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【創業ストーリー:前編】「何をするのか」を決められず解散。残った4名で据えた「人間中心」というテーマ

「人間の心理や行動特性を探求することで、真に役に立つ製品、サービス、またそれらを支える仕組みを創出し、豊かな社会の実現に貢献する」を理念に掲げるビービット。創業から20年経った今も本質的な提供価値は変わりませんが、そのブレない軸はどのようにして生まれたのか。

ビービットの創業者であり代表取締役を務める遠藤 直紀さんに、創業から現在に至るまでの歩みとこれからの展望について聞きました。全3回でお届けする「創業ストーリー」シリーズですが、前編はビービット創業までのストーリーをお届けします。

遠藤 直紀(えんどう なおき)/  代表取締役
横浜国立大学経営学部経営システム科学科を卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)入社。2000年3月にビービットを設立し、代表取締役に就任。UXコンサルティングを開始。現在はUXを支えるSaaS「USERGRAM」の開発を推進中。専門はデジタルトランスフォーメーションとユーザエクスペリエンス設計。ミッションは「人の特性理解に基づき、役立つサービスが構築できる方法論を確立すること」

目次:

  1. マイペースで落ち着きのない子ども時代
  2. ネットバブルの「夢」を追いかけて
  3. 何も決められらず使い切った最初の資金
  4. 次の時代のテーマは「人間中心」


マイペースで落ち着きのない子ども時代

── まず、子ども時代の話からお聞かせください。幼い頃はどんな性格だったのでしょうか。

話好きで、落ち着きのない子どもでした。良くも悪くも空気を読まず、しゃべり出したら止まらない。周りとうまく歩調が合わせられませんでした。高校時代は、先生から疎まれていたと思います。授業を聞いていなかったため成績は450人中400位くらい、入れる大学がないと言われた時期もありました。

当時、実は授業を理解できなかったというよりも、全くついていけなかったのです。そこで「自分専用のカリキュラムをつくって自習していいか」と先生に頼み、授業中は耳栓をして、自分の立てた計画に沿って勉強していきました。

その3カ月後には、授業のレベルを追い越してしまった。それくらい、自分の思いややりたいことを貫き通すことにこだわりがありました。

ネットバブルの「夢」を追いかけて


── ビービット創業に至るまでの経緯を教えてください。

もともと祖父が起業家で、父がその会社を継いで社長をしていたこともあって、起業自体にポジティブなイメージがありました。2人ともいつも楽しそうに働いていて、その影響を強く受けていたと思います。

ただ、すぐに起業するという選択肢はなく、大学卒業後はSIerに就職。懸命に働いていたものの、法律すれすれのグレーな仕事や社員が幸せになれないような仕組みがたくさんあり、次第に働く意義が見出せなくなっていきました。最終的にはその会社の常識が刷り込まれ「俺は底辺にいるんじゃないか」と思い込むように。SIerから転職してアンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)で働くようになっても、その刷り込まれた感覚は拭えませんでした。

そんな状況を脱したきっかけはネットバブルとベンチャーブームでした。元先輩から「アメリカのネットサービスの真似をして起業したら、何億というお金を稼いだ」と聞き「そんな夢みたいな話があるなら、やってみたい」といてもたってもいられなくなりました。

何も決められらず使い切った最初の資金

── どんなメンバーで起業したんですか?

事業のアイデアを持った13人が集まりました。最初はとくにビジョンもなく、全員がバラバラのことを言っていました。結局、初期段階ではどんな事業に取り組むのか具体的な話がまとまらず、気がつくと準備金として集めたお金を使い切っていました。

最終的に、せっかく集まった優秀なメンバーは解散し、私を含め4人だけが残って再出発することになりました。どれだけできる人間が集まっても会社はつくれないんだなと痛感しましたね。

同時に、自分たちを信じて出資してくれた人、貴重な時間を割いて手伝ってくれた人にも申し訳なく思い、何かしらの形でお返しをしたいという思いでいっぱいになりました。

── そこからどう再出発したんですか。

永続する事業をつくるにはどうすればいいのかと、腰を据えて考え始めました。もともと経営学部を出ていたこともあって、グローバル起業の隆盛を徹底的に分析するのは苦ではありませんでした。

まず手をつけたのは、グローバルカンパニーの創業記を読み漁ること。世界に名だたる企業の創業からの流れを調べるなかで多くの気づきがありました。

とくに松下幸之助の「水道哲学」には大きく感銘を受けました。

※水道哲学……生産者とは世界から「貧」をなくすために、水道をひねれば水が出るように生活物資を無尽蔵に提供することである、とした松下幸之助の考え方。

企業の成長ストーリーを学ぶ中でわかったのは、戦後を支えてきた企業が「モノが足りない」という社会課題を解決してくれたおかげで、日本に「モノ」が行き渡ったのだということ。「大量生産・大量消費」時代を駆け抜けた一方で、世の中が豊かになりその課題はなくなっていったのだと感じました。

起業するなら、世の中から求められ続ける会社をつくりたい。ならばこれからの時代のテーマとなるような本質的な課題を見つけ、それに取り組む必要があるのではないだろうかと考えたのです。そこで思い浮かんだのが「人間中心」という考え方でした。

次の時代のテーマは「人間中心」

── 20世紀の「大量生産・大量消費」時代から、社会の課題は変わったと感じたわけですね。21世紀はどのような社会課題に直面すると考えたのですか。

「ビジネスやサービス、組織を人間中心に捉え直す」というテーマが、これから先長期にわたってじっくりと取り組むべき会社のミッションになるのではないかと考えました。「大量生産・大量消費」の時代が終わった後、商品やサービスが本当の意味で使う人のためになっているのかを問い直し、企業や組織自体が人間中心に生まれ変わることが必要だと思ったのです。

本来、ビジネスは何らかの課題を解決し、誰かを幸せにするために生まれたはずです。しかしいつしか売り上げが全てになり、手段と目的が逆になってしまっていることが良くあります。これまで自分が関わってきた会社にもこれは共通しているのではないかと感じていました。

「人間中心で、ビジネスやサービス、組織を捉え直す」ことができれば、社会は次のフェーズへとアップデートできるはず。これはきっと簡単に解決できる課題ではないと思ったのです。

そんな思いが、現在掲げている企業理念の基礎になっています。

人間の心理や行動特性を探求することで、
真に役に立つ製品、サービス、
またそれらを支える仕組みを創出し、
豊かな社会の実現に貢献する

創業から20年経った今、当時と比べて「人間中心」の概念も大きく拡大しています。人間がより良い暮らしを続けるための「自然環境」という視点も重要ですし、あらゆる人がより良く商品・サービスを使えるよう考える「アクセシビリティ」や「インクルーシブ」の視点も必須です。

けれどこの理念はずっと変わりません。同じ方向に向かってずっと走り続け今に至っています。



取材・執筆・撮影:種石光 / 編集:石川香苗子

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