日本のミニカー市場でトップシェアを誇る「トミカ」や、発売50年を越えるロングセラー鉄道玩具「プラレール」、95%という圧倒的知名度で今年50周年を迎える「リカちゃん」など有数の主力商品を持つ玩具メーカー・タカラトミー。創業90年を超える歴史の中でそれぞれの時代に合った商品開発で売り上げを伸ばし、スマートフォンやタブレットの普及でおもちゃのあり方が急速に変わってきた現代においても、アナログに最先端のデジタルを融合させた“NEWテクノロジー玩具”へのチャレンジを続けています。
今日はそんな株式会社タカラトミーで研究開発をおこなう加藤 國彦(かとう くにひこ)さんにインタビュー。世の中の流れをくみ取りインパクトを与える玩具開発の裏に、どのような仕事があるのかお話を伺いました。(2016年11月)
最先端技術を生かす「シーズ開発」
2000年にタカラトミーの前身である旧タカラへ就職し、今年は在職18年目となるベテラン社員の加藤さん。現在課長として取りまとめているのは、研究開発部の中でもシーズ開発課と呼ばれるチームです。
「シーズ開発は、ビジネスの種(seeds)を見つけ、アイデアを商品に落とし込むことをします。方法は大きくわけて2つあり、ひとつは、『これをやったら面白いんじゃないか』という新しいアイデアを0から見つけること。もうひとつは、イノベーションとしての役割で、社内にはない技術をいろいろな企業から持ってきてそれをどのように玩具に活かすか考えるというものです」
最近加藤さんが手がけた『JOY! VR 宇宙の旅人』は、ゴーグルにスマートフォンを装着し手軽にVR*コンテンツを楽しめるというもの。専用のアプリケーション『宇宙の旅人』をインストールすれば、360度の宇宙空間を自由に散策することができます。
*VR: virtual realityの略。仮想現実。コンピューターや電子技術を用いて、人間の視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚といった五感を刺激し、あたかも現実かのように体感させる概念や技術のこと。
−最先端の技術を利用した商品ですが、この構想はいつ頃からあったのですか?
「IoT*に着目していたのは7〜8年前です。スマホが普及することはわかっていたので、そのあとにスマホを使ったどんなビジネスが出てくるのだろうと動向を追いかけていました。それと同時にここ数年アメリカのシリコンバレーでVRが話題になっていたので、そちらも追いかけていたという形ですね」
*IoT:Internet of Thingsの略。パソコンやサーバーといったIT機器だけでなく、テレビやデジタルカメラ、デジタルオーディオプレイヤーといったデジタル情報家電をインターネットに接続すること。
−そんなに長い間アイデアを温めるんですか!
「2012年にグループ会社であるタカラトミーアーツから、AR*を利用して釣りを楽しめる『バーチャルマスターズリアル』という商品を出したんですが、こちらは2004年から考え続けていたものですよ。着想のきっかけはまったく別にあって、3Dで背景を創り込むとグラフィックにお金がかかってしまうから、カメラを写して現実を背景にしちゃえばいいんじゃないかというところからでした(笑)当時は科学技術が追いついていなかったのでボツになってしまいましたが、その後世の中の技術が発達してきてようやく商品化できました」
*AR:Augmented Realityの略。拡張現実。現実世界の物事に対してコンピューターによる情報を付加する技術やその世界のこと。
−アイデアの段階から、実際に開発に入るタイミングはどのように決まるのでしょう。
「『JOY! VR 宇宙の旅人』で言うと、他社が発売したVR向けのヘットマウンドディスプレイが世の中に話題になった流れを受けて、これはうちだったらもっとリーズナブルに身近な商品として創ることができると思ったことがきっかけです。自分の部署は、アドヴァンスドデザイン(未来を見越した新しいデザインをすること)が仕事なので、未来に受け入れられる商品はこういうものだろうという動きを予測して商品の形を固め、経営にプレゼンします。
私たちは企画を生み出すところまでが仕事なので、多くの場合、経営から商品化のGoサインが出たあとは事業部門に企画を引き継ぐのですが、『JOY! VR 宇宙の旅人』は今まで誰もやったことのない商品だったので、商品化に至るまでの様々な工程に関わることが出来ました」
−身近な存在であるスマートフォンを活用してVRをリーズナブルに楽しめるということで大きな話題となりましたよね。その反響についてはどう感じましたか?
「チームの中では絶対話題になるという確信がありました。そして来年では遅い、やるならまさに『VR元年』と呼ばれる今年だとみんな思っていたので、反響には手応えを感じました」
最先端の技術を用い、今までの玩具の枠組みには収まらない商品を創る。そんな加藤さんの仕事の背景には、元々ファクトリーオートメーション(工場における生産工程の自動化を図るシステムのこと)の業界に身を置き、開発をしていたというキャリアがあります。加藤さんとタカラトミーとの出会いは、前身であるタカラとトミーが合併する前に、「エレクトリックな商品を担当できる人財がほしい」という募集を目にしたことがきっかけだったそうです。
タカラトミーでの仕事
−システム開発から、玩具の開発。かなり異業種への転職だと思いますが、何が決め手となったのでしょうか?
「開発というと、ずっとひとつのものを突き詰めることが多いと思います。たとえば車のメーカーだったら、ずっとドアミラーを開発していくかもしれない。ですがタカラトミーだったら、玩具というカテゴリーの中でいろいろなアイデアを形にでき、どんな商品を創るか、その商品のマーケティングはどうするかなど、全体像を考えながら一つの商品を丸ごと開発できるんです。つまりそういったプロデュース業と言えるものを、若いときからできる点がタカラトミーで働く魅力のひとつだと思います」
−男の子向けだったり女の子向けだったり、対象年齢もさまざまと考えると、本当に幅広く商品開発ができそうです。
「玩具は世の中のフェイクの集まりなんですよ。車のフェイクは『トミカ』、電車のフェイクが『プラレール』、生活のフェイクが『リカちゃん』…まさに世の中の産業の縮図で、世の中の市場の数だけ製品の幅があるんですよね。それをどうアレンジするかというのを考えていくのが玩具メーカーで働く面白さだと思います」
−なんだかワクワクしてきました。そんな中でどういう玩具を創りたいかというのはどのように決めていくのでしょうか?
「自分の中で仕事は2種類あると思っています。たとえるならば“課題曲”と“自由曲”なのですが、課題曲は会社全体のミッションとして『こういうものを創ろう』と指示されるもの。自由曲は自分で好きなものをやりたいように考えるものです。やはり何かを生み出すときには自由曲の部分、つまり『こういうものを創りたい!』という強い意思が大事で、そのマインドがないと課題曲に追われて終わってしまうと思うんですよね。
今でこそシーズ開発という部門の特性上、自由曲に取り組むことも重要な業務のひとつですが、実はこの部署に来る前から本来の業務とは別にこっそりと自由曲に取り組んできました。もう前の前の前の部署からやっているので、10年以上やってきたことですね」
−“自由曲”に取り組むときは、『JOY! VR 宇宙の旅人』のように最先端の技術を取り入れることをとっかかりにすることが多いのですか?
「元々電気的な分野が専門だったので、そういうことも多いですね。最新技術には常にアンテナを張って、企業の展示会にも通います。机の前に座っていてもアイデアは出ないものなので、アイデアが枯渇しているなと感じたら仕事でもプライベートでも積極的に外に出て行きます。『リニアライナー』という商品の開発時には、山梨県のリニア見学センターまで行ってずっと走行試験を見ていたくらいです(笑)」
「それから、あえて一見仕事とは関係ないだろうというようなところに出かけて、それがアイデアにつながったということもよくありますよ」
−世の中には刺激的なものがたくさんあると思うのですが、日常的にインプットを繰り返していると慣れてきてしまったりしないものでしょうか。
「いやあ、やはり世の中は凄いですから、飽きないですよ。話題のものはなんでもすぐ試して、凄いものに出会えばやはり刺激になります。今年の1月はアメリカで毎年開催されている『CES(Consumer Electronics Show)』という家電商品のトレードショーに行かせてもらい、いろんなものを見てすごく面白かったです。まずアメリカのベンチャー企業の数にびっくり。世界って広いなと思いました」
−インプットからアウトプットへつなげるコツはありますか?
「面白いなと思ったものを、どうして面白いと思ったのか自分の中で分解していくことですね。刺激を受けたあとに、それを整理する時間が大切だと思います。私の場合、ベッドの中やお風呂の中、電車の中などでアイデアになることが多いですね。
あとは、おもちゃづくりって左脳も右脳も使うので、それらをどう連携させていくかというのもコツのひとつと言えるかもしれません。左脳で考えるのは、構造をどう実現させるかというハード面の部分。右脳では何を創るかというクリエイティブの部分を考えます。どちらかだけでなく、全体像を思い浮かべておく必要があるんです」
−いつもアイデアを考え続けているのは大変そうですね。
「実際大変です。坂を自転車で登っていく時に漕ぐのをやめると落っこちてしまうのと同じような感じです。考えるのをやめることはできないですね」
アイデアから、ビジネスへ
アイデアを生み出すためにも多くの努力と苦労を重ねられていることがわかりましたが、それはまだ最初の一歩に過ぎないのだと加藤さんは言います。
「もうアイデアを生み出すだけでおなかいっぱいですけど、STEP2ではそのアイデアを商品として成立させないといけないんです。つまり、どうビジネスに落とし込むかというところですね。実はここが一番苦しいところです。
たとえばコストについて。プロジェクションマッピングを商品化してくださいと言われたら、立体に投影させるためにプロジェクターを3台は抱き合わせて売らないといけないですよね。そうしたらとてもご家庭で玩具として買える金額じゃなくなって、売り物として成立しません。玩具を開発するにあたって肝なのは、家庭で手に入れられるようなものにするという部分。『JOY! VR 宇宙の旅人』も同様で、VR技術を家庭で楽しめるところまで落とし込んだというところがタカラトミーならではの仕事だったわけです。大金を出してようやく買えるというものでは私たちがやる意味がないのです」
−コスト面で成立させる以外にも、譲れないポイントはあるのでしょうか。
「面白いかどうかと、驚きがあるかどうかですね。技術的な驚きというのももちろんあるのですが、玩具メーカーとして大事なのはやはりエンターテイメント性で、人を楽しませられるかどうかが最大のテーマだと思います。その手段としてどんなものを用いるかということを考えるのです」
−面白いとか驚かせられるかというのは評価がむずかしい側面ですよね。
「それはまわりの人にしゃべって反応を探るしかないです。カットアンドトライの連続ですね。
玩具の商品って、千三つ(せんみつ)って言われるんです。1000個出しても当たるのは3個くらいという意味ですが、自分はアイデアの種を集めることが仕事で、そもそも商品化されないものも多いので、千三つどころか『万三つ』に近い。一瞬面白いと思ってもあとから考えてみると『微妙だな…』なんてことは日常茶飯事なので、アイデアが生まれたときは一度書き留めて、後日クールダウンさせてから改めて検討するようにしています」
−出したアイデアの中で、だめって落とされたものはどれくらいあるのでしょう?
「数は数え切れないです。私の席の後ろにはボツになった商品の試作品、いわば死骸のようなものがいっぱい積み上がっていますよ。いまだに自分では良いと思っているんですけどね…技術面やコスト面で合わなかったなど、ボツの理由はさまざまです。
ただいつか日の目を見る可能性はまだあると思っています。『JOY! VR 宇宙の旅人』に関しても8年も温めていて、ずっとGoサインが出なかったものが、技術の進化によってようやく商品化できたので。特にシーズ開発の性質上、技術の進歩が絡むため他の部署よりアイデアが商品化されるまでに長い年月がかかることが多いです。なので、足元だけでなく遠くを見るように心がけています」
−短いスパンだけでなく、長い目でも商品開発を検討していくことで広く視野を持つことができるんですね。
「そうです。だから長年温めた商品が店頭に並んだ瞬間は喜びもひとしおです。子供が一生懸命遊んでいる姿を見たときなんかは、おもしろいものができたんだなって嬉しくなりますね。逆にすぐに飽きてポイってされるときもありますけど(笑)、それも勉強ですね」
−子供たちのリアクションから学ぶことは多そうです。
「子供たちの現在(いま)を知ることも重要です。私の息子が5歳だった頃、iPadでYouTubeを開いて攻略動画を見ながら友だちとゲームをしているのを見たときは驚いたものです。ほかにも、息子が赤ちゃんだったときに妻が実物のガラガラを使わずにアプリのガラガラであやしているのを見て、時代は変わったんだなと感じました。
ただそういう驚きや、知らないことを素直に吸収していくことが大事だし、同時にうちの会社で働くために必要な能力なのだと思います。むしろ勝手に鍛えられていくのかもしれないですが」
初めはやや緊張されている様子でしたが、インタビューが進むにつれ少年のような笑顔をのぞかせるようになった加藤さん。「ボツになった作品も多いですよ」そんなエピソードも笑顔で語る加藤さんからは、本当にこの仕事を楽しんでいるのだということが伝わってきました。
後編では、さらに玩具開発の魅力に迫り、管理職としての働き方や今後のビジョンなども伺っていきます。
後編▶「商品の数は、個性の数」タカラトミーの玩具開発は、つくる社員の個性がキモ
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