“mimoro”という名前は、平安時代に使われていた“御諸”に由来しています。当時は「諸々を守る神聖な場」の意味で使われていたこの言葉。
松尾集落に限らず、市街地から離れた集落という場所は、人口減少と共に存在自体が危ぶまれています。そのような地で「これからの数十年、土地を見守り、共に歩む存在となってい木、宿を通じて集落での持続可能な地域づくりをする場所」。そんな場所になるべく“mimoro”という名前をつけました。
この場所で宿を運営すると決めたものの、オープンまでに道のりは簡単ではありませんでした。当時の敷地は、耕作が放棄され荒れ果てた状態。地元の人からは、喜びつつも「本当にここで宿ができるのか」と疑問の声も上がりました。しかし、「理由を問われる場所だからこそ、宿をつくる意味がきっとある」と、その問いをポジティブに捉え、事業を進めていきました。
朝日を見てこの土地で宿泊施設を運営することを決めたと前回お伝えしましたが、 もう一つの理由は、この地に住む人々が魅力的だったことがあります。松尾集落はわずか10名ほどの小さな集落ですが、みなさんが計画に好感を示し、力を貸してくれました。オープンを記念してお披露目会をした際は、ほぼ全員が参加してくれて、完成を一緒に喜べたことはとても嬉しく、先日のオープン1周年の際には地域の人に対してもち投げを行いました。
オープン前に竹藪を払い、枝打ちしたすももの木は10年以上振りに実を付け、柑橘もここ数年で一番の豊作となりました。また、敷地内に植えた近隣で山採りした木々もすくすくと育っています。
「あるがままの自然ではなく、人が介入して“あるべき自然”に整えることで、その土地本来の豊かさが戻ってくる」。これはこの土地でmimoroを始めたことによって感じたことです。
同時に、地元の文化や習慣、暮らしも「自然」の一部かつ「景色」捉えてと大切にしています。例えば、先日海でサップをしていると漁船が近づいてきて、近隣に住む方が釣りたてのイカをお裾分けしてくれました。きっと昔は漁船同士でのやり取りだったのでしょう。それが今は僕のサップに変わっただけ。人口が減ってくると、日常に溶け込んだささやかなコミュニケーションが少なくなってしまいますが、宿を起点に人を呼び込むことで、こうした温かなつながりを紡いでいきたいと考えています。
恐れなく伝えると、『限界集落』という言葉があるように、集落は消滅する可能性がある場所だと思います。維持するためのコストも莫大で、理由がないと残すべきではないのかもしれません。そう考えた時に僕たちに何ができるのか。それが、mimoroのコンセプトにも掲げている、「あるがままの自然ではなく“あるべき自然”に整える」ということ。
mimoroは“集落を見守り、共に歩む場所”をつくることだと考えています。