今から3年前、2019年の春先のこと。
僕は、客先へ向かう電車の中でエンジニアの廣澤君にこう言いました。
「君、たしかクレーンの資格持ってたよね? VRでクレーンの操縦を練習するコンテンツ、作れないかな?」
この時期、ARやVRを使って教育や訓練をするコンテンツを作る、という受託開発の仕事が、二年くらい立て続けに入ってきていました。
会社を作った当初から、いずれXRを中心とした会社にしていきたいと思い、この技術の良さを活かせるものは何だろう?と考えてきた中で、そういった受託のお仕事の状況から、教育・訓練、という用途が今のところ最も有効なXR活用法なのではないかと感じていました。
一方で、新しい取引先と巡り合うための方策として、展示会へ出展してみようかとも考えていました。
10月の展示会に出すとして、まだ半年以上期間がありましたから、その間に何か作れないだろうかと相談をしたのです。
僕の言葉を受け、廣澤君は、受託の仕事の合間を使いながらコツコツと作り始めてくれました。
二か月後くらいだったか、「HTC VIVE」と「VIVEトラッカー」を組み合わせて、それっぽいものを見せてくれました。
トラッカーの回転によって、Unityアプリ内のクレーンを動かす、というものです。
なかなか良い感じのように思えました。
続いて、ワイヤーで物を持ち上げる部分にかかりました。
クレーンの動きを表現するのに一番難しいのはワイヤーの表現だと思われました。ましてや、そこに重い荷物を吊るして、リアルな揺れの表現を実現するのは、想像通りかなりヘビーな作業でした。
やってみると、こんな風にワイヤーが暴れ出してしまいます。
時間をかけてこれをなんとか調整し、次の課題の対応に取り組みました。
これを作り始める時から、
「クレーンはレバーで操作しないと練習にならない」
と、いうのが大きな課題でした。
クレーンのレバーの形をした操縦デバイスが、ゲーム用などで存在しないものか、と探してみたのですが、まったく似たものが見つかりませんでした。
そこで、先ほど実験していたVIVEトラッカーを使って、レバー装置を手作りすることになりました。
こんな感じのものができました。
レバーを動かすと、根っこの部分のVIVEトラッカーが回転して、Unityアプリ内に回転情報を伝える、というものです。
実験してみました。
よし、なんとなくそれっぽくなった、ということで、展示会に出展してみました。
地元の「府中テクノフェア」、そして、東京ビックサイトでの「産業交流展」、これらに出展し、数多くの方々に試してもらいました。
(この時、野球の「内野守備トレーニングVR」というものも出展し大変好評だったのですが、それは別な機会に書かせていただきます)
ここで、大問題が発覚しました。
多人数が行き来する場だと、赤外線通信が途切れてしまい、レバー装置の動きのデータがまったく取れなくなってしまうのです。
「ベースステーション(赤外線を発射する装置)を使用するVRでは、実用性が無い」
というのが結論でした。
一方で、良いこともありました。
産業交流展において、大手クレーンメーカーの方がブースに来訪されとても興味をお持ちいただき、アドバイスをいただける関係になったのです。
この製品の開発はもうここまでにしておこうかと思いかけたのですが、その方の励ましもあり、やり直してみよう、と考えるようになりました。
その後、VRデバイスを「Oculus Rift S」に変更してインサイドアウト形式での位置トラッキングにすることで課題を解決し、レバー装置の角度取得を角度センサーに変更しレバー装置との通信はArduinoを介したUSB接続とするなど、赤外線通信を用いない形に変更しました。
そして、前述のクレーンメーカーさんの系列のクレーン教習所を取材させていただいたりして、訓練方法をちゃんとしたシナリオに落とし込み、まったく初心者向けの訓練から、資格を取るところまでの練習をしたい人向けのものや、さらに応用的な訓練まで、ちゃんとした教育訓練コンテンツとして体系立てて教えるコースを整備しました。
さらに、調布市から助成金をいただき、レバー装置を製作所に外注し、製品化に向けたものに作り直しました。
その間、およそ一年。
2020年の12月に完成させることができました。
東京都から助成金をいただき、製品紹介サイトや紹介映像も作りました。
(製品紹介サイト)
https://crane-vr.com/
(紹介ムービー)
当社に営業スタッフがいなかったことや、新型コロナの影響でデモ体験の機会を作ることが難しかったなど、いろいろありましたが、コツコツとPR活動を続けてきたおかげで、ようやく利用事例が生まれ始めました。
(株式会社奥井組での活用の様子)
そして、本年4月22日、「第34回中小企業優秀新技術・新製品賞」において奨励賞をいただくことができました。
電車の中で、廣澤君に話を持ち掛けてからちょうど3年。
正直言いますと、展示会に向けてインパクトを与えられるモノが何か作れないかな、というレベルのことでしかその時は考えていませんでした。
ただ、作っていくうちに、もっと良くできるのではないか、とあれこれ着想が出て来たり、できたものをそれを人に見せると、いろいろな可能性や発見をいただき、さらなる期待を抱くようになっていきました。
この製品自体、営業的にはまだまだな状態です。しかし、こういったものを作り上げたことから、技術的にも大きな気づきや知見を得ることができましたし、受託事業をやっているだけでは得られなかったご縁やチャンスにも恵まれました。
現在当社では、そこからの発展形で、さらに別な製品の開発に取り組んでいます。
実のところ、当社は非常に小さな会社です。私含めメンバーは5人もおりません。普通なら、受託の仕事で生き延びていくのが精一杯、という零細企業の規模です。しかし、自社製品の開発を続けて来ています。
社員が皆、家に帰れないくらい長時間労働をしているのか、というとまったくそんなことはありません。忙しい時期ももちろんありますが、フレックスタイム制や裁量労働制を取り入れていることで、仕事の状況によって時間を自由に使えるようにしています。
自社製品を作る続けることにこだわるために、いろいろと工夫をしています。そして、そういった工夫の方法をあれこれ見出すことができたことも、この、小さな実験から始まった自社製品開発の冒険の成果でした。
こういった経験を積んだことは私たちにとって、賞をいただいたことよりも大きなことだったと感じています。