2026年9月18日、国土交通省から、10月16日に施行される改正地域交通法(地域公共交通活性化再生法)に関する省令・基本方針・ガイドラインが公表されました。
今回の発表には、「交通空白」解消は成長投資という非常に印象的な言葉が掲げられています。
今回の改正を一言で表すなら、地域交通を「既存のバスやタクシーをどう維持するか」という議論から、地域に存在する車両、人材、施設、企業、データを組み合わせて、地域全体の移動をどう再設計するかという議論へ進めるものだと考えています。
これは自治体や交通事業者だけの話ではありません。学校、病院、福祉施設、商業施設、宿泊施設、企業、観光事業者、まちづくり会社、IT企業など、地域に関わる多くのプレイヤーに関係する改正です。
なぜ今、地域交通の制度を変えるのか
背景にあるのは、「需要がなくなる」のではなく、交通の供給能力が急速に低下しているという問題です。
国土交通省の資料では、バス運転者は平成28年度から令和5年度までに約1.9万人減少。平成28年度から令和6年度までに、路線バスは約15,804kmが廃止されています。
一方で、高齢化、免許返納、学校や病院の統廃合などによって、「自分で移動できない人」の移動需要はむしろ重要性を増しています。
さらに深刻なのが、地域交通をマネジメントする自治体側の人材不足です。人口5万人未満の自治体の84%で、地域交通の専任担当者がゼロとされています。
全国には約2,500の「交通空白」地区・地点があり、さらに将来的に交通空白化する可能性がある約1,800の要モニタリング地区・地点についても対応が求められています。
つまり問題は、「バスを残すか、廃止するか」だけでは解けなくなっているということです。
1.スクールバス、病院送迎、企業送迎も「地域の輸送資源」になる
今回の改正で特に重要なのが、「自動車地域旅客運送サービス再構築事業」の創設です。
地方公共団体が主導し、バス・タクシー・公共ライドシェアなどの運送主体を選定。そのうえで、他の交通事業者や施設送迎事業者などから、運転者、車両、運行管理等の協力を得ながら、地域に適した交通サービスをつくれる枠組みです。
例えば、朝夕はスクールバスとして使われている車両を昼間は公共ライドシェアに使う、病院送迎とデマンド交通を統合する、企業の従業員送迎車両の空き時間を地域住民の移動に活用する、既存バス会社が公共ライドシェアの運行管理や整備管理を支援するといった発想が、制度上より明確に位置付けられていきます。
特に注目したいのは、学校、病院、福祉施設、商業施設、宿泊施設などの送迎を行う者が、「施設利用者用運送サービス提供者」として地域交通の関係者に明確に組み込まれていることです。
地域交通を「交通事業者が持っている車両」だけで考えるのではなく、地域に存在しているすべての輸送資源から考える。 大きな転換だと思います。
2.「連携促進団体」が地域交通の新しいプレイヤーになる
もう一つ重要なのが、連携促進団体です。
これまでも全国では、交通事業者ではない民間企業や団体が自治体、交通事業者、住民、施設などの間に入り、調査、企画、調整、システム導入などを行ってきました。
今回、このような企業・団体について、法定協議会への参加促進に加えて、地域公共交通計画の作成等について提案する仕組みが位置付けられます。
ここはかなり重要です。
地域交通は、自治体・交通事業者・住民だけで考えるものではなくなります。教育、医療、福祉、観光、商業、不動産、企業送迎なども含め、地域の移動需要と地域資源を横断的に組み合わせる主体が必要になります。
つまり、地域交通政策そのものが「業界横断型」になっていくということです。
3.そして大きいのが「モビリティ・データ」
今回、特に実務への影響が大きいと考えているのが、モビリティ・データの利活用です。
自動車地域旅客運送サービス再構築事業など、地方公共団体が事業実施計画を作成する必要がある事業について、自治体が必要な情報提供等を交通事業者に要請した場合、正当な理由がある場合を除き、交通事業者等は要請に応じる仕組みが設けられます。
対象として例示されているのは、乗降記録だけではありません。車両や運転者など、将来の供給力の見通しも含まれています。
ここは誤解しないよう注意が必要です。
今回の改正は、「自治体が求めれば、あらゆる交通データを無条件・無償で提出しなければならない」という制度ではありません。
特定の事業実施計画の作成等に必要な情報についての協力要請であり、「正当な理由」がある場合の扱いも規定されています。
また、データをどう安全に受け渡すのかという実務について、同日公表された**「モビリティ・データの活用推進に向けたガイドライン」**が重要になります。
4.データを「出す・出さない」から「どう安全に使うか」へ
今回のガイドラインでは、個人情報保護法上の手続、外部提供・公表時の取扱い、データ利用の必要性・便益の説明、安全管理など、これまで交通事業者と自治体の間で問題になりやすかった論点が整理されています。
さらに国土交通省は、「データ提供依頼書」「データ共有に関する覚書」「データ消去等報告書」などのひな形まで公開しています。
これまで、「何のために使うのか分からない」「どこまで公開されるのか分からない」「個人情報に該当しないか不安」「競争上重要な情報まで渡すことになるのではないか」といった懸念から、自治体と交通事業者の間でデータ共有が進まないケースがありました。
今回のガイドラインは、データ提供を一方的に要求するためのものというより、自治体が適切に依頼し、交通事業者が安心して提供できるルールをつくることに重点があります。
5.データを集めること自体が目的ではない
ここは非常に重要だと思っています。
乗降データや人流データを大量に集めても、それだけで地域交通は改善しません。
必要なのは、現状把握 → 課題特定 → 交通サービス設計 → 実施 → 評価 → 改善までを一体で回すことです。
例えば乗降データから「このバスは利用者が少ない」と分かるだけでは十分ではありません。
データは交通を減らすための材料ではなく、限られた輸送資源を適切に配置するための材料です。
データから「地域への投資判断」へ
今回の制度改正でも重要になるのは、データを集めることではなく、そのデータから地域交通の社会的・経済的価値をどう捉え、意思決定につなげるかです。
6.地域交通は「公共交通政策」から「地域経営」へ
今回の改正を見ていると、地域交通政策そのものの対象範囲が広がっていることを感じます。
学校統廃合とスクールバス、病院再編と通院交通、高齢者福祉と移動、観光と二次交通、商業施設と送迎、企業の人材確保と従業員交通、そして交通事業者の車両・運転者・運行管理。
これらを別々に考えるのではなく、地域単位で一つの「移動資源」として考える。
そのための制度が少しずつ整い始めています。
これは交通政策だけの問題ではありません。
交通空白によって高齢者が外出できなくなれば、健康や医療・介護にも影響します。家族が送迎を担えば、働く世代の時間が失われます。観光客が目的地まで移動できなければ消費機会を失います。学生が移動できなければ教育や活動の選択肢も狭まります。
だからこそ、地域交通への支出を単純な「赤字補填」や「維持コスト」として見るだけではなく、地域経済や暮らしを支える投資として捉える視点が重要になっていくのだと思います。
7.10月16日から、関係者がまず確認すべきこと
自治体であれば、地域にどのような輸送資源が存在しているのか。
交通事業者であれば、どのデータを、どの粒度・条件なら安全に提供できるのか。
学校、病院、ホテル、商業施設、企業などであれば、自社が保有する送迎車両や運転人材を地域交通と連携できないか。
そして地域交通を支援する企業・団体であれば、単にシステムを提供するだけでなく、複数の関係者をつなぎ、データから事業を設計し、実装まで進められるか。
地域にあるものを組み合わせ、移動をもう一度設計する
今回の法改正は、一つの新しい交通サービスをつくる話ではありません。
「地域にあるものを組み合わせて、地域の移動をもう一度設計する」ための制度改正です。
そして、その際に重要になるのが、交通を単なる維持コストではなく、地域の時間、消費、健康、教育、観光、雇用などを支える「成長投資」としてどう評価するかという視点です。
今回の国土交通省の発表で「『交通空白』解消は成長投資」という言葉が明確に打ち出されたことは、この意味でも大きいと感じています。
引用・参考文献
1. 国土交通省
「改正地域交通法の施行に向け関係法令・ガイドラインを整備します ~『交通空白』解消は成長投資~」
2026年9月18日
https://www.mlit.go.jp/report/press/sogo12_hh_000547.html
2. 国土交通省
「改正地域交通法の施行に向けた関係法令・ガイドラインの整備について」
2026年9月18日
3. 国土交通省
「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律の一部を改正する法律(概要)」
令和8年改正関係資料
4. 国土交通省
「モビリティ・データの活用推進に向けたガイドライン」
初版、2026年9月
5. 国土交通省
「モビリティ・データの活用推進に向けたガイドラインについて」
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/sosei_transport_fr_000227.html
6. e-Gov法令検索
「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」
※本稿は上記の国土交通省公表資料をもとに、制度の概要と地域交通実務への影響について筆者の解釈を加えて整理したものです。