黄と深い緑のグラフィカルなデザインでおなじみの看板商品であるスケッチブック「図案シリーズ」を製造・販売する文具メーカー マルマン株式会社。大正9年、東京神田で創業し、戦後の昭和22年に株式会社丸万商店として新たなスタートを切っています。「図案シリーズ」は、1958年の量産開始から2015年までに累計販売数が約8千万冊に到達するなど、正真正銘のロングセラーを更新中です。
今回お話を伺うのは、小田急相模原駅から住宅街を歩くことおよそ15分の場所にある相模工場で、現場の指揮をとる石田寿夫さん。
小ロットの製造が得意な相模工場では、様々な企業からオーダーされるオリジナル製品を手がけることが多く、通常の製品と同様に社内の厳しいチェックを経た、どんな筆記具でも書きやすいこだわりの紙が使われています。
この相模工場では、さまざまな企業からオーダーが入るオリジナルのスケッチブックなど、小ロットの製品の製造を得意としています。石田さんは、ファイル・バインダー製品を製造する1階と、髪製品を製造する2階、両方の作業の予定や進行を把握し、30名ほどいるスタッフをまとめるのが仕事です。
現場を仕切り、生産性が当初のおよそ2.5倍に
石田さんがマルマンに入社したのは14年前の30歳のとき。それまで、建築の現場で働いていたものの、腰を痛め手術をしたのを機に転職をすることに。
体を動かすため、リハビリのためにここでアルバイトを始めたのが入社のきっかけなんです。1日8時間を週5日。そこから契約社員になり、10年くらい前に社員になりました。ここが好きで入社したんです、という回答じゃなくて申し訳ないです(笑)
現在のポジションに就くまで、石田さんの主な担当は1階でファイル・バインダー製品を製造することでした。「こんなふうになりたい」という具体的な理想像や目的もなかったため、何度か辞めようかとも思ったものの、「上司に目をかけてもらって。そのへんがいわゆるターニングポイント」だったと振り返ります。
続けなきゃ、人をまとめなきゃと自覚したのが班長を任されたときです。この工場では、朝にラジオ体操をやるのですが、その頃は契約社員だったしダラダラやっていたんですよ。そんなときに上司から「人から見られていることを意識して、しっかりやってほしい」と言われたんです。班長として仕事を任せてもらったのも、その上司が認めてくれたからなんですよね。その次の日から変わっていきましたね。そんななか、周りからも信頼されるようになり、結果が出るようにやらなきゃと。周りもついてきてくれる感じはありました。
責任者としての振る舞いや、生産の段取りなどは、自分で考えて改善してきたものがほとんどだという石田さん。当初の生産性と比較すると2.5倍近くも増やすことができるようになったと言います。
外部のセミナーを受けて、当社の状況に当てはまりそうなときは当てはめてという感じでやってきました。まずやったことは無駄を省くこと。工場って、どうしても原価が絡んでくるので、それだけでもだいぶ違ってくるんです。やりかたひとつですね。例えば、以前ならAという作業をする際に、担当者自身がAの作業に入る前にモノを運ぶところからやっていたのを、Aに集中できるようモノをあらかじめ準備してあげることで、効率よく回転するようにしたりしてきました。
モットーは「チャイムで始まり、チャイムで終わる」
一緒に働くスタッフは下が24歳から上が73歳までと幅広い世代の約30名。年齢が若くなればなるほど、どうやったらモチベーションを高くできるかといった「考え方を勉強する必要性を感じる」と言う石田さん。人をまとめる立場で重要なのは、周りをいかに見られるかだそう。
私が言われるのは「石田さんは、後ろにも目がついている」ということ。30人にいろいろと聞かれるので、1分毎に質問を受けるような状況です。そんななかでも、トイレに何回も行くスタッフがいたら、具合が悪いのかなと気にかけたり。
あとは声掛けが一番じゃないですかね。仕事が終わったらみんなで飲み会をするという社風でもないので、基本的には8時半のチャイムで始まり、17時半のチャイムで終わる。それが自分のモットーとしてあって、無駄な残りは一切しません。その分、仕事中に偏りなく現場をまわって、コミュニケーションをとることを大事にしています。
基本的に同じ作業の繰り返しになることが多く、1日中ずっと作業をするのは大変なこと。「作業に飽きるということは品質が落ちることに繋がる」と考える石田さんは、スタッフが集中できる環境を整えることにも気を配ります。
集中力が持つのは実際のところ2時間くらいですね。そのなかでどうやってモチベーションを高く維持するか。気分転換のために持ち場を変えることもあります。もちろん本人がそのままでいいと言う場合は、本人の意思でやってもらいます。
そうして、細心の注意を払っていても年に数回はミスが発生してしまうそう。ミスに小さい、大きいはないと真剣なまなざしで続けます。
お客様から「リングが1本はまっていない」とか「製本が逆だよ」といったクレームが入ることがあります。最後は人間の目で検品をしているけれど、どうしても出てしまいますね。お客様に迷惑をかけるのが一番きついことで、私にとっては大失敗です。私以外の一緒に製品を作っているスタッフにとっても非常にショックなことです。ミスがなぜ起きてしまったのか、今後同じことがないように検証し対策を立てます。ひとりの責任にせず、逆にそこに人を入れてカバーしようとか。会社としても、リコールとなってしまうと相当なお金が発生してしまうので、クレームを限りなくゼロにするのが製造の責任です。
お客さんに対してはどんな気持ちを抱いていますか?
ありがとうございます。正直それだけしかないです。世の中にたくさんの商品が出ている中で当社の製品を選んでいただいている。それにはやっぱり高品質であること、納期を守ること、そのへんは絶対です。あとは、電車とかで当社のノートが使われているのを見たときはやっぱり嬉しいですよ。
頑張ることで、ちゃんと働ける。そんな姿を見せたい。
「周りからはどんなふうに思われているんですか?もしかして、こわいって思われていたりするんですか?」と尋ねると、「あぁ、アタリですね」と笑って返してくれた石田さん。
そう思ってるんじゃないですか?まぁ、見た目がね(笑)。20年前の私だったら、今話をしているみたいに目を合わせてくれないと思いますよ。そういう人でも頑張ればちゃんと働けるというのを見せたいなぁと思いますね。
入社してから今までで変わったところですか?うーん、気を遣うようになりましたかね。自分はものすごく短気だったんです。でも、人をまとめるのなら、それじゃあいけないんです。だから10年我慢です。やっぱり上にいけばいくほどそうなりますよ。
気分転換に何かすることはありますか?
金曜土曜は集中的に飲みっぱなし。朝方までとか。ハッハッハッハ!居酒屋とか、スナックとかでいろんな人とコミュニケーションをとって、情報をいただいたりとか。おもしろいですよね。
一番楽しい時間帯は、17時半のチャイムが鳴ったとき!(笑)。 仕事中は周りの目もあるし、ダラダラやることは許されないので常に気を張っています。だから、仕事中に楽しいという感覚は……。ただ、自分のなかでは、自分の組んだ段取りが夕方3時くらいにうまくいっているなというときが一番嬉しいですね。毎日頭のなかでイメージして仕事をしているのですが、現場って何かしらトラブルが起きるので、イメージ通りに行く日は年に数日もないです。
最後に教えてください。石田さんは誰のため、何のために働いているのでしょうか?
お客様のためでしょうか。自分のためにというのはあんまり考えてないです。キザっぽく言うわけじゃないですけど、私についてきてくれる人がいるので、抜けるわけにはいかないかなと。それはいつも思っていることですね。もちろん、夜に飲みに行きたいからというのもありますけどね(笑)。
今より上のポジションがあるので、そこを狙うのもある意味使命という感じもあります。そのためにはパソコンのスキルをもっと磨くことが必要でしょうか。今は、朝にメールをチェックするくらいで、ほとんど座れないので、そのためにも後輩を育てて、事務作業ができる時間を作りたい。後継者を作ることがまず課題です。
昔は商品を作ったら作っただけ売れるという時代があったんだろうと思いますが、これから先は学生の数は減るばかり。海外を視野に入れるなど、企画部、営業部からもいろんな案が出ています。工場はもっと効率よくいきたいですね。実績を見ると、悪い時もあるけれどいい時もあるんですよ。悪いなりに動いているので、よい状況で安定できるように。あとはお客様がどんなものを欲しがっているのか。最後はそこに尽きると思います。
お話をしていくうちに、どんどんとリラックスをし、柔らかい表情が多くなっていった石田さん。工場での作業の様子を見学させてもらうと、インタビューでお話してくださったように、スタッフの持ち場をまわり、コミュニケーションをとっていました。周りからの期待に応えたい。そんなシンプルでまっすぐな想いを途切れることなく持ち続けた今、話のひとつひとつにマルマンでの仕事、任されている役割に対して「誇りをもっている」印象を受けました。