスを劇的に短縮させることこそが、ソフトウェアの真の価値であるようにも思います。

この結果、ソフトウェア “エンジニアリング” の価値は、機能要件の設計や実装ではなく、サービスが産み出すべきユーザ体験や顧客価値、或いは製品競争力の核となる部分を設計すること、それらを支え、厳しい競争の中で機敏に変化に対応できる優れたアーキテクチャを ”デザイン” することにシフトしている様に見えます。

今は、製造業を中心とする工業化社会とデジタル化社会が並存し、後者へシフトしていく遷移期にある、という主張には説得力があります。但し、製造業が衰退するというわけではありません。国際規格やグローバルサプライチェーンの拡大、モジュラー構造やモデルベース開発、CAE のような計算機を使った設計支援技術の浸透を見ると、モノづくりのプロセスの変革かもしれません。つまり、ハードウェアを正確に動かし、性能を引き出すためのソフトウェアから、製品価値を継続的に最大化していく手段としてのソフトウェアエンジニアリングが起点であり中心であるようなモノづくりへの変化です。

そして、今や建設分野においても 3 次元モデルを中心とする設計施工手法が盛んです。製造業にとどまらず、あらゆる産業にソフトウェアエンジニアリング的手法が浸透していく可能性は高いのではないかと思います。

そのようなパラダイムシフトの中で、優れたソフトウェアエンジニアが数多くいながらにして、産業のメインストリームとして活かしきれなかった。ソフトウェアデザインそれ自体が産業として、製造業の従属的立場ではなく、同等あるいはそれ以上の地位を築けなかった事に、諸問題の根源がある様な気がしてなりません。 



脱線しましたが、こうした体験を元に、市場を良く調査し、競争の現実に向き合い、最適な目標を設定すること、目標実現のために組織「内」連携はもちろん、組織「外」連携に目を向けて「適所」適材に尽くすことが特に大事だと考えています。

そして、営業力が強くガバナンスが行き届いている、という状態を目指してはいますが、あらゆる面で営業や管理部門の力が強い社風、は全く目指していません。社歴の長い人や幹部が、自らの知見が及ばない領域に、無闇に幅を利かせることもありません。 

事業にとって鍵となる技術者や専門家が十分な裁量を持ち、伸び伸びと活躍しながらも、営業を初め様々な部署と同じ事業目的に向き合い、ワンチームで取り組んでいる組織が理想だと思っています。 

―─ではこれまで具体的に、どのような事を取り組んできたかを伺います。

例えばこれまで、ベトナム市場における医療機器の保守事業を計画し、各地の中核病院を訪問して市場調査したことがあります。むしろ新興国だからこそ、ODA によって日本のお医者さんが意外に思うようなハイスペックの医療機器も調達されており、ただしそれらが長年運用されていく中で適切なメンテを受けずに倉庫に眠っていることもあります。事業化は途中で断念しましたが、こうした生々しい事業機会の発見は、医療機器業界出身の人材に先頭に立ってもらい、積極的な市場調査を進めたからこそ可能になったことだと思います。

また、フィンランドベンチャーとタイアップして、超音波センサとクラウド技術を使ったセンシングソリューションの提供にも取り組んでいます。海外法務や電波法、販売代理店制度作り、サービス体系や利用約款、ベンチャー特有のリスクへの対処など、様々なタスクが押し寄せてきて大変な思いもしましたが、アウトソーシング事業だけでは得られない様々な知見を獲得できたと思います。

IoT のような事業はまだ新しく、決まった販路が確立していません。従って、様々な業界に提案出来る可能性がある反面、顧客メリットが出る形を模索して実証試験を繰り返したり、企画提案に落とし込んで行く努力が必要になります。

→社長就任からの過去と現在。トライアローが拘っていることとは?

【保坂社長と対談!vol.3】現場が創意工夫し、人と技術で創造的に顧客課題を解決できる会社にしたい――事業戦略の核心は何か― | トライアロー株式会社
―─翻って、会社や事業全般の状況を教えて頂いてもよろしいでしょうか。社長就任後に重視してきたことは何でしょうか。最初に行ったのは営業同行でした。トライアローには個性的な営業が多く、しっかりと数字...
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