皆さんは「インナーブランディング」とは何か、ご存知ですか?
これまでブランディングといえば、「かっこ良い広告を出す」など、「社外」に向けたコミュニケーションが主流でした。しかしいま、「社内」に向けたコミュニケーションにあらためて注目が集まっています。
CINRAでも2019年に、企業のインナーブランディングを支援する新規事業を立ち上げました。それを牽引するのが、プランナーの宮崎慎也。これまでの事例などをもとに、インナーブランディングが持つ価値や重要性について訊きました。
インタビュー・文:市場早紀子(CINRA) 写真:西谷翔(CINRA)
宮崎 慎也
企業や大学のブランディングに携わり、情報企業やIT企業、化粧品会社などのミッション、ビジョン、バリューの策定を行う。2018年にCINRAに入社。インナーブランディングとクリエイティブワークの連動を実践している。
「自分探し」と一緒? 第三者だからこそ、企業の良さを見つけられる
―まず、宮崎さんの普段の業務内容を教えてください。
宮崎:ぼくはクライアントの企業ミッションを策定し、社員の皆さんに浸透させるまでのプランを提案する、「インナーブランディング事業」をメインに行なっています。
宮崎 慎也
ー具体的にはどのように進めていくのでしょうか?
宮崎:ブランディングの核は、会社の使命である「ミッション」、こんな社会をつくりたいという「ビジョン」、社員があるべき姿勢を示す「バリュー」を、それぞれ明確にすることです。そのために、代表や社員の皆さんへヒアリングを行い、「これだ!」というポイントを探り当てながら言語化していきます。
その後、ワークショップやイベントなどを用いて、社内へと浸透させていきます。例えばワークショップの場合、参加者に自分の考えや人生の出来事を書き起こしてもらい、掲げられたミッションと照らし合わせてもらう。すると、自分との共通点を知ることができ、参加者に企業ミッションを身近に感じてもらえます。
CINRAで行ったワークショップの様子
ーCINRAに依頼する企業は、どのような課題を抱えているのでしょうか?
宮崎:社内でインナーブランディングに挑戦してみたものの上手くいかなかった、という場合が多いです。これは「自分探し」と一緒で、自分で自分のことばかり考えていると、よくわからなくなりますよね(笑)。それに、会社の場合は人が多い分、さまざまな意見が出て、なおさらわからなくなる。「目からウロコ」じゃないですけど、第三者の新鮮な目線でアドバイスすることが必要なんだと思います。
ミッションに曖昧な言葉を使ってしまい、策定がうまくいかない場合もあります。言葉の示す範囲が広いと、ミッションの意味もぼやけます。例えば「新しい」という言葉だと、「これまでと違う」とも、「現代的」とも受け取れます。本当に言いたいことを紐解いていくと、じつは「壁を壊す」など別の言葉のほうが適切かもしれない、ということに気がつくんです。クライアントにとってしっくりくる言葉を選ぶことも、ぼくの役割の一つです。
一方的じゃ意味がない。ミッションは楽しみながら理解したい
ーこれまで手がけてきた案件で、印象的なものはありますか?
宮崎:ミクシィやパーソルキャリアのミッション策定も印象に残っていますが、ユニークな事例でいうと、PR TIMESのライブラリーをプロデュースしたことですね。PR TIMES社内に有効活用できていない書棚があったので、ミッション・バリューを軸にCINRAが本をキュレーションし、新たなコミュニケーションの場をつくり上げました。
PR TIMESライブラリー
宮崎:PR TIMESは「行動者発の情報が、人の心を揺さぶる時代へ」というミッションを掲げています。「行動者ってそもそも何だろう?」という社内から出た問いを、ライブラリーを通してあらゆる切り口から解きほぐしていくのが狙いでした。
選書の基準は「読んだあとに思わず行動を起こしたくなる」もの。ジャンルはさまざまで、漫画『ドラえもん』の元気が出る言葉を集めた本とか、スティーブ・ジョブズのように、絶えず行動し続ける人たちの本などがあります。
―面白い試みですね。その後の反響はいかがでしたか?
宮崎:社員の方たちの評判はすごく良かったです。これまで「概念」であったミッションが、本というわかりやすいかたちに変わることで、より親しみやすくなったとの声をいただきました。
企業のミッションは、「理解しろ!」と一方的に押しつけてもなかなか広がりません。社員自身が楽しみながら理解を深められるアウトプットができたのは良かったですね。
選書だけでなく、POPのテキストからデザイン、レイアウトまでCINRAが手がけた
ーCINRA社内でも、ミッションをイメージしたアート作品を制作する「ミッションアートプロジェクト 」や、全社集会でバリューにつながる体験を語り合う「バリュートーク」などを行っています。その後、会社に変化はありましたか?
宮崎:バリューの話題が、社内の会話でもよく出るようになりましたね。あとは広報の面でも「CINRAはこんな信念のもとに動いている会社です」と自信を持って発信できるようになったので、ミッション・バリューに共感して、採用エントリーをしてくれる人が増えました。
ーなるほど。インナーブランディングは採用にも影響があるのですね。
宮崎:そうですね。採用で本当に大事なのは、求職者数が増えることだけじゃなくて、マッチング率です。
いまは転職もしやすく、求職者が会社を選べる時代なうえ、企業の口コミサイトも増えています。いくら「文字だけ」のミッションを掲げても、社内に浸透していなければ意味がありません。価値観が合わない社員との歪みが、社外に漏れてしまうこともあります。企業が本当に欲しい人材に選ばれるためにも、インナーブランディングは重要です。「価値観」の部分で会社と社員がつながることは、結果的に離職率にも影響すると思います。
とくに最近は、コロナ禍でリモートワーク導入も増え、会社へ行かずに仕事ができるようにもなりました。なかには、「会社」という組織体に意味を感じられなくなった人もいます。企業側は、「自社の社員でいること」の意識や価値を、あらためて社内に伝えることが必要になってきています。
「編集」に強いCINRAは、インナーブランディング事業の素質がある
ーところで宮崎さんは、前職でもインナーブランディング事業をされていたそうですね。
宮崎:前職は、編集が主な業務でしたが、インナーブランディングの取り組みも何度か担いました。企業のコンセプトブックを制作したときは、社長にインタビューしたり、社史の編集をして、企業の伝えたい思いをコピーに起こしたり。完成したコンセプトブックを使って社内研修もやりました。
ーなるほど。では、CINRAに入社したきっかけは何だったのでしょう?
宮崎:前職の会社にCINRAが取材に来てくれたこともあったので、もとから会社のことは知っていました。その後、転職活動のときに、Wantedlyを使って興味本位で遊びに行ってみたのが始まりです(笑)。
訪問したときに、「これまでのCINRAは、サイト制作をメインにしつつ、企業ブランディングの手伝いをしてきたけど、今後は『インナーブランディング事業』として、ウェブ以外のアウトプットにも本格的に力を入れていきたい」という話を聞いたんです。
既にインナーブランディングをバリバリやっている会社だと、アウトプットもそこのルールにしばられそうという懸念がありましたが、これからスタートするCINRAなら、自分の経験を活かして、これまでにない自由なアプローチに挑戦できるんじゃないかと思い入社を決めました。
ーCINRAでインナーブランディング事業を手がけてみて、良かったことはありますか?
宮崎:社内に編集者がたくさんいることです。インナーブランディングってどんなアウトプットをするかのアイデア勝負だと思われがちですが、じつは編集が肝心なんですよね。
質の良いアウトプットを生み出すために大事なのは、社員たちの「あれも言いたい」「これも言いたい」という要望を、いかに削ぎ落として、みんなが共感し合えるものをつくれるか。CINRAは長年培った編集のスキルがあるので、それをフル活用できるのは最高の環境だと思います。
また、先ほども話した通り、ミッションを社内に浸透させるまでがインナーブランディングです。言語化したあとは、社員が抵抗なくミッションに親しめるよう、ウェブサイトや本などさまざまなかたちに展開していきます。
―そういう点で、CINRA社内にデザイナーもエンジニアもいるのは大きな強みですね。
宮崎:そうですね。編集者が「言葉」にしたブランディングの「核」を、チーム内で共有したまま、クリエイティブに転換できるので、スピード感やクオリティーも格段に上がります。
CINRAの社員は、映画や漫画などのカルチャー情報から人材業界まで、幅広くアンテナを張っている人ばかりなのも面白いですよね。社内でブレストすると、自分では思いつかないユニークなアイデアが出てくるので楽しいです。
ヒントは恋バナ? 楽しむことが自由なアウトプットにつながる
ー今後、インナーブランディング事業をどう成長させていきたいですか?
宮崎:CINRAでの取り組みがもっと周知されて、世の中のインナーブランディング事業を牽引していける存在になれたら良いですね。
前提として、「インナーブランディングって、そもそも何をすれば良いのかわからない」という企業も多いので、まずは「こういうものだよ」という情報を、CINRAが積極的に発信していくことが必要だと思います。
ー最後に、宮崎さんは日頃どんなものからインスピレーションを受けているのでしょう?
宮崎:本が好きなので、月に何十冊も買っています。ジャンルにはこだわらず、漫画、哲学書、小説、絵本も読みますね。
じつはぼく、恋バナが好きなのですが(笑)、『かのひと 超訳 世界恋愛詩集』はおすすめです。小野小町の恋の話とか、シェイクスピアの詩とか、世界中の「恋」にまつわる詩を集めたものです。詩の内容に合わせて、絵が描き下ろしされているところも面白いです。
『かのひと 超訳 世界恋愛詩集』(東京新聞出版局)
ー詩の世界観を絵にするって、宮崎さんも関わった「ミッションアートプロジェクト」みたいですね。
宮崎:たしかに、ヒントになっているかもしれないですね(笑)。あと、これって既存の作品を「恋愛」の切り口で集めて、さらに現代語に訳しているので、「この心情をこうやって表現するんだな」とか編集視点からも参考になるんです。
ちょっと恥ずかしい話をしましたが(笑)、堅苦しいことばかりするのではなく、こうして楽しみながらアイデアをストックしています。