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"甲子園を目指す"ように走れる場所がある ── ラジオ、保険営業、そして「1型糖尿病の根治」へ

「自分が前に出て輝くより、自分のアシストで誰かが輝く。そっちのほうが、ずっとうれしいんです」そう語るのは、認定NPO法人日本IDDMネットワークで働く畑中葵さん。高校時代は野球部のマネージャー、その後はラジオパーソナリティ、保険の営業と、一見すると異なるキャリアを歩んできました。ですが、その根っこにはどんな場所でも変わらない一つの軸があります。それは、相手が今必要としているものを先回りして届けること。今回は、熊本から佐賀へと移り住み、「1型糖尿病の根治」という大きな目標に向かって走る畑中さんに、これまでの歩みと日本IDDMネットワークでの日々を伺いました。「お前が一番、野球部だった」──...

当事者と支援者が”ファミリー”になる温かいコミュニティ。フルリモートのNPOで挑む、1型糖尿病の「認知拡大と根治」への道

「できるだけミッションが明確で、取り組んでいることに心から共感できる場所で働きたかったんです。」認定NPO法人日本IDDMネットワークで個人寄付部門を担当する春田亜妃さんは、柔らかな口調でそう語ります。これまで、子ども向けのオンライン国際交流サービスの立ち上げや、幼保施設向けの広報支援事業の創成期など、常に「まだ形になっていないものを形にする」仕事に携わってきた春田さん。営利企業で数々の事業を牽引し、確かな実績を築いてきた彼女が、なぜ次なるステージとして「非営利組織(NPO)」を選んだのか。文学を愛した学生時代、商社でのファーストキャリア、そしてご自身の出産を機に教育・子ども向け事業へ飛...

“認知不足”から生まれる壁をなくすーー1型糖尿病当事者が語る仕事のやりがいと使命

これまでの人生と日本IDDMネットワークとの出会いーーいつ・どのように1型糖尿病と診断されたのですか?小学6年生の時、「マグカップ4杯の水を一気に飲んでも足りない」ほどの喉の渇きと頻尿が続き異変を感じていました。学校の尿検査で糖が検出されたことを機に病院へ行ったところ、HbA1cという数値が16.8%という普通の人であれば倒れるような値が出て医師がびっくりしたんです(通常時6%未満)。「今すぐ入院してください」と告げられ、そこから1か月の入院が始まりました。ーー当時の気持ちや将来への不安は?入院してからは血中の糖の濃度を徐々に下げる治療から始まりました。初めて経験した低血糖症状は手が震え...

17年の営業キャリアからNPOへ——内野さんが見つけた“社会を動かす仕事”

17年間、派遣営業一筋から、日本IDDMネットワークのNPO職員へ。内野さんが歩んできたキャリアの軌跡と、"1型糖尿病"という病気に向き合う活動に迫ります。働く原点——リクルートで派遣営業として過ごした17年ーーこれまでのキャリアについて教えてください。新卒でリクルートスタッフィングという人材派遣会社に入社しました。17年間、主に東京で派遣の営業をしていました。ーー新卒でリクルートスタッフィングに入社した理由はなんだったのでしょう?1つは、母の影響です。私の母はずっと仕事をしていたのですが、ガンになって、数年入退院を繰り返していたんです。その時代にパソコンが得意というのもあり、IT系を扱...