数字を見て、完全に固まった。
なんとなく苦しい会社だとは思っていた。
でも、実際に決算書を見ると、そんなレベルではなかった。
これは感覚でどうにかなる話じゃない。
頑張ればなんとかなるとか、気合いで乗り切れるとか、そういう話でもない。
会社というものは、数字で現実が出る。
売上、利益、借入、資産、負債。
そこには言い訳がなかった。
正直、怖かった。
自分が見てはいけないものを見てしまったような感覚もあった。
でも、同時に少しだけ思った。
見えてしまった以上、もう知らないふりはできないなと。
そこから、ものづくり補助金の申請に向けて動き始めた。
ただ、問題は山ほどあった。
そもそも事業計画なんて書いたことがない。
会社の未来を文章にするなんて、考えたこともなかった。
今まで自分が見ていたのは、現場だった。
図面を見て、材料を見て、加工して、納品する。
それが仕事だと思っていた。
でも、補助金の申請ではそれだけでは足りない。
なぜこの機械が必要なのか。
その機械を入れることで、どんな新しい仕事ができるのか。
売上はどう伸びるのか。
利益はどう変わるのか。
会社として、どこに向かうのか。
そういうことを全部、言葉と数字で説明しなければならなかった。
最初は、まったく書けなかった。
新しいマシニングが欲しい。
それは分かる。
でも、なぜ必要なのかと聞かれると、急に言葉が詰まる。
古い機械では限界があるから。
加工精度を上げたいから。
仕事を増やしたいから。
そんなことは言える。
でも、それだけでは計画にならない。
小泉先生に言われた。
「それで会社がどう変わるんですか?」
この質問が、かなり刺さった。
機械を買うことが目的ではない。
機械を使って、会社をどう変えるのか。
ここを考えないといけない。
その時、初めて分かった。
経営って、今ある仕事を回すことだけじゃないんだと。
未来を作るために、今どこに投資するかを決めることなんだと。
そこから、少しずつ考え始めた。
うちの強みは何なのか。
他社と比べて何ができるのか。
これからどんな仕事を取っていきたいのか。
どんな設備があれば、それが可能になるのか。
正直、最初は綺麗なビジョンなんてなかった。
世界を目指すとか、ブランドを作るとか、そんなことをはっきり言える段階でもなかった。
ただ、このままだとまずい。
それだけは分かっていた。
今までと同じことをしていたら、確実に沈む。
だったら、何かを変えるしかない。
その最初の一歩が、事業計画だった。
何度も書き直した。
文章も下手だった。
数字の整合性もよく分からない。
売上計画を作っても、それが現実的なのかどうかも判断できない。
小泉先生に指摘され何度も直されながら、少しずつ形にしていった。
その作業は、正直かなりしんどかった。
でも、不思議なことに、書いているうちに少しずつ会社が見えてきた。
今まで漠然としていた不安が、言葉になっていく。
なんとなく欲しかった機械の意味が、少しずつ整理されていく。
この機械があれば、こういう加工ができる。
こういう加工ができれば、こういう仕事が取れる。
こういう仕事が取れれば、会社の利益構造が変わる。
そうやって、一つずつ線がつながっていった。
初めて、自分の頭の中で「会社の未来」みたいなものを考えた気がする。
それまでは、目の前の仕事をこなすだけだった。
でも、この時は違った。
今の延長ではなく、未来から逆算して考えようとしていた。
もちろん、まだ全然甘かったと思う。
今見たら、たぶん突っ込みどころだらけの計画だったと思う。
それでも、あの時の自分にとっては大きな一歩だった。
初めて決算書を見て、会社の現実を知った。
初めて事業計画を書いて、会社の未来を考えた。
この二つは、今でもかなり大きかったと思っている。
そして、補助金の申請書を書きながら、少しずつ自分の中に変化が起きていた。
この会社は本当に潰れるかもしれない。
でも、逆に言えば、変えられるかもしれない。
ちゃんと数字を見て、ちゃんと計画を作って、ちゃんと行動すれば、まだ間に合うかもしれない。
その時、初めて少しだけ思った。
自分がこの会社を変える側に回らないといけないのかもしれない。
まだ社長でもない。
経営者としての経験もない。
知識もない。
給料も安い。
社内で特別に認められていたわけでもない。
でも、会社の数字を見てしまった以上、もうただの現場の一人ではいられなかった。
事業計画を書いた日は、会社の未来を書いた日でもあった。
そして、自分自身が経営に足を踏み入れた最初の日でもあった。