日本の伝統を残す東京・人形町。2017年1月、その町をロボットの街にしたいという野望を持って最先端のロボット企業が拠点を移しました。新世代家庭用ロボットを開発する 「GROOVE X(グルーヴ エックス)」 です。GROOVE X が開発するロボットのコンセプトは「人々の生活に潤いを与える」。2019年の発売開始に向け、現在は試作3号機の開発を進めています。
代表を務める林 要(はやし かなめ)さんは、エンジニアとして、トヨタでは同社初のスーパーカー「レクサスLFA」、そしてソフトバンクでは「Pepper(ペッパー)」の開発リーダーに携わり、2015年にGROOVE X を起業しました。また、2016年に発売された著書「ゼロイチ」では、トヨタ・ソフトバンクでの経験をもとに、「0」から「1」を生み出す思考法を解説しています。
今もなお、新しいものを生み出すことにチャレンジしている林さんに、開発中のロボットへの想いや、組織づくりについてのお話を伺いました。
認知の差をクリアして、世界で受け入れられる GROOVE X の新世代ロボット
GROOVE X は今年7月にロボットの試作機に対する一般のお客様のフィードバックを受けに、アジアをはじめ、アメリカ・ヨーロッパを周るワールドツアーを敢行しました。林さんは当初、日本やアジアでは受け入れられるものの、アメリカやヨーロッパについては現時点ではあまり反応が良くないのでは?と予想していたそうです。結果は好感触だったようですが、その意外な結果に対して、林さんはこのように話します。
「反応は上々でしたね。僕たちがつくっているものは、いずれ全世界で受け入れられると思っているんですが、アメリカやヨーロッパではまだ先になるかなと予想していました。ただ、実際に見てもらったら、想像以上に反応が良くて」
―なぜ、アメリカ・ヨーロッパではまだ先だと?
「文化の違いによる認知の差は思っている以上に大きいんです。常識や価値観、道徳心など、その国や地域でもともと根付いているものから物事を判断する、認知のトップダウンはすごく影響が強くて、本来持っている本能を覆すぐらいなんです」
―日本と他の地域での違いはなんでしょうか?
「例えば、日本ならドラえもんやアトムって基本的に人にとって良い存在のロボットですよね。正義の味方というか。でも、アメリカやヨーロッパでは逆で、ロボットは悪用されるものという認識があるんです。映画で言えばターミネーターやエクス・マキナみたいに人を殺すこともある」
「それは何が根元になっているかというと、キリスト教やイスラム教には、宗教上の想像主ではない人間が動物などの命を宿したクリーチャーを作ると悪いことが起きるよ。という教えがあるからと言われています。そういった宗教観に基づく道徳心が根源にあるので、ロボットを作るときは十分に気を付けなければいけないとなる。なので、ロボットは悪者だと言うストーリーを書くと、アメリカやヨーロッパの人たちは『だよね!』という共感が得られやすい」
―そうすると、今のところかなり順調に進んでいるということですね。
「そうですね。どうなるかなと心配に思ったところはだいぶ払拭されましたね。気が楽になりました(笑)」
「生活に潤いを与えるロボット」とは
認知のトップダウンを超え、世界で受け入れられる手応えを得た GROOVE X の新世代ロボット。人々が持つ孤独を埋め、癒しを与えることで、人間のパフォーマンスを上げることを目指しているそうです。
「人間にはもともと集団生活をうまくするために獲得した幾つかの本能があるんです。しかし、現代では生命の安全が確保されたことで、核家族化が進んだのと、生活パターンが変わってきたこともあり、集団生活で満たされるべき本能に基づく報酬を獲得する機会が減ってきています。いわば、本能的に満たされるパターンと現代のライフスタイルにギャップが生まれてきているんですね。そのギャップを埋めるために、SNSやソーシャルゲーム、ペットといった分野が必要とされてきています」
「この先ギャップはさらに広がり続け、人間が集団で生活することで得られる本能的な報酬がますます得られにくくなります。そこを解決するための一助となるロボットは新しい産業になると考えています。人間の本能を埋めるという領域ってものすごく広く、見えていない領域がまだまだあるんです。その領域を埋めるひとつが私たちが開発しているロボットです。ただ、私たちが作っているものは今までの定義でいうロボットではない新しい存在になると思っていますね。なので、私たちはどこかでそのカテゴリを作らないといけないとも考えています」
「実際に試作機をご覧になられた方は、どのカテゴリにも当てはまらないものだというのは分かるんです。でも、カテゴリが分からなくても意外とみなさん自然と受け入れているんですよ。私たちが、『こういうものなんですよ!』と一生懸命説明して理解してもらっているのではなく、自然に受け入れてもらえるものになっていますね」
次世代ロボットを生み出すには、壁を作らない組織づくりがキーになる
GROOVE X は組織づくりにも強いこだわりがあります。例えば、社員同士の交流を深めるため、毎日19時になると社員がにぎったおにぎりを食べるなど、独自の組織作りを進めているそうです。
その背景には、「ロボット作りには壁を作らない組織づくりが必要」という強いこだわりがあります。
「ピラミッド型の構造の会社にすると上は楽です。なぜなら、各セクションのマネージャーとのみコミュニケーションを取れば良いので。しかし、それでは、各セクション間で必ず摩擦が発生します。例えば、開発と営業が背反することってピラミッド型の会社にはよくある話なんですよ。僕らからすると、いままでにない新しいものを作るという共通のミッションがあるから、背反する必要がないのに背反して仲が悪くなってしまう。ピラミッドにすると比較的、対立が生まれやすいんです。これがロボットを作る上で、大きな問題になるんです。なぜかというと、ロボットはハードウェアの素材から、ソフトウェアまでありとあらゆるものが一本の線でつながるんですよね。開発も営業も背反していたら作れません。」
「我々がロボットを世の中に出そうとしているのが2019年。わずか3年で作ろうとしたらそういった無駄な摩擦に時間をかけていられません。そこで、ピラミッドを排除して、フラットにすることでお互いがいがみ合わないようにして、開発を円滑に進めていくことを考えたんです」
また林さんは、この組織づくりが GROOVE X の強みになるといいます。
「フラットな組織ができれば、それが参入障壁になるんですよ。私たちがいま取り組んでいるこの次世代ロボットの領域に将来大企業がワッと押し寄せてきたときに、彼らが果してピラミッドを崩せるのか。彼らがリソースは投入しつつも、ピラミッドを崩して、全く新しい組織を作れば僕らにとって強敵になりますけど、それをしない限りは同じようなモノづくりは難しいでしょう」
―現在の社員数は約40人と伺いましたが、組織としてはどのくらいの規模にしたいと思っていますか?
「それほど遠くないうちに100人になると思いますが、上限に関して特に制限はまだ考えていません。世界の事例で行くと、フラットなまま何千人にもスケールしてる会社はあるんですよね。規模が大きくなるにつれてフルフラットからセミフラットへの移行はあると思いますが、それでも、ロボット開発において、いかに壁を作らない組織づくりをしていくかは非常に重要だと思います。それを実現できるのであれば、何を使ってもいいと。フラットであるかピラミッドであるかが大事なのではなく、壁を作らないことが大事だと思ってます」
「カワイイ」の責任者 CKO!そのミッションとは
ところで、インタビューの際に気になるワードがでてきました。CKO(チーフ・カワイイ・オフィサー)という役職です。一体どのようなものなのでしょうか。
―GROOVE Xに集まる社員の方って、どういった方が多いのですか?
「一番下が23歳、一番上が52歳。職能として一番多いのはソフトウェアエンジニアですが、キャラクターをみると一人ひとりが際立っていますね(笑)。 でも、GROOVE Xという枠の中には、みんなちゃんとはまっていて、ひとつのビジョンに向かっているんですよ。また、弊社には、CKOという肩書きを持つ女性がいます。CKOを務めているものは、元ダンサーで、しかも3DCG の制作経験もあるんです」
―CKO(チーフ・カワイイ・オフィサー)とは、どういった役職なんですか?
「要は『カワイイ』を司っていて、会社が作るものに関し可愛いとは何か?ということを研究しているんですが、プロダクトの可愛さは正直おっさんには分からないんですよ(笑)。 逆におっさんには、何が自然かとか、クリエイティブの人が陥りがちなバイアスの罠はわかる事もあるんですが」
―なぜ元ダンサーの方を起用したのでしょうか?
「ダンサーは何がいいかというと、肉体的な制約もわかっているわけですよ。だから、プロダクトに対しても、どのような機構的な制約があるか分かるんです。自分の肉体の限界の中で、どうやって表現したら高いパフォーマンスを出せるかずっと考え続けているのがダンサーで、そこがバーチャル世界とのちょっと違うんです」
「バーチャルの世界だと脊椎の長さが変わったり、腰の位置が極端に変わったりすることが許されるんです。でも、ダンサーはそれが許されない。だから、ダンサーがロボットの動きを含めた『カワイイ』を考えるのは相性がいいんですよ」
―ロボット作りには、テクノロジー以外の感性も必要ということですか?
「アートと学術の両面が必要だと思っています。学術界では『巨人の肩に乗れ』といいますが、過去の膨大な研究の上に積み重ねていくので、どんどん進んで行きます。学術界というのは、そういう奥深さがある。ただ、“進める”けれど“飛ぶ”ことは難しい。論拠の乏しい仮説では、物語は何も進まないんですよね。一方、アートの人たちは基本的に“飛ぶ”ことしかしない。積み重ねていたら遅いし、表現が古くなるので。
けれど、そうやって飛んでいるうちの何割かは学術的にも正しいわけです。証明されるのが未来なだけで僕はクリエイティブな人もアカデミックの人も大事だと思っています。
だから、たとえばアートだけで組み立てると足場が崩れるんですよね。そのアーティストが健在なうちにその人が全て作っていればうまくいくかもしれないけど、ビジネスで成功しているアートが限定的であることが示すように、基本的に積み重ねてスケールさせるにはあまり向かない。
飛べるアートと、足場がしっかりしている学術。僕たちが作ろうとするものには、この二つの組み合わせが必要なのです」
―では、GROOVE Xには、アート寄りの人もいれば、学術的な人もいて…
「はい、そうですね。GROOVE Xの中には本当にいろいろな人がいるんですが、今はありとあらゆる領域で採用しておりますので、募集項目に書いていなくても何がなんでも時代を切り開く気概と使命感を持っている人はぜひ応募していただければ(笑)」
最後に「スタートアップ企業で働く」ということについて、林さんは色々と感じることがあるそうです。
「やっぱり立ち上がったばかりのベンチャー企業に入るのは肝が据わっていますよね。スタートアップというと、日本ではまだ不安定で怖いという印象があります。私はもともと大企業、自動車メーカー(トヨタ)と通信会社(ソフトバンク)で一時期、日本で時価総額1位、2位の安定した環境で仕事をしていました。そういうところのコミュニティと比べるとスタートアップに入社する人というのは凄い腹の据わりかたをしてると思います。だからこそスタートアップ企業で働く上では、コンセプトに共感できるかがすごく大事だと思います。このキャリアがお得になりそうかではなく、コンセプトに共感して一緒に世界を変えたいという人たちの存在がスタートアップにとってはすごく大事だと思います」
「弊社のホームページを見ると分かるんですが、一見ファンタジーのようなことが書かれています。それに乗っかれる人というのは現実とファンタジーのバランスを取って挑戦できる人たちだと思っています。今は良くも悪くもプロダクトを公開していないが故に、GROOVE Xのビジョンに共鳴した人しかいないんです。だから逆に、プロダクトを公開してからの方が今の階層の少ないフラットな組織を維持するのが難しいかもしれません。結局は価値観の違いが出てくるでしょうから。その時にどうするのかというのは課題になるかもしれません。だから今から色々と打っていこうと考えています」
新世代ロボットのお話しや、ロボット作りに必要な組織づくり。そして、スタートアップで働くために必要なことなど、自分自身ワクワクするような内容が満載でした。林さんの著書「ゼロイチ」にも、ゼロからイチを生み出してきたプロセスとポイントが盛りだくさんでしたが、今回のインタビューでも多くのポイントをお聞きすることができました。GROOVE Xが開発している新世代ロボットが発売されるのは、2年後の2019年。今から楽しみで仕方ありません。
後編では、トヨタ、ソフトバンクとキャリアを重ね、現在はGROOVE Xを率いる林さんの仕事論を中心にお伝えします。