スタートアップはプロダクトファーストが大事。しかし、最初から独自のカルチャーも作り込むべき ソフトウェアサービス開発に優秀なエンジニアの存在は不可欠です。しかし設立間もない無名のベンチャーにとって、エンジニアの獲得は簡単なことではありません。本シリーズでは、シード期、アーリー期に直面しがちな、エンジニアの採用や育成にまつわる困難を乗り越え、成長を成し遂げた著名企業の技術トップを直撃。エンジニア組織をスケールさせる秘訣やヒントを探っていきます。新連載となる 『技術トップが語る。エンジニア組織をスケールさせるためのヒント』 第2回となる今回は、レンタルサーバー「ロリポップ!」やネットショップ作成サービス「カラーミーショップ」、ハンドメイドマーケット「minne」、オリジナルグッズ作成・販売サービス「SUZURI」などを運営するGMOペパボの取締役CTO、栗林健太郎氏の登場です。
GMOペパボ株式会社 取締役CTO ペパボ研究所長 栗林健太郎氏 1976年生まれ。1999年東京都立大学法学部政治学科卒業後、奄美市役所勤務を経て、2008年ソフトウェアエンジニアとして、株式会社はてなに入社。2012年株式会社paperboy&co.(現GMOペパボ株式会社)に移り、2014年経営戦略部技術責任者、2015年技術部長、執行役員CTOを歴任。2016年に新技術の創造と実践に取り組む研究開発組織ペパボ研究所所長に就任し、2017年から取締役CTO、セキュリティ対策室長を兼務。現在は2018年に設立したGMOペパボガーディアンで、セキュリティ事業の立ち上げにも取り組む。情報処理安全確保支援士、北陸先端科学技術大学院大学博士前期課程に在学する社会人学生でもある。 不文律だったカルチャーを明文化し、評価制度、組織体制の見直しを図る ——本日はよろしくお願いします。最初に、現在のサービス開発・運用体制について教えてください。
まず人数で申し上げると、グループ会社である、GMOクリエイターズネットワーク、GMOペパボガーディアンを含めて全パートナー(従業員)数は400名超、そのうちエンジニアは100名ほどで、約7割のエンジニアが5つある事業部のいずれかに在籍しています。それ以外の3割は、各事業部門を貫く横串組織に籍を置き、インフラ構築や運用、プラットフォーム開発、セキュリティ対策などに携わるエンジニアです。つまり、GMOペパボが提供する各サービスは、事業部に所属するエンジニアと横串組織に所属するエンジニア両者が協力して開発と運用にあたっているのです。
——栗林さんが入社された2012年の時点で、御社には何人のエンジニアがいらっしゃったんですか?
当時パートナー数は200名超で、すでにエンジニアは70人ほどいました。ですから組織全体の伸びと比べてエンジニアはそれほど増えていないんです。
——レンタルサーバーのホスティング事業以外にも、複数のEC事業なども手掛けていらっしゃいますね。事業が大きくなるにつれ、エンジニア組織のマネジメントについても変化があったのではないかと思います。これまでの変遷を聞かせてください。
私が技術責任者になった2014年から、以前からあったGMOペパボらしいエンジニアカルチャーを明文化したり、エンジニア独自の制度の新設やエンジニアチームの構造化に取り組んだりしはじめたので、まずはそこからお話ししましょうか。
——お願いします。
最初に取り組んだのは、エンジニア独自の評価制度と職位制度の確立です。もちろん、それまでも評価制度は存在したのですが、当時は事業部のマネージャーが、エンジニアをほかの職種と横並びで評価していました。つまり事業に対する貢献度でエンジニアを評価していたわけです。もちろんこうした評価軸はあってしかるべきですが、技術力への評価なしに、エンジニアの真の能力は量れません。そこで2014年に私が技術部門の責任者になった直後から、GMOペパボが掲げるバリューに沿う形で新たにエンジニアを評価する指標を設け、技術部門の責任者である私が、各事業部のエンジニアの評価に加わるようになりました。
——GMOペパボのバリューとは、どのようなものですか?
「わたしたちが大切にしている3つのこと」として明示している「みんなと仲良くする」「ファンを増やす」「アウトプットをする」という3つのバリューを指します。このバリューに紐づけて、エンジニアを評価するための新たな指標を作ったわけです。
——具体的にはどのような指標を設けたのでしょうか?
大雑把に申し上げると、難易度の高い技術に挑戦しユーザーの期待に応えられたか、チームワークを重視した働き方が出来ているか、これまで蓄えた技術的なノウハウをどれだけ周囲にアウトプットしたかを評価する指標です。とくに最後に挙げた「アウトプット」に関しては、テック系イベントへの登壇実績やOSS活動への貢献、テックブログの執筆など、社外に対する「アウトプット」も含みます。そのためその是非については、当初いろいろな意見が寄せられました。
——どんな声が挙がったのでしょうか?
一言でいうと「事業への貢献とをどうバランスよく評価するか」ということです。むろん、所属する組織の壁を越えて切磋琢磨し合う開発者コミュニティに親しんでいるエンジニアは賛意を示してくれました。しかしコミュニティ活動とは距離を置いているエンジニアや、それまでの評価制度に課題意識を持っていなかった人たちに理解してもらうには、少し時間がかかりましたね。
——評価に対する認識のギャップどのようには乗り越えたのでしょうか?
中長期的な意義を説きました。短期的に見れば、すべての力をサービス開発に注ぎ込むべきという意見もわかります。しかし、テックイベントへの登壇やOSS活動などを通じて、社外の優れたエンジニアと交流することで技術力が磨かれ、その結果、担当するサービスや事業にいい影響を与える利点があるのは見逃せません。また、あらゆる機会を捉えて技術的な実績やチャレンジを周囲にアウトプットし続けることで、自分も見習おうという人や一緒に働きたいと思う人も出てくるでしょう。そうなれば人材育成や採用にもいい影響を与えるのは明らか。こうした中長期的な視点に立ったときに想定されるメリットを一つひとつ丁寧に説明することで、理解を得ていきました。
カルチャーにマッチしたエンジニアを採用するために必要なこと ——エンジニアが好むオープンな開発カルチャーを会社として公式にあと押していかれたわけですね。マネジメント体制の変化についても聞かせてください。
新たにエンジニア独自の評価制度を設けてから2年ほど経った2016年に、エンジニア組織の構造化に着手しました。具体的には事業部に属するエンジニアチームのトップに、ミニCTO兼エンジニアリングマネージャー的な役割を担う「チーフテクニカルリード」を置き、エンジニアチーム内に階層構造を作ったんです。
——どういった意図で「チーフテクニカルリード」職を新設されたのですか?
さきほども申し上げた通り、GMOペパボには5つの事業部があり、2つのサービスを開発・提供しています。祖業であるホスティング事業の「ロリポップ!」は、当時すでに15年の歴史があった一方、ハンドメイドマーケットの「minne」、オリジナルグッズ作成・販売サービス「SUZURI」を擁するminne事業部、SUZURI事業部は数年ほどの歴史しかありませんでした。事業部ごとに異なるサービス内容、事業フェーズ、解決すべき優先課題などが異なることを勘案すると、CTOが技術戦略を担いつつ、異なる状況に置かれたエンジニアのマネジメントを担うことが現実的ではありません。そのため、事業部の事情に通じたリーダーに現場のマネジメントを任せることにしました。
——その後も大きな変化はありましたか?
2019年に、事業部のチーフテクニカルリードを統括するVPoE(Vice President of Engineer)を新設して、CTOとVPoEの機能を分けました。ここ数年、続々と新規サービスが立ち上がっていましたし、どのタイミングでどの分野に投資すべきかといった判断も難しくなりつつありましたから、エンジニアのマネジメント機能をVPoEに移管し、効率的な組織運営を目指したわけです。それ以降、私自身はCTOとして全社の技術戦略を担いつつ、ペパボ研究所での次世代テクノロジーの研究開発、グループ会社のGMOペパボガーディアンでセキュリティ事業の立ち上げなど、経営とテクノロジーにフォーカスした多様な取り組みに時間を割けるようになりました。
——事業が拡大し体制が変わるなかで、エンジニアの採用に対する考え方やアプローチ方法は変わりましたか?
エンジニア向けの制度作りや組織改革のあとも、基本的な採用方針は変わりません。もっとも重視しているのは「GMOペパボらしさ」。つまり「わたしたちが大切にしている3つのこと」で明文化している、バリューやカルチャーにマッチしている方かどうかです。もし面談でお互いに相容れない部分があると感じたら、いくら技術力があったとしても採用しないという点は今後も変わらないでしょうね。これまで時間をかけて築いてきたオープンなカルチャーを壊したくありませんし、時間の経過と共にメンバーが入れ替わっていくなかで「GMOペパボらしさ」を守り続けるには、カルチャーの根っこにある理念やバリューを大切にすべきだと思うからです。
——自社の文化にフィットするエンジニアはどうやって探せばいいのでしょうか? 外部に情報発信をする上で、気をつけていることや工夫されていることはありますか?
そうですね。私たちの取り組みで申し上げると、GMOペパボに興味を持ってもらうため、社内で共有している情報は、自社で運営しているテックブログやHRブログ、Wantedlyを含む外部の媒体なども活用しながら、極力オープンに公開するようにしています。工夫といえるかわかりませんが、バリューや理念といった大上段に構えた情報を一方的に伝えるだけでなく、「GMOペパボではこんな人が働いているのか」「どのような課題を解決するために、どのような技術を選択したのか」といった、エンジニアリングの現場がリアルにイメージいただけるような情報発信を心がけています。実態がわからない会社に応募したいと思う人は多くないでしょうから、これからなにを目指し、いまどんな取り組みをしているのか、出来る限り多くの人に正しく情報を伝える努力は必要です。
最初から「正しさに」こだわるよりも、プロダクト作りを優先すべき ——エンジニアや開発にまつわることに関して、設立間もないスタートアップが気をつけるべきポイントがもしあれば教えてください。
私がこの会社に入ったときには、GMOペパボはすでにスタートアップ期を脱していたので、あくまで一般論になってしまいますが、失敗を恐れるあまり「正しさ」にこだわり過ぎないほうがいいと思いますね。
——「正しさ」とはなんでしょう?
エンジニアの組織作りにしても、開発手法にしても、最初からうまく出来るに越したことはありませんが、現実にはなかなか思い通りにはいかないものです。スタートアップが最優先で取り組むべきは、世の中に受け入れられるプロダクトを作ること。技術的負債の返済や開発体制の見直し、制度の導入はあとからいくらでも出来ますし、これらは身の丈に合わせて改善していくべきもの。最初から正しさを求めるあまり、本来取り組むべきことが滞るようでは本末転倒です。いいプロダクトが作れなければ、会社の存続すら危うくなってしまいますからね。とりわけスタートアップの段階では、プロダクト開発に集中すべきなのはいうまでもありません。
——エンジニア組織のカルチャーはどのように育んでいけばいいと思われますか?
企業カルチャーは、創業メンバーのマインドや言動、振る舞いが出発点になって、紆余曲折を経て徐々に形作られていくものなので、メンバーにそれを実現する素地や、経営者にやりきる器量がないのに「こんなカルチャーを作ろう!」とぶち上げても、おそらく根付かせるのは難しいでしょう。形だけ真似たり、あまり無理にコントロールしようとしたりすると会社やプロダクトの方向性がブレるもとになりかねませんから。事業のターニングポイントなど、会社の今後を考えるべき時期に差し掛かったら、自らを省みて言語化を試みたらいいのではないでしょうか。自分たちにとって当たり前だと思っていることのなかに、きっと、そのスタートアップならではの大切にすべきカルチャーが見つかるはずです。
——コロナ禍でエンジニアが働く環境も大きく変わりました。御社のカルチャーにも変化の兆しがあるのではないですか?
そうですね。たとえば、これまでならカラーミーショップの開発に携わりたければ、事業部のある東京、祖業であるロリポップ!の開発に携わりたければ、以前本社のあった福岡に行くしか選択肢はありませんでした。しかし、今回のコロナ禍をきっかけに、私たちは感染拡大が収束してもリモートワークを前提とした働き方を継続することを決めたので、エンジニアはいまの生活を維持しながら、希望するプロダクトやサービスに携わりやすくなります。でもその一方で、これまで対面を前提に行ってきたコミュニケーションをリモート環境に合わせる必要も出てくる。いかにこれまで培ったカルチャーを守り、発展させるかはこれからの課題です。
——これからエンジニアにはどんなことが求められそうですか?
直接会ったことがない人の気持ちを汲んだり、感じたりすることはとても難しいので、これまで以上にコミュニケーションの方法に気を遣っていく必要があるでしょうね。これまであえて言葉にしなかったことを言語化して伝えることや、相手の気持ちを尊重する言葉遣いといったレベルから意識していくべきだと感じています。同じカルチャーを共有する仲間だからといってコミュニケーションを疎かにすることなく、多様性を内包するような環境を作らねばと思っています。
——最後にプロダクトの核となるエンジニアの採用に悩む、スタートアップの技術責任者のみなさんにメッセージをお願いいたします。
やはり自社の魅力をエンジニアに知ってもらうためには、社内にカルチャーを根付かせるのと同じように、時間をかけ手間暇を惜しまないことが大切です。何事もオープンかつ正直に取り組む。スタートアップに限ったことではありませんが、設立間もないからこそ、奇をてらわず正攻法で課題と向き合うことが成功への近道だと思います。
(取材・執筆協力/武田敏則)
<栗林氏推奨。 シード期、アーリー期の技術責任者にお勧めする情報源>
『採用学』(服部泰宏、新潮選書) 採用はカルチャーの形成にとって最も重要です。この本は、経験的に語られがちな採用というプロセスを学術的に検討しており、非常に参考になります。人には変わりやすい能力と変わりにくい能力とがあるという内容が具体的にまとめて紹介されており、採用時には後者を見るべきという点は、よく見返していたりもします。
『ゲンロン戦記』(東浩紀、中公新書ラクレ) 哲学者の東浩紀さんが興した「ゲンロン」という思想系の出版・教育事業を行うスタートアップにおける、この10年の「ハードシングス」と彼自信の成長について語る本。哲学の専門家が採用も含めて様々な失敗を重ねながら「経営の身体」を獲得していく様は、これまた専門家である技術責任者にとっても、参考になるでしょう。 採用担当者向け「Wantedly」についてはこちらから
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