オフィスチェアの大ヒットシリーズ「コンテッサ」「バロン」を世に送り出した株式会社岡村製作所。
前編▶オフィスチェア「コンテッサ」「バロン」を世に送り出したオカムラのものづくりにかける想い
前編に続いて、同社で製品デザインを手掛ける五十嵐僚さんと、オフィス製品の企画を担当する髙橋卓也さんにコンテッサ、バロン以降のオフィスチェアの進化と、数年前から新たな流れとして増えてきているオフィス空間全体をデザインすることについて話を聞きました。
操作性と素材へのこだわりを経て行き着いたのは、人間工学に基づいた体に追従する椅子
コンテッサとバロンチェアのリリース以降、オフィスチェア業界はどのような流れを辿ったのでしょう?
「操作性に優れ、メッシュ素材を用いた当時としては革新的な製品を売り出したことで、バロンより安い価格帯で各社がメッシュチェアを出し合い、溢れるようになりました」
と髙橋さん。五十嵐さんはこう続けます。
「開発側としてもどうやってメッシュを製品にしようかというところが主眼になって、働き方といった部分は抜け落ちたまま開発が進んでいました。しかし、人間工学の研究が日々進化していくなかで、働く人にとってどういう椅子が適切なのかがわかるようになってきて、開発側の視野も広がっていったんです。現在、弊社では姿勢は固定すると体によくないという考えを前提に製品の開発を進めています。少し体を動かせると血の巡りもよくなるし、頭もリフレッシュしますから。極端な例で言えば立って働こうという提案もしているんです」
オカムラでは、「健康」「効率」「交流」アップを目指し、仕事の中に立ち姿勢を取り入れるという新しい働き方を「+Standing(プラススタンディング)」と銘打ち、デスクの天板を自由に上下昇降できるデスクも販売しています。
上の写真で髙橋さんが手にしているのは最新のオフィスチェア「シルフィー」のパンフレット。同製品は、成人男女100名の腰まわりの形状を計測し、人の背中の形状に個人差があることに着目。背もたれのカーブを調節できる『バックカーブアジャスト機構』を開発し、体と背もたれがフィットするようデザインされています。他にも「サブリナ」という製品は、「ちょっとした体の動きに追従する」よう、背面をしっかりと支えつつ、直に体に触れる部分は柔らかく仕上げているそうです。
働く環境をよくしていくことで社会貢献したい。
オフィス環境は技術面と世の中の潮流の両方を取り入れながら、提案をアップデートさせていくもの。これからのオフィス環境について、どのように考えているのを聞いてみました。
「さきほど姿勢の話をしましたが、もうひとつのキーワードは『オフィスのリビング化』です。人口が減少し、働く人の数も少なくなっていく中で、一人ひとりの生産効率をいかに上げるかというところが大事になってきています。人をどのように活かすか、どうモチベーションを上げていくかというのは会社の責任でもある。だからこそオカムラとしては、働く環境を良くしていくことで社会貢献をしていきたいと考えています。
今までは管理がしやすいように全部同じ作りの席が100も200も1000もあって、収納は白やグレー、たまにパネルが立っているというオフィスが多かった。しかし、これからは『リラックスして働きましょう』だとか、『場所を変えることでもっといいアイデアが出るんじゃないですか』、『人が集まる空間を作ったらさらにアイデアが広がりますね』などの提案が必要になってきます」
椅子やデスクといった家具だけに注目し、提案するのではなく、空間全体、さらには生産性の上がる働き方までを含め提案を行う方向にシフトしている段階だといいます。
「例えば、これまでは仕事中はオフィスで集中し、リラックスするときは休憩スペースで、という考え方でしたが、リラックススペースと考えていたところも実はオフィスとして成り立つんじゃないかとか。ただ、そうするには足りないものがいっぱいあるんですよね。電源が無いとか、ずっと座っていると腰が痛くなってしまう椅子しかないとか。そこをサポートする製品を作っているのが現状です。空間ができて、はじめてそれに合った椅子がわかるものなんです」
髙橋さんが企画をするうえで意識していることはありますか?
「いわゆる事務用椅子は機能が絶対に必要で、座り心地をいかに良くするかを追求するものでしたが、『こういった空間に合う椅子を入れたい』、『好きな布を張りたい』といった要望が出てきたのでこういうのを作っているんですけど」
そう言って見せてもらったのは「モード」という椅子に張るクロスの見本帳。レザーやヘリンボーンなど4種類のテクスチャーと全33色のカラーを展開しています。
「メッシュチェアは、五十嵐の説明にあったように特殊な素材なので張り替えができませんが、モードは背フレームとメッシュ素材で構成し、その上からクロスで覆う構造になっているため、メッシュチェアのような座り心地でありながら、様々なクロスを被せることができるんです。オフィスづくりに力を入れているお客様だと、『ソファに合わせて、椅子にも同じ布を張ってほしい』といった、色や素材を『組み合わせる』ことにこだわりをもっています。設計事務所などに受けていますね」
いろんなオフィスを見る機会があるかと思うのですが、企画担当としてどんなところをチェックしていますか?
「僕はお客さんと同行することが多いのですが、そのときに思うのは島型対向(机を向かい合わせに置き“島”を作るレイアウト)のオフィスとこだわりを持ったオフィスの二極化しているということです。オカムラは島型のオフィスには多く採用いただくのですが、こだわっているオフィスでは海外の製品を取り入れていたところが多く、それが悔しかった経験からモードを企画しました。世の中の流れとしても島型からこだわり派へとシフトしていっているので、もっと力を入れたいです。今までは椅子ばかり見ていたんですけど、見方が変わりました」
どれだけ気持ちを注いだか。開発の裏にある想いは結果を引き寄せる。
お仕事をしていく中でうれしい瞬間というのはどんなときでしょうか?
五十嵐さん
「やっぱりモノが出来上がって、使ってもらっているところを見たとき。テレビでニュースを見ていると自分のデザインしたものにキャスターが座っていたり、ドラマで使われたり。そういうときは『これ、パパがデザインしたんだぞ』って言ってます(笑)。 オフィスってなかなか入れない場所だから、自分が関わったものがテレビや雑誌を通してでもフィードバックされるのがうれしいです」
髙橋さんも五十嵐さんと同様、製品が使われているところを見たときがうれしいそう。
髙橋さん
「あとは、『決まりました、1000台!』といった納入事例を見ると、あぁよかったって思います」
最後に、仕事をするうえで大切にしていることを教えてください。
「五十嵐はひとつのプロジェクトにかかりきりになりますが、私は並行していくつものプロジェクトを進めていきます。中には売上げがよくない商品というのが出てくるんです。自分がどれだけ気持ちを注いだか、例えば、企画を出す段階でどれだけ市場の下調べをしたのかということと関係していて、数字にはっきりと出るんです。売れると営業からの問い合わせも増えるんですよ。『これはどういう機能なの?』って。売れないとつまらないし、注目されなければショールームにさえ置いてもらえない。『必要ないのか、この製品は……』と。当たり前のことなんですけど手を抜いたらダメだなと実感しています」
五十嵐さんは自分の気持ちを無視しないことを大切にしていると言います。
「モノをデザインすることは、時間との戦いなんですよね。締切もあるし、スケジュール通りに提出しないと、次の工程の人に迷惑をかける。そんななかで、『ここはちょっと直したいな』という部分もある。それを諦めたら、商品として一度世に出るとずーっと残るものなのでとても辛いんですよね。以前、海外のディーラーさんに『このデザインはお前らしくないぞ、どうなってるんだ』という意味で、『お前、このとき寝てただろ』って言われたことがありました。『あぁ、見破られたかぁ』と……。『そのときはちょうど出張前で』って自分のなかでは言うんですけど、お客様には関係ないことです。妥協せずに自分で納得するまでやる」
モノを作って世に出すという仕事は、常に全力で仕事をすることが求められますね。
髙橋さん
「間違いなく思い入れが無いのものは売れないんです。数字に顕著に出る。売れるかどうかはわからなくても、少なくとも……」
五十嵐さん
「ちゃんとしていれば、自分で説明できるんですよね。『こういうふうにしたんです』って。『そうですねえ』なんて言っていても伝わらないんです。そういう仕事です」
家具や空間は、1度「コレ」と決めたら、そう簡単に変えられないもの。それ以降、長い時間を共にするモノだからこそ、消費者の立場でできることは、作り手の気持ちに想いを馳せながら長く愛せるモノを選ぶことなのだと思いました。日々、進化していく人間工学の研究結果と、集中力や開放といった目にはみえない気持ちの両方を尊重し、組み合わせ、創造する。オカムラは、私たちの働き方、ひいては生き方をデザインすることで日本の未来もデザインしてゆく企業のひとつです。