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「わかりやすい」解説動画の研究開発

こんにちは。コミュニケーターの杉山啓です。

“相手の立場を考えたコミュニケーションの推進”をMissionに活動しています。
具体的には、対話と知の価値を広める市民活動に取り組んだり、マーケティング支援の事業に携わったりしています。

この記事では、curioswitchというクリエイティブ・ブティック(ブランディングの企画やデザイン、制作などを行う会社)で、解説に特化した動画フォーマットの開発を担当している話をします。

「わかりやすい」とはどういうことか

「解説動画 (explainer video)」という動画ジャンルがあります。

複雑で伝わりにくい物事をわかりやすく伝えることに特化した動画です。
料理のレシピや工作などの「HowTo動画」に近い部分はありつつも目的が異なっていて、コンセプトや意義を伝えることにより特化したジャンルです。
事業理念の発信新しい技術の紹介社会的な問題の説明、といった領域で活用されています。

「わかりやすい」解説には、解説するものが異なってもある程度共通する、"正解の型"があるようです。

何らかのプレゼンテーションを行ったことのある人は、「わかりやすい」伝え方を説く様々な教えや文章、HowTo動画などに触れたことがあると思います。
例えば、先に結論を示してから細部を説明する、具体的なストーリーで語る、資料中の色はなるべく少なく抑える、など。
こうした"正解の型"をまとめていろいろな物事を当てはめるフォーマットを作り、解説動画を量産できるようにすることが、私のcurioswitchでの仕事です。


さて、巷で「わかりやすい」伝え方とされている型は、本当に「わかりやすい」のでしょうか。

フォーマットは、解説動画制作事業の基盤です。いろいろなテーマに応用できる、十分に正しい型であることが求められます。
加えて、文章やスライドショーではなく「動画」だからわかりやすく伝えられる、という特長も明示できた方がより信頼できる事業になります。

「わかりやすい」とはどういうことか。

この問いに対する確かな答えを得るために、心理学や教育学、神経科学といった学術領域の研究成果を活用しようとしています。

「わかりやすい」に対する学術研究

「わかりやすい」解説といえば、どのような例を思い浮かべますか?

いまの日本では、池上彰さんの解説を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。

実は文学の領域で、池上彰さんの解説の特徴を指摘した研究が発表されています。
蔭山 (2012)*1 では、池上彰さんの解説には概要を示してから説明に入る、聞き手の共感を誘う表現を多用する、必ずしも重要ではない要素を省略する、といった特徴があると指摘されています。よく見聞きする「わかりやすい」解説のノウハウと共通していますね。

具体例から特徴を導く研究は、指針となるノウハウの力強い手掛かりになります。
しかし、これらの特徴をふまえれば池上彰さん以外による解説でもわかりやすくなるとは、この研究では示されていません。
具体例だけでなく一般的にも正しいことを確かめるためには、実験を伴う研究結果が必要です。
そうした研究結果は、心理学や神経科学の領域で探していくことになります。


「先に結論を示してから細部を説明する」というノウハウは、正しいのでしょうか。

これはどうやら正しそうです。

井関 (2006)*2 によると、人は文章を読んだり話を聞いたりする際に、同時並行で先の内容を予測しています。予測と一致する内容であるほど、理解は捗るようです。
そのため先に概要を示して内容の予測を呼び起こしておくと、後に続く詳細な内容を理解しやすくなると考えられます。

関連して、スライドショーによる説明では内容を端的に表現する画像を先に示してから文章で説明する方がわかりやすい、という実験結果を 島田・北島 (2009)*3 が示しています。


「具体的なストーリーで語る」というノウハウは、正しいのでしょうか。

これも正しそうです。

学習における漫画の効果を検証した 向後・向後 (1998)*4 の研究では、内容を端的に表現した漫画のイラストに加えて関連するストーリーを添えることで、関心が高まったり知識の連想が促されたりすることが示されました。

ヒトという生物種は、見聞きした他人の体験を追体験するように脳をはたらかせて“共感する”ことがわかっています (Keysers, 2011 立木・望月訳, 2016)*5 。また、他人の成功体験を見聞きすることで、自分でも同じことができるという感覚「自己効力感」が高まります (Bandura, 1995 本明・野口監訳, 1997)*6 。

具体的な登場人物のストーリーに乗せて語られることで、人は自分ごとのように受け取ることができ、さらには行動まで促されるのでしょう。


「資料中の色はなるべく少なく抑える」というノウハウは、正しいのでしょうか。

これもある程度は正しいようです。

海外の大手解説動画制作企業のフォーマットによる解説動画の効果の違いを調べた Krämer & Böhrs (2017)*7 の研究では、色を多用したフォーマットのわかりやすさや理解度、視聴完了率などの指標が、色の使用を抑えたものと比べてやや劣る結果となりました。

この実験はある1つのテーマについて制作された動画を比較したものであり、対象はアメリカ人とドイツ人に限られ、さらに動画の配色以外の条件が揃えられているわけではないため、"解説用の資料は色を少なくする方が良い"と必ずしも一概に言えるものではありません。
しかし、要素の多すぎる情報が受け手の負荷を高めて理解を妨げるということは、Sweller (1988)*8 が数々の研究結果をもとに「認知負荷」の概念を整理して以来、渡邉・向後 (2012)*9 をはじめいろいろな学術研究で言及されています。

必要以上に色を多くすることは、やはり避けたほうが良いでしょう。


解説における動画ならではの特徴とは何でしょうか。

アニメーション動画の教育的効果についてまとめた Mayer & Moreno (2002)*10 では、視覚情報である画像と聴覚情報であるナレーションなど、複数の形式の情報を同時に組み合わせて伝えられることの有効性が指摘されています。また、アニメーション動画はストーリーで語ることによる効果を得られやすいことも併せて述べられています。

静止画と動画のピクトグラムを比較した 北神・室井 (2005)*11 によると、人の動作を表す際には静止画よりも動画の方がわかりやすい場合が多いそうです。
静止画や音声、文字情報のみの場合よりも、動画は伝えやすい物事が多いのでしょう。

知を組み合わせる

ここまで、より良い解説動画を制作するための数々の疑問や仮説に関連する研究のうちごく一部を紹介してきました。

さて、開発のための研究で大事なものは何だと思いますか?

最先端の実験機材を使うことでしょうか?
データを独自に集めることでしょうか?
それとも、仮説に合うデータを揃えることでしょうか?

私は、先行研究を十分に調べることがまず重要だと考えています。

先行研究を調べていくことで、先人たちが既に明らかにした範囲とその先に自分たちで明らかにしなければならない範囲がわかってきます。
研究のためのデータ集めには、時間もお金も人手も掛かるもの。
本当に自分たちで集めなければならないデータが何であるかを見極めることが、とても重要です。

とはいえ、開発のための疑問に対して先行研究が直接的に答えてくれることは滅多にないでしょう。

ほとんどの研究成果は、開発のための疑問や仮説について部分的にのみ関連するものです。
先行研究の知を活用するためには、関連しそうなたくさんの研究結果を集めて組み合わせ、疑問に対する答えを推論するという手間のかかる作業が必要となります。
しかし、この作業を厭わないことが、本当に良いものの開発に結びつくのだと考えています。

また、先行研究からの推論だけでは開発したものの正しさは担保されません。
各テーマについて取り上げる視点、共感を呼ぶ具体的な言い回し、イラスト素材の画面構成、etc.
どれだけ緻密に理論を立てても、結局やってみないとわからないことはたくさんあります。
やはり、開発してみた後にそれが正しいかどうかのデータを集め、検証することも必要です。
ただ、先人の知を十分にふまえているか否かによって、集められるデータの質は大きく変わります。


たくさんの先人たちの知と、新たに集める良質なデータ。

知をうまく組み合わせて“集合知”を形作ることが、研究開発の鍵であると私は考えています。

■ 参考文献

*1 蔭山 峰子 (2012). 口頭による伝達のストラテジー分析 ─「わかりやすさ」に関する考察─, 同志社大学日本語・日本文化研究, 10, 21-40.
*2 井関 龍太 (2006). テキスト理解におけるオンライン推論生成の規定因, 認知科学, 13(2), 205-224.
*3 島田 英昭・北島 宗雄 (2009). マルチメディアマニュアルにおける画像,字幕,ナレーションの提示タイミングと分かりやすさの関係, 日本教育工学会論文誌, 33(2), 111-119.
*4 向後 智子・向後 千春 (1998). マンガによる表現が学習内容の理解と保持に及ぼす効果, 日本教育工学雑誌, 22(2), 87-94.
*5 Keysers, C. (2011). The Empathic Brain: How the discovery of mirror neurons changes our understanding of human nature. Social Brain Press. (クリスチャン・キーザーズ著 (立木教夫・望月文明訳, 2016)『共感脳 ミラーニューロンの発見と人間本性理解の転換』麗澤大学出版会)
*6 Bandura, A. (1995). Self-Efficacy in Changing Societies. Cambridge University Press. (アルバート・バンデューラ編 (本明寛・野口京子監訳, 1997)『激動社会の中の自己効力』金子書房)
*7 Krämer, A., & Böhrs, S. (2017). How Do Consumers Evaluate Explainer Videos? An Empirical Study on the Effectiveness and Efficiency of Different Explainer Video Formats. Journal of Education and Learning, 6(1), p254-266.
*8 Sweller, J. (1988). Cognitive Load During Problem Solving: Effects on Learning. Cognitive Science, 12: 257-285.
*9 渡邉 文枝・向後 千春 (2012). タブレット端末における教材の提示方法が学習に及ぼす影響, 日本教育工学会論文誌, 36(Suppl.), 109-112.
*10 Mayer, R.E. & Moreno, R. (2002). Animation as an Aid to Multimedia Learning. Educational Psychology Review, 14(1): 87-99.
*11 北神 慎司・室井 みや (2005). 動画シンボルの意味明瞭度および日常重要度に関する調査 : 日本版PICにおける静止画シンボルとの比較, 日本教育工学会論文誌, 29(Suppl), 209-212.

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