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こちらは対等なお付き合いを望んでいるのに、
お客さんに舐められてるんじゃないかって思うこと、あるじゃないですか。
連絡が返ってこなかったり。理不尽にキレられたり。
仕事がしにくいじゃないですか。
だから社内では、“上から営業” という過激な言葉をあえて用いて、
私たちは顧客第一主義ではない、と新人に教えています。
大切なのは、現場の社員たちの健やかな生活と自由な発想であり、
その先にある、関わる人たちの幸せだと私たちは考えています。
この前、珍しくケーキ屋さんへ行ったんですよ。
久しぶりに訪問することになったお客さんのところへ、
手土産的にお菓子でも買って行こうかな、なんて思いついて、
2千円ぐらいの焼き菓子の詰め合わせを選ぼうとお店に入ったんです。
で、値段と箱の大きさだけで買う品物は入店から4秒で決まったんだけど、
レジには小学1年生ぐらいの小さな男の子が先に並んでました。
「あの…ケーキください」
緊張した面持ちですごいざっくりした注文だったけど、
店員のお姉さんはにこやかに
「どのケーキがいいですか?」と聞き返してあげている。
「あ…イチゴののったやつ…誕生日ケーキで」
「これですか?」
お姉さんが指したのはホールのケーキだ。
誕生日のケーキというと常識的な判断だと思う。
「あ…いや…小さい方を…」
「こちらですか?」
「は、はい」
その子が選んだのは1/8ほどに切られたショートケーキだ。
「じゃあ、プレートのお名前はどうされますか?」
「えっと…おかあさん、で」
あぁ、すごいなんか、俺、いい話の現場にいると思った。
皆まで言わなくてもいい。
すごい、分かる。
「はーい、じゃあ、お会計先によろしいですか?」
「はい」
「ショートケーキ一個420円とプレートが100円で
合わせて520円になります」
「え!?」
ほんわかした空気が、一気に凍りつく。
その子が自分の財布から取り出したお金は、全部で370円だった。
おいおいちゃんと計画立ててこいよ、と心の中でつっこむ。
気まずい沈黙。
今にも泣き出しそうな顔で、空っぽの財布をじっと見つめる男の子。
自分一人の裁量でどうこうできるはずもなく、
困った顔でそんな男の子の様子を窺うお姉さん。
あぁ、さっきまですごく良い雰囲気だったのに、
どうしてこんなに悲しい気持ちにならなければいけないのか。
仕方がないので、俺は財布の中の小銭とケーキの値段を確認して
「あ、すみません、先いいですか?」って割り込んだ。
店員さんも、ちょっと待っててね、という顔を男の子に見せ
すぐにこっちを振り返る。
「あそこのホールのケーキもらえますか?」
「あ、はい。少々お待ち下さい」
「誕生日プレゼントなんでプレート付けてもらっていいですか?」
「お名前はどうされますか?」
「おかあさん、でお願いします」
へ?って顔で子供とお姉さんはこっちを見た。
「いやー。うちのおかんも今日誕生日なんですよねー」
あぁ、そうなんだ、って顔でちょっとがっかりする男の子とお姉さん。
「おいくらですか?」
「あ、お会計2800円になります」
そこで俺は、ワザとらしく「え!?」って驚いたフリをした。
「やばー、今、ちょうど所持金2430円しかないんですよー」
は???とお姉さんはものすごい変な顔をする。
「なー、良かったらさ、おじさんとこのケーキ一緒に買ってワケワケせーへん?」
男の子もものすごいぽかんとした顔をしている。
「今おじさん2430円しかないんよ。キミは370円持ってるやん?
足したらちょうどこのケーキ売ってもらえるやん?
で、お姉さんにケーキ切ってもらってお母さんに持って帰らへん?」
その子は4桁の足し算ができるのかも怪しかったけど、
詐欺師に騙されたような表情で「うん」と言って頷いた。
「じゃ、そういうことなんで、お願いします」
お姉さんもぽかんとしたままレジを打った。
「あ、ちなみに今日って何月何日でしたっけ?」
「えっと、5月9日です」
「え!マジで!やばいわー、おかんの誕生日先月やーん。
悪いけどプレートこの子のぶんに付けてあげてくれる?」
そのあたりで、やっとお姉さんは意図が呑み込めたみたいだった。
「あ、あとうちのおかん糖尿やからケーキ少なめに切ったげてな。
たぶん半分ちょいぐらいあればいいんで」
「はいっ!」
お姉さんは軽い足取りで裏の厨房へ向かう。
俺はその男の子と「今度からちゃんと計画的に買い物するんやで」とか
「ワケワケしたらみんながちょっとずつハッピーなるやろ?」
「お母さんともワケワケするんやで」みたいな話をして、
ちょっと重さがアンバランスなケーキの箱を受け取って店を出た。
問題はこの後訪問するお客さんに、
どうやってこの半分ちょいのケーキを説明するかだった。
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