オートバイロードレース筑波選手権GP250クラス年間ランキング3位獲得 国際ライセンスへ昇格
18歳からレースの世界にどっぷりと浸り、千葉の新東京サーキットでミニバイクのレースに明け暮れ、そこから排気量を上げ筑波サーキットへ。 GP125で何度もマシンを大破させ、180cm超えの身長に限界を覚え250ccクラスへ。 レース専用のRS250Rというとんでもない馬力のマシンに乗ってしまう。しかし2年後1999年の筑波選手権で優勝はできなかったものの年間ランキング3位を獲得。国際ライセンスへと昇格し、エリア選手権に参戦。そこで力つき28歳で引退。 そこからイラストレーターという職業を知り、「え、絵って死ななくてもお金になるの?」とびっくりし、必死で目指すと専業で独立を果たす。
