洗車好きによる洗車好きのための掃除用手袋。自動車王国の愛知県にある小さな町工場がコロナ禍の社員研修を模索したら、マニアックな「手磨き」願望をかなえる新商品が生まれました。
石川メリヤスは毎年6月に慰安のための社員旅行を実施していましたが、休日扱いで行っていたこともあり、時代を経るごとに参加者が減少。4年前からは勤務日の中で研修旅行をすることにし、取引先の工場やトヨタ産業技術記念館(愛知県名古屋市)を見学したりしていました。
しかし、2020年以降は新型コロナウイルスの感染拡大によって旅行自体ができなくなり、新たな研修方法を模索しました。私たちが思いついたのは、「自分専用の手袋」を社員一人ひとりが作って発表することです。
ニット製品の工程は、糸の選定や原価計算も含めた「企画」、商品特性に合った編み機を操作する「編立」、ミシンを使った縫製や糸始末を行う「仕上げ」の3段階に大きく分かれます。石川メリヤスではそれぞれに専門の班があり、通常は他の班で働くことはありません。
前工程や後工程を体験して社内業務の一連の流れを理解することは、より良い商品づくりに不可欠です。石川メリヤスのモットーは「使う人のためのものづくり」。自分自身を「使う人」と想定し、手袋の企画から仕上げまでを一人で行う経験には意味があるはずです。
<外回り(内職さんとのやりとり)担当の社員が編立担当の若手社員にミシンを指導中。教える側にも学びがありました。>
まずは社内の編み機や糸の種類と特性を学び、自分や家族のために作りたい手袋を企画。作成作業では5~6人ずつで4班に分かれ、それぞれの担当工程を2日間にわたって教え合いました。
作った手袋は機能や用途を一人ずつ発表。ユニークなアイデアも登場してモノづくり談義が大いに盛り上がりました。あくまで研修が目的だったのですが、予想以上に完成度の高い手袋ができたので、そのうち2点を商品化することにしました。
<研修の最後に行った発表会。同僚の「作品」を試着しつつ自由に意見交換をしました。>
普段は編立工程および製品の原材料である糸の管理を担っている若手社員の浅井雄三が作ったのは「ホイール磨き手袋」。浅井は好きな車種を1年待ってでも手に入れるほどの車好きで、手磨きでの洗車も趣味の一つにしています。
ホイールの細かい部分もピカピカに磨き上げたい浅井。掃除用の手袋を使っての洗車で2つの悩みがあったそうです。その1つは頑固な汚れを指で落としていると指先が痛くなってしまうこと。
「捨てていいタオルを手に持って掃除すればいいのですが、手袋もタオルも用意するのは面倒臭いと思ってしまいます」そんな浅井のもう1つの悩みは、市販のホイール磨き用手袋は1000円を超えるものばかりだということ。もっと手軽に購入できて、しかも指先を保護できる手袋を作ることが浅井の願いでした。
<洗車を始めると3時間ぐらいはすぐに経ってしまうと笑う浅井。「何も考えずにシャカシャカと洗っている時間がとにかく好きなんです」>
浅井が考案したのは、掃除では使わない薬指と小指の部分を思い切り長く余らせた手袋です。頑固な汚れをゴシゴシと落とす際は、この部分を親指や人差し指でつかんでぼろ布代わりに。指先も痛くならず、掃除用具はこの「ホイール磨き手袋」1枚で済みます。
「手の形ではない手袋」を作るというのは斬新な発想です。しかも、薬指と小指だけを長くするのは従来の機械でも問題なく作れます。全員で商品企画を出したからこそ、思いがけないアイデアが生まれるのでしょう。
素材に関しては、浅井以外の社員が知恵を貸しました。頑丈すぎる糸で大事な車の塗装を傷つけては元も子もありません。たどり着いた素材はアクリルでした。
ウールに似た性質を持つ合成繊維であり、軽くて柔らかく、濡れても乾燥しやすい特徴を持つアクリル。繊維が細かいので汚れを落とすのに適しており、食器洗い用のスポンジにも使用されています。石川メリヤスでは昔から手芸用手袋の生産にアクリル糸を使ってきたため、編立にも慣れており、リーズナブルな値段で提供することが可能です。
<薬指と小指の部分を思い切り長く余らせた手袋。この部分を親指や人差し指でつかんでぼろ布代わりに使って洗車ができます。>
外回り(内職さんとのやり取り)担当の飯場美幸が作ったのは、主に車内掃除に使う手袋です。飯場は中途採用社員なのですが、先輩社員に教えを請いながら常に前向きな姿勢で業務に取り組んでいます。今回の研修にあたってもアームカバーなど企画を4案も用意。自社工場の設備で実現可能なのかを検討し、車内掃除用手袋に絞り込みました。
「成人して独立した息子を含めると一家で3台の車があります。1人1台は愛知県では普通ですね。私の車も含めて洗車は夫がやってくれているのですが、市販の掃除手袋には私としても不満がありました」
<飯場が企画したのは車内掃除用に機能性を追求した手袋です。パワーウインドウのスイッチ回りなど、細かなホコリや汚れが気になるところに活躍します。>
飯場が求めたのは何よりも使い勝手です。既存の商品は生地が厚すぎたり、手袋ではなくミトン型だったり、指が短すぎたり。ちょっとしたことで使い心地が悪くなってしまいます。
狭いところにも手が入り、モノをつかめて、しかもホコリがつきやすい素材の手袋が欲しい。そんな想いを込めて、飯場は素材や形状を試行錯誤しました。結果として、研修での成果物からほぼ修正なしで商品化に至ったのです。普段の商品企画ではここまで時間をかけて細部まで検討することありません。自分と家族がまずは使うからこそ、機能性へのこだわりの詰まった商品を世に出すことができました。「使い手」目線の生産を目指した社員研修から生まれた2つの新商品。多くの洗車ファンに手にしてもらっています。
<ホイール磨き用手袋および車内掃除用手袋は当社の公式オンラインショップ(http://ishimeri.net/)にて販売中です。>