1945年、航空機製造の技術者を中心に創業した株式会社岡村製作所、通称オカムラ。同社は、家具の生産、国内初のFFオートマチック車「ミカサ」に搭載するトルクコンバータ(流体変速機)や産業用ロボットを開発するなど、日本の産業、そして私たちの暮らしの発展を牽引してきました。
オフィスや教育施設、文化施設といったあらゆる空間の椅子やデスク、収納などで同社のロゴマークを目にしたことがある人も多いのではないでしょうか。実はWantedlyのオフィスでも同社のヒットシリーズであるバロンチェアを取り入れています。
今回は、同社のデザイン本部で製品デザインを手掛ける五十嵐僚さんと、マーケティング本部でオフィス製品の企画を担当する髙橋卓也さんに、製品を企画し、カタチにするまでの想いを聞きました。
売れる製品の企画と、実際に「モノ」として成り立つ開発。
まずは五十嵐さんに入社の経緯と現在のお仕事内容を教えてもらいました。
「1996年に入社しました。私は学生のときに家具について学んでいたのですが、当時はデザイン面で優れている海外のメーカーに憧れていたんです。でも、学校の企画でいろんなメーカーの椅子を並べる機会があって、そのときにいいなと思ったのがオカムラの製品だったんです。今は廃番になってしまったのですが『FC9』という私の元上司がデザインした椅子で、海外に引けをとらないデザイン性を感じました。
五十嵐僚さん
入社当初から椅子のチームに所属していたのですが、数年は下積みという感じで先輩の下で仕事をしていました。2000年頃にフラッグシップ商品『コンテッサ』の開発プロジェクトチームに入れてもらい、当時はペーペーだったんですが、そこから椅子の担当メンバーのひとりとしてイタリアの有名なデザインファームとやりとりを重ねてデザインを進めることが出来ました」
椅子の開発期間とはどれくらいなのでしょう?
「開発プロジェクトの規模にもよりますが、根本的な『座りとは?』『姿勢とは?』といったところから始めて、新しい動きや支え方を考える場合は2年〜3年くらい時間が必要です。アイデアを出し、それを具現化するのにどうしても時間がかかってしまいます」
髙橋さんの経歴を教えてください。
「2009年に入社して、ずっと企画を担当しています。私は大学と大学院で人間工学を専攻していました。身長が低い人から高い人まで体への負担が少なくて済む、パソコン作業に適した机はどんなものかを考えたり」
髙橋卓也さん
理系から企画職へ進むというのはよくあることなのでしょうか?
「周りにはエンジンが好き!というような人も多かったんですけど、私は途中で嫌になっちゃって。家具に興味があったことと、お風呂やキッチンといった、目で見て体感できるものの方がいいなと思ったんです。エンジンは表に出ていないから見えないし(笑)。自分のなかで、『いくら体への負担が少なくても、かっこよくないと売れないな』という思いがあり、オカムラならそれができると思って入社したんです。在学中は論理的にデータ解析をしたりしていたので、今もグラフをまとめたり、売上げを調べたり、ここが弱いなといった分析をするのは好きで、企画の仕事への抵抗は全くないですよ。デザインや価格も含めて、売れる製品を企画することがおもしろそうだと思いました」
具体的にはどんな製品を企画されてきたんですか?
「4年目以降から現在に至るまで事務用椅子の企画を担当しているのですが、はじめは傘立てやコートハンガーなど、ちょっとマニアックなものを、2年目からは会議室等で使われるミーティングチェアと呼ばれる椅子を担当していました」
コートハンガーや傘立ても作っているんですね。
「社内で作っているもの、OEMで協力会社さんに作ってもらっているものがあります。他にも会議室に置く電話台やホワイトボードも取り扱っています」
大切なのはモノとしての美しさと機能性、どれだけ想いが詰まっているか。
ここで一度、五十嵐さんの部署と髙橋さんの部署の関係性を整理してみます。「世界に打って出られる椅子を作ろう」といったコンセプトがある場合、その手として、世界的に有名なデザイナーとコラボレーションするというアイデアを出すのが髙橋さんの所属する企画チームの仕事。五十嵐さんの所属する社内デザイン・設計チームは、企画が挙げたデザイナーとやりとりをしながら作業を進め、「ものに落とす」ために設計(デザイン)をしています。
製品の開発にあたり、「デザインだけでは成り立たない」と五十嵐さんは続けます。
「『こういうデザインを通したい』『でも、これでは強度がもたないから、材料をこれに変えてみたらどうだ?』『その材料だと、コストは合いませんよ』と、それを毎年毎年飽きもせずに繰り返しています。バーチャルなものづくりとは違って、実際に人が使うものを作るので、座り続けると腰が痛くなったり、壊れると怪我をしたり、そんな椅子を作るわけにはいきません。実際にモノとして成り立つ開発をしないといけないんですよね」
おふたりが入社前に抱いていた共通するイメージは機能性だけではなく、「デザインがかっこいい」という点。優れたデザインを維持しつづけるシステムが整っているということでしょうか?
髙橋さんはこんなふうに感じているといいます。
「めちゃくちゃこだわる人が多いです。『ここは(気になるけれど)言わなくてもいけちゃうかな?』といった、私レベルで目に入るところは、100%いろんな人から指摘されます。見ているところが同じで、妥協しないというのはありますよね」
「秘訣はね、主(ぬし)がいっぱいいるんですよ(笑)」
五十嵐さんは笑います。
「レジェンドではないんですけど、位がとか役職がとかではなく、先生というか。うーん、こだわりをもってやってきた人が代々続いているので、そういう環境に入ると自分もそうならざるを得ないという感覚はあると思います。デザイン・設計からみても、マーケティングから見ても、そこは共通して『そうじゃないよね』というラインがある。
デザインをどうするかによって、コストに大きく響いてくるので『(コスト削減のために)これでいいじゃん』で済ませようと思えば済ませられる話なんですけど、そこにはやっぱりこだわりやせめぎあいがあって、コストを維持しながらも、良いデザイン(解決策)がないか模索します」
デザインは感覚的なもの。善し悪しの基準をどのように共有できるようになるのか、そのプロセスが気になります。何か訓練を受けたりしているんですか?
「訓練はないと思うけどな。当然入ってきたばかりの新入社員は『こうじゃない』ということがわからないですよね。でも、1年2年経つとそういう線は描かなくなる。描いちゃうとえらい目にあうので(笑)。まずモノとしてどういうものが美しくて、人に悪さをしないか。作り手の想いが詰まっているというのが大事なことだと教わっています」
大ヒットしたコンテッサとバロン。ニーズを読み取り、一歩先をゆくものづくり
現在まで多くのオフィスで取り入れられてきたヒットシリーズ「コンテッサ」と「バロン」についても聞いてみました。同シリーズの製作に携わった五十嵐さん曰く、2002年に発表されたコンテッサは「とにかくすばらしいもの、世界に通用するものを作ろうというところからはじまったのでフルスペック。その分、価格も高い」とのこと。その2年後、2004年に発表されたバロンは、「たくさんの方に使っていただけるようにスペックの絞りこみを行い、一般普及価格帯まで下げたもの」だそう。双方の大きな違いは操作性。それまでのチェアは操作を行うレバーなどが手元から離れたところに配置されていたのに対し、コンテッサはアームレストに座面の高さやリクライニングを調整できるレバーを配置し、座ったままの姿勢で操作できるようにしたのです。
座り心地に違いはあるのでしょうか?
「コンセプトは共通していますが、椅子の大きさが全然違いますよね。コンテッサ(左)の方がゆったり座っていただけるというのはあります。
後ろを見ていただければわかるんですけど、コンテッサはけっこう派手なんですね。光るパーツが背中に回っているのが特徴なんですけど、それに比べてバロン(右)はスッキリしている。繊細な感じといいますか、日本っぽいとよく言われる作りをしています。コンテッサのコンセプトはそのままに、厚みを減らし、華美ではないながら必要最低限の機能を残しました」
発表当時、それぞれどんなリアクションがありましたか?
「反響は大きかったですね。コンテッサは海外の展示会にも出展したんですけど、そのときは海外の強豪メーカーが見にきたり。その背景にはスタイリングが美しくて、それでいていろんな機能が揃っている点が挙げられます。コンテッサの場合は、それまで発色性に優れ、肌触りの良いメッシュを使った椅子がなかったので画期的だったんです。爆発的に売れました。メッシュにもいろいろ工夫があります。椅子のメッシュにとって大事なのは重さを吸収することではなく、戻ってくること、復元できることなんです。特殊な糸を使うことで適度な反発力が生まれ、体を支えることができます。リクライニングもできる、ランバーも付いている、長時間座る。よく、車の椅子とどう違うんだと言われるんです。違いは厚みなんですよ。車の椅子は分厚いからいろんなものを入れられる。でも、それをそのままオフィスに持ってくることを考えると嫌でしょう?限られたオフィス空間のなかでいかに体にフィットさせるか。そこが腕の見せ所です」
創業から一貫して受け継がれてきた鋭い感覚と美意識。それらをはっきりと言葉にすることは難しくとも、「妥協を許さない」という厳しい環境がお互いを高め合っていることは確かなようです。後編では、コンテッサ、バロンシリーズ以降のチェアやオフィスの進化についてと、おふたりの仕事観に迫ります。