ジェイ エイ シー リクルートメント(以下 JAC)は1975年にロンドンで誕生した人材紹介会社です。ファーマスーティカルディビジョンのマネージャーであるイルマス純は2013年の入社以来、高い実績を残し、2018年7月に100+Clubに入会。まっすぐ顧客に向き合う彼が、仕事の転機と思いを語ります。
※2018年時点のエピソードになります
直接会うことでしか伝わらない思いがある
▲ファーマスーティカルディビジョンのマネージャーを務めるイルマス純
私は、2013年10月にJACに入社し、ファーマスーティカルディビジョンにて製薬業界を担当しています。その前は、専門性の高い翻訳者を仲介するコーディネーターの仕事を4年、樹脂メーカーでの営業を2年経験しました。
大学を卒業した後に就いたコーディネーターの仕事は、企業とご登録者を「つなぐ」という点ではJACのコンサルタントの仕事と似ていました。
主な業務は、メーカーが日本とアメリカで同時に特許を申請する際の出願書類を翻訳する方のスケジュール管理でした。こうした文章には専門的な表現が使われ、製薬業や製造業など、業界によって内容も大きく異なるため、各企業と親和性の高い翻訳者を探す必要があります。
翻訳者は日本にいない方も多いためメールや電話でのやりとりが主でしたが、年に1回のパーティーで顔を合わせることができるんです。ようやくお会いできた時は「あのイルマスさん!ようやくお会いできましたね!」と言っていただけて、直接会う大切さを感じました。
ただ、仕事を覚え、チャレンジする機会が減るにつれて別部署の営業が輝いて見えるようになりました。大変そうではありましたが、フレキシブルな仕事が多く、自身の成長につながると感じたんです。こうして次は営業としてフロントで挑戦したいと考え、思い切って転職を決意しました。
右も左もわからない新規事業の立ち上げ。「営業」を学んだ2年間
2社目はプラスチック樹脂を扱う30名くらいのメーカー兼商社で、原料の調達から加工、消費者へ渡るまでの価格転嫁を学んだ、とても面白くて密な2年間でした。
OEMでの受託生産が中心の会社でしたが、自社ブランドを立ち上げた経験も思い出深いです。自社の技術を用いて開発したiPhoneケースを取引のなかった大手キャリアの代理店へ提案し、受注したんです。
会社としても今までやったことのない仕事でしたから、ゼロからすべてを考える必要がありました。
原料をどこから調達するのか、金型、パッケージ、デザインはどうするか……社内にはデザイナーもいないですし、梱包の方法も分からない。数千個、という数を大量生産するノウハウもない、パッケージに記載するお客様問い合わせセンターももちろんありません。
開発部長、工場の担当者と私の3人で一緒になってひとつずつ解決し、30人の会社が今までやったこともないようなビジネスを3カ月で販売開始まで持っていったことがすごく面白かった。
樹脂メーカーでの仕事はとても楽しかったのですが、売上と賞与が比例しているわけではなくて、頑張っても頑張らなくても給与が変わらない、という環境でした。
当時30歳くらいだったので、より競争のある職場で生きるか、死ぬか、くらいの商売をやってみたいなと思っていたんです。今なら失敗しても問題ないだろう、と。そして、また転職することを決意しJACを受けることになりました。
JACは面接を通して7人ほどの社員に会いましたが、落ち着いていて、余裕がある印象でした。外資系企業などほかの人材紹介会社からもオファーを受けましたが、最も安心感を持てたのがJACだったんです。
人間関係がぎくしゃくしていない「健康的な競争」のある会社、という点も良かったですし、上場企業なので、家を買う時に銀行がお金貸してくれるだろうな、という側面の安心もありました(笑)。
当時の人事担当者は100+Clubメンバーで、名刺に100+Clubのロゴが記されていました。こういう制度があるのもいいなと思ったことも覚えています。その後、無事内定をいただきJACに入社。しかし入社早々、壁にぶち当たることになったんです。
苦しかった3カ月。プライドを捨てて自分を変えた
▲2018年4月のベストチーム賞を受賞!
これは、クビになるかもしれない。入社当初の私は、毎日そう考えていました。
言われた通りにやっているのにうまくいかなくて、マネージャーも、教育担当のシスター(先輩社員)もお手上げで。「わざとやっているならまだいいけれど、悪意がないのがやっかいだ」と言われたくらい、周りも大変な思いをしたと思います。
JACでは毎年12月に1年の会社業績の振り返りと年間表彰を行なう全社ミーティングがありますが、自分は何も成果を上げていない状態にも関わらず、入社3カ月目のタイミングで所属していたチームが東日本年間ベストチーム賞を受賞したんです。
同月に入社した同期はすでに初成約を挙げているのに、自分は何も貢献できていない。優秀なチームメンバーに比べて何もできていない自分にジレンマを感じ、人生で一番辛い年末年始を過ごしました。
ただ、仕事を辞めようという気はなかった。みんなできているのになぜ自分だけできないのかが分からなくて、これが分かるまでは辞められない、と思いました。
ターニングポイントは年が明けた2014年1月。もしかしたらどこかでまだ余計なプライドを持って仕事をしているのではないか、受けた指導を100%生かしきれていないのではないかと感じ、自分を変えました。
もう一度、心新たに「今日1日何をするのか」をスケジュールに書いて、1個1個その通りにやる。報告・連絡・相談をちゃんとやる、という基本をゼロからやり直したんです。そうすると、少しずつマネージャーと呼吸が合いはじめました。
たとえば、ご登録者との電話でどういう表現で言いたいことを伝えればいいのか分からない時は「前向きなお気持ちで」や「お気持ちを固められる」など、マネージャーや先輩が使っている微妙な表現を全部メモして、相談しながら進めました。
その結果、入社して4カ月目に初めて採用のお手伝いをすることができたんです。うまくいかない時、仕事が終わってからご飯に誘ってくれたり、相談に乗ってもらったり、本当に周りの先輩方に助けていただきました。私は非常に恵まれていたと思います。
苦しい3カ月を超えて、2014年は大幅に目標を達成。当時520名程在籍していたコンサルタントの中で、2015年、2016年は続けて東日本4位。4位が2回続いた時は、「またかよ!なんで3位じゃないんだ!」と、年間表彰の受賞を逃して悔しかったです。
隠し事をせず、誠実に。とにかく、企業やご登録者に向き合いたい
▲JAC入社前、ペルーにバックパック旅行した時の1枚。バックはマチュピチュ
コンサルタントの仕事をするうえで心がけているのは、とにかく企業、ご登録者によく会うことです。
私は、仕事内容を理解できた基準を「目をつむってその仕事が想像できるか」だと考えています。理解が浅い場合は、お客様にもう一度教えて下さいとお願いしますし、できれば現場の担当者に会えるよう依頼します。
これはご登録者との面談でも同じです。マーケティングを何年、ということではなくて、その方がどういう働き方をしているのか目をつむって想像できるようになるまで聴くことを徹底しています。
そうすることでマーケットへの理解が深まり、勘が鋭くなるので、新しい求人をお預かりしてもすぐにマッチする候補者が思いつきますし、企業へ迷わず提言もできる。でも、マーケットを深く理解するには2~3年はかかると思います。楽しいな、と思えるのは3年目からだと思っていて、丸2年間はきっちり周囲にホウレンソウしたほうが良い。
また、初めての面談では、ご登録者以上に自分の自己紹介をします。初対面の人に家族構成や年収を細かく聞かれるのって不愉快なことでもあると思うんです。大きなお世話だよ、と私だったら思うので。
家族を持っている方だとPTAやキャンプの話。楽器が好きな方だったら私がギターを20年以上弾いている話など、共通点を見つけながら信頼関係をつくりたい。上から目線のコンサルタントぶりたくないんです。
ただ、ご登録者のキャリアについてはすごく真面目に考えますし、転職活動を進めるためのアドバイスを本気で伝えます。ご登録者のためには土日でも24時間対応しますし、家族でディズニーランドにいるときに電話ボックスで相談に乗ったこともあります(笑)。
ご登録者は真剣ですし、私も真剣に助けたい。仕事ではありますが、それよりもご登録者の人生の転機にかかわることなので、真剣に向き合う瞬間は自然と一番熱が入ります。
人材紹介はクライアント企業と登録者のためになっていることがとても実感できる仕事で、多分、かなり自分に向いていると思います。
また、JACのPhilosophy&Policy(企業理念)が自分の哲学とも合っているので、自分と会社の相性も良いです。特に、Sincerity(誠実)とSpeedはお客様のための言葉です。候補者に無理に同意させて企業に送り込む会社ではない。隠しごともしない。
私が担当している製薬業界は、中国やベトナムなどのアジア諸国が今後伸びることが見込まれるマーケットです。JACの海外拠点と連携して、こうした成長しているマーケットにおける日系企業の海外現地採用にもっと携わることをしたい、と考えています。
工場を新設する際に数百名規模の採用をすべて担当するなど、型にはまらずスケールを大きく考えたい。
JACの理念は非常に素晴らしいものですので、これに共感できるなら間違いなくJACの仕事が合うと思います。個人の個性やあらゆる経験が活きる仕事なのでとても面白くてやりがいがありますし、夢中になれる仕事です。