株式会社IMOMの就労支援事業部で、イムオム金山東の支援員を務めている島村です。
IMOMに入社して約1年。支援員として日々コワーカー(利用者)のサポートを行いながら、DXチームとして、事業部全体のDX推進にも携わっています。
IT業界で学んだ「課題解決力」
僕は名城大学を卒業後、独立系のIT企業に入社しソフトウェアや生産管理システムの開発に携わっていました。
なぜその会社を選んだのか。
就職のきっかけは2つありました。
1つ目は、大学のゼミで学んだ「企業選びの基準」。
教授から「規模の大きさ」「経常利益率」「コアコンピタンス」を重視すべきだと教わり、実際に当時の会社はそれを満たしていました。
学生時代の島村さん
2つ目は、学生時代に数学が得意で、プログラミングに少し似ていると感じたこと。文系ながら「これは自分に向いているかも」と思ったのが始まりでした。
しかし、現実は厳しく、入社当初は研修25人中20位。ほぼ未経験だった僕は、先輩に教えを乞いながら毎日20時まで会社で勉強していました。
そんな努力の日々の中で、“自力で課題を解決する力”が徹底的に磨かれたと思います。
上司の教育方針もあり、下流工程(コーディング)ではなく、システムの設計や要件定義といった上流工程をメインで経験しました。
1人で客先に出向き、システム導入の講師を務めたり、7時間を超える会議に参加したり、失敗すれば生産ラインが止まるような責任ある仕事も任されました。
「良い会社」ってなんだろう?
順調にキャリアを積む中で、転機が訪れました。
周囲の人が、次々と精神的なストレスで会社を辞めていったのです。
彼女、会社の先輩や同期、学生時代の友人……。
朝起き上がれなくなり、会社に行けなくなる姿を見て、僕は初めて自主的に「うつ病」について調べました。
それまでは、「年収の高い会社」「安定した会社」にいることが“良い会社”だと思っていました。
でも、辞めていく人たちを見て、考えが変わったんです。
「毎日を楽しく過ごせる会社」
そういう場所にこそ価値があるのではないか、と。
また、残業時間も多く、このままでは将来家族ができたときに負担をかけてしまうと感じました。
「収入」よりも「時間」や「心の余裕」を優先したいと思い、退職を決意しました。
人の“喜び”を近くで感じられる仕事
転職を考えたとき、僕は自分の中にある“核”に気づきました。
それは
「人の役に立ち、喜んでもらうことが好き」
ということ。
システム開発も社会の役に立ちますが、どうしてもPCに向かう時間が多く、人と直接関わる機会は限られます。
もっと“人と関わる仕事”がしたい──。
そんな思いから、福祉業界に興味を持ちました。
そしてIMOMに出会いました。
「自分らしさを発揮できる場所をつくる」というコンセプトを知り、「ここなら、自分が大切にしたい価値観を形にできる」と感じました。
面接では、社員の方々が本当に楽しそうに仕事をしていたのが印象的でした。
経歴や資格よりも「考え方」「人としての姿勢」を大切にしているように感じ、「この人たちと一緒に働きたい」と心から思いました。
DXと福祉、二つの視点で支援を考える
今のIMOMでは、人のために真剣になれる仲間がたくさんいます。
「コワーカーが今より充実感を得るにはどうしたらいいか?」を真剣に考え、行動に移す人が多い。そんな環境で働けることが、とても楽しいです。
職員やコワーカーから「ありがとう」と言われる瞬間は、何よりのやりがいです。また、同じ方向を向いて努力する仲間の姿を見て、「自分も頑張ろう」と自然に思えます。
DXチームとしては、職員やコワーカーが最大限に力を発揮できるよう、業務の効率化や改善に取り組んでいます。
システムエンジニアと生活支援員…一見、真逆のようですが、根っこは同じだと思っています。
前職では「お客さんの課題をどうシステムで解決するか」を考えていました。今は「コワーカーさんの悩みをどう支援で解決できるか」を考えている。
業界は違っても、“課題解決”という共通点があるのです。
IMOMの進化とともに、自分も成長を
入社して1年。
IMOMの組織のあり方も仕事内容も大きく変化しています。
まだまだ進化の途中だと感じますが、だからこそ面白い。
IMOMが成長していく姿を間近で見届けながら、僕自身も追いつけるように、全力で走り続けたいと思います。
「誰かの役に立ちたい」
「自分らしい働き方を見つけたい」
そんな思いを持っている人に、IMOMはぴったりの場所です。
変化を楽しみながら、新しい価値を生み出していく。
これからもそんな仲間と一緒に、
IMOMの未来をつくっていきたいと思います。