グラフィックやモーショングラフィックを中心に、音楽や出版、プロダクト、インテリア、ファッション、ウェブなどあらゆるプラットフォームで活動するデザイン・スタジオ『groovisions(グルーヴィジョンズ)』。2015年にスマホアプリ化され再び話題となった着せ替えキャラクター『Chappie(チャッピー)』も彼らの手によるものです。手がけるジャンルがあまりに手広いために、クレジットを見て「これもgroovisionsの仕事だったのか!」と驚くこともしばしば。また、クライアントワークだけでなく、groovisionsとして定期的に展覧会をおこなったり、作品集を出版したりと、デザイン・スタジオとしての活動も精力的におこなっています。
1993年にgroovisionsが立ち上がってから、24年。時代の変化やメンバーの入れ替わりがありながらも確かな「groovisionsらしさ」を保ち続けてきたその裏側には、どんな働き方やビジョンがあるのでしょうか。代表の伊藤 弘(いとう ひろし)さんにお話を伺います。
ちょっと変わったデザイン・スタジオ「groovisions」
世田谷の住宅街にひっそりと佇むgroovisionsのデザイン・スタジオ。1階にある入り口すぐには自転車が何台も立ち並び、その先には打ち合わせにも使える広々とした多目的スペースがあります。大きな本棚にはデザイン関連の書籍からアナログミキサーまでいろいろなものが詰まっていて、ここで日々クリエイティブが生まれているのだなあと思わずわくわくしてしまいます。
―groovisionsさんは、他の媒体のインタビューなどを拝見してもクールなイメージが強いのですが、実際のところどうですか。
「僕たちは本当に淡々としているかもですね。それぞれのメンバーにそれなりのスペースのブースがあって、ぼそぼそっとプロジェクトのメンバーだけで打ち合わせして…ひとりひとりが自分の仕事をしているという感じで。日常的な私生活の会話もほとんどありませんし。なんていうか夢や信念に向かって邁進しているというよりは、目の前の仕事を黙々とこなしていたらこうなっていたって感じなんです」
―groovisionsができたときも、「よしやるぞ!」という感じではなく、自然に結成されたんですよね。
「当時は京都で大学の先生をしていて。偶然にPIZZICATO FIVE(ピチカート・ファイヴ)のステージビジュアルを手伝うことができたり、音楽イベントに参加したりして、気づいたら大きな渦に巻き込まれていたっていう感じで。それがなかったら、まだ京都にいて、きっと今ごろは教授ですよ…(笑)。
でもはじまりは “遊び” だったにせよ、デザインの仕事って個人的にはいい仕事だと思っていて、それが仕事として成立して、みんなも生活できているわけだからそのこと自体はとてもラッキーだと思っています」
―デザインが“いい仕事”というのは…?
「考えたアイデアが具体的に目に見える形の成果物になるわけで、そのわかりやすさはある意味健康的な気がします。精神的にはきついけど肉体的には効率がいい仕事なんじゃないですか。精神的に追い込まれることに耐性がある人にはいいんじゃないですかね」
―精神的に追い込まれるのが苦痛じゃない人も、なかなかいないような気がしますが(笑)。ところで、発生当時からチームという形をとっているのはなぜなのでしょう。
「自分がデザインっておもしろいなと思ったのは30歳くらいからで、それまではどちらかといえばコンテンポラリー・アートをやっていたんだけど、身を削って創作する感じが本当にしんどくなってきたんですよね。個人を全面的に出してっていう感じじゃなくて、ある程度プロジェクトとしてひとつひとつ切り離して、プロジェクトに合ったいろんな人と協働してものを作るほうが向いているなと思ったんです」
―人数が増えると難しいところも増えませんか?
「うちは増えたり減ったり入れ替わったりを繰り返しながらも、ずーっと10人くらい。意識して10人と決めているわけではないんだけど、なんとなくこれくらいにおさまってきたんですね。もう少し人手がほしいなーと思うときもあるけど、多分これ以上増えると、別の難しい面が出てくるんじゃないかなとは思います。だから、きっとこの“ちょっと足りないくらい”がうちにとっては一番バランスよいのかなと」
―ひとりひとりがさまざまな領域の仕事をしながらも、“groovisionらしさ”を維持するための何か明確なものってありますか?
「明確なものはないかな…」
―ないですか。
「とにかく目の前の仕事にまじめに取り組むというだけ。それで、あとからいろいろな仕事を俯瞰したときに自分たちのコンセプトやカラーが出ていればいいなと思ってやっていますね。ほとんどクライアントのいる仕事だから、それぞれの案件でクライアントの個性や要求も違うし。
でも、うちは作風が比較的知られている方だと思うし、作品集を作ったり展覧会をやったりして自分たちのプレゼンテーションも力を入れているので、クライアントもかなり我々のカラーをわかってくれています。そういう意味ではとんでもないズレはない方だと思います」
―作品集や展示会は意図的におこなっているのですか?
「先手を打って、うちはこんな感じですよ〜ってアピールした方がいろいろと効率いいんじゃないかと思って。もともと僕たちは、音楽のデザインからキャリアが始まっている。音楽のデザインって、ミュージシャン自身に帰属する作品なんだけど、デザイナーの作品としても成立するから、デザインという領域の中では作家性の強いものを作れる方なんですよ。でも今はマスを対象とした領域の仕事が多くなったから、自分たちの色を明確に出すのはどんどん難しくなってきた。だからこそあえて、自分たちはこうだという方向性をアピールして世の中に提示する必要が出てきたというのはあるかも。そして作品集や展示会で良いなと思ってくれた人と仕事ができると、とてもありがたいと思います」
―「目の前の仕事をこなす」とおっしゃるのですが、目の前から仕事がなくなってしまった経験はないのでしょうか?
「幸いなことにないですね。自分は怖がりなので、数年後のことを想定して『やることがある状態』を作るようにしているところはあるかもですね」
「たとえば自分たちの作品集を作るとなったら、へたしたら5年、最低でも3年はかかる。だから必要になってから考えると遅いですよね。ただでさえ普段の仕事が忙しいのに、3年後を見据えて作品集を作るなんて大変な負荷。でも誰かがそれを言い出さないといけないから。自分は強烈なリーダーシップで『あっちにいこう!』とやるタイプではないけど、舵をとっている感覚があるかないかと言われると…わりとあるかも。漠然としていてわかりにくいですけどね」
groovisionsの舵取り
ブランディングとも言い換えられる伊藤さんの“舵取り”。クライアントワークではなく、自分たちの制作をするときはどのように取り組んでいるのか伺います。
「作品集にせよ展覧会にせよ、外の人に見てもらうっていうのが前提になってはいますが、ここでの作業は、自分たちの『過去のアーカイブの整理』というより、この先こうやっていこう、やっていきたいというこれからの『設計図』に近いんですよ。いわば方向性の修正ですね。
それらには、いろいろな“フィクション”が含まれていることもある。たとえば、実際はすごく小さいプロジェクト、例えば小さなイベントのフライヤーなどでも、そこに大きな可能性が見いだせたら、ものすごく大きなトピックとして扱う。今後力を入れていきたい箇所についての仕事をアピールして、自分たちの方向性を自分たち自身で確認していくんです」
―嘘も方便ということでしょうか…?
「嘘はよくないと思うけど、実際デザインの成果物って全部が全部すばらしいものというわけじゃないんですよね。複雑な告知物だとどうしてもこまかい情報とか入ってくるし。それよりも未来に繋がるコンセプトを提示することが重要な作業で、これはクライアントに対しても自分たちに対してもなんですよね」
―どういうタイミングでそのテコ入れが必要だと感じるのでしょう。
「うちの中がとっちらかったときです。いろんな作品をメンバーが個別に対応して作っているから、少し経つと『やりちらかした』ものが増えて、自分たちのメッセージが見えにくくなってくるんです」
―ちなみに、そんな大変な作品集ができあがったときも、みなさんで打ち上げたりはしないのですか?
「しないですねえ。というか、最後の最後までずっと直しているので、“終わったー!” という感じもあまりないですね」
1+1=3にする仕事
―「憧れのクライアントと仕事をした!」というのがモチベーションになることもあると思いますが、伊藤さんの場合はいかがですか。
「そういうのもはもちろんありますし、実際にたくさんのすばらしいクライアントと仕事をさせてもらったことは、自分たちの履歴として重要なものだと考えています。でも、やっぱり今になって一番いいなと思えるのは、クライアント名という“入り口”の部分ではなくて、『いいものができたな』と思えたとき。そしてそれが世の中に流通している様子を見たとき。ただ、必ずしも絶対に“いいもの”ができるというわけではないですから、うまく回らないときはほんとにきついですね」
―いいものを生み出すとはどういう過程なのでしょうか
「普通に筋道立ててやっているだけだと1+1=2にしかならないんだけど、僕たちは1+1を3とか4にしたいと考えているので、ちょっと時空をねじまげないといけない。で、理屈でおさまる計算式だけではそこを越えられないので、うまくぽんといくときもあればいかないときもあって。ある程度時間をかけることで解決するときもあるし、時間切れで諦めることもあります。そういうときは、『またつまらないものを作ってしまった…凡庸なものが世の中にまたひとつ…』って思う。そういうところは結構きついので、仕事は楽しい一辺倒というわけにはいかないけど、それを味わいたくないので努力はしています」
―「いいものができる」確度を高めるために、どのようなことが必要でしょうか。
「まあ、完璧な仕事というのはないと思うけど、ひたすら一個一個頑張るしかないですよね。でも、ひとつ必要なことがあるとすれば、自分に対しても人に対してもちゃんと『ダメ出し』ができる環境であるかどうかですね。そして可能であればそのダメな理由を言語的に共有できること。あとは無駄なことをどんどん排除していくというのはあるかもしれない。無駄なミーティングとか、無駄な気遣いとか。ひとつの結果に到達するプロセスで、無駄といえるものを『くだらない』と言えることが重要だと思うんですよね。そして、世の中やまわりの動きに開いていけるかどうか。閉じていくのではなくて。ちゃんとよくまわりを見て観察して、ほんとはすごく変わっているんだけど変わっていないように見えるスタイルをキープしていきたいですね」
1+1=3にする。伊藤さんはさらりとおっしゃいましたが、理屈だけで導き出せない解だからこそ、その生みの苦しみはとても大きいものなのだろうと感じました。そしてその難解な方程式と長年真剣に向き合ってきたからこそ、これまでずっと「目の前に仕事がある状態」を作り続けることができたのでしょう。
後編では変わりゆくデザインの「常識」と、その中でgroovisionsがどんな仕事をしていくのか、お話を伺っていきます。