「全部繋がっているなって」
そう語るのは、UDS HOTELSのクリエイティブチームでデザイン業務を担当している鈴木晴奈(すずき はるな)。親の反対を押し切って美大へ。卒業後は編集プロダクションにて営業部に配属され、ライティングを行い、テキスタイルデザイナーに転職し、情報誌を立ち上げ。一見バラバラに見える経歴と「当時はめっちゃ悩んだ」と振り返るその経験が、彼女を唯一無二のデザイナーにした。
最近手がけたのは、旅館とお付き合いのある町内会で使う盆踊り用の浴衣。「UDSが日本の伝統工芸を大切にしているのを表現するいい機会」とわざわざ浜松の染色工場と協業し、企画を通せたのは、2社目のテキスタイルデザイナーの経験があったから。
一見、遠回りに見えた経験が、UDS HOTELSらしいデザインを生み出す力になっている。独自の知見が唯一無二のデザイナーをつくるまでの軌跡を紐解いていく。
目次
親の反対を押し切って美大へ
企画、執筆、デザイン、梱包。『食べる通信』で全部やった
UDS HOTELSらしいデザインって?
自分だけの経験をつくれるか。無駄な回り道なんてない
親の反対を押し切って美大へ
──いつ頃からデザインに興味を持つようになったんですか。
中学校の頃、遠足の行き先がなぜか美大だったんです。でも行ってみたらすごく面白かった。芸術を学べる高校に進学したかったんですが周囲に反対されて、進学校に。美大を諦めきれず高校一年生からデッサンの塾に通っていました。
大学は美大を目指すものの、実家が工務店という理由から先生に建築を進められ、建築学科へ。本当はデザインしたかったのになって思いながら図面を引き、模型をつくっていました。
鈴木 晴奈 ホテル事業部 共通グループ マネージャー
福井県福井市出身。京阪神の観光ガイドブックのライター・グラフィックデザイナー、テキスタイルデザイナーを経てUDSへ。京都食べる通信 編集長を3年務めた後、現在はUDSのホテル・旅館のブランディングに奔走中。日本の文化をデザインと編集の力で伝え、宿泊ゲストの満足度を上げる企画デザインを行う。好きなホテルはヘルシンキのHotel Helka。
──卒業後は、どんなことをしていたんですか。
新卒では京都の編集プロダクションに就職しました。
大学時代、建築は向いてないなって気づいて、通っていた大学の近くにあった出版社で編集のお手伝いをしていました。好きな詩人さんに関われることや、本をつくる仕事への憧れもありました。
本が出来上がったときに、やっぱりいいなって思えて、将来は本をつくる仕事がしたいと思っていたんです。
──そんな過去があったんですね。
ただ、入社したら営業部に配属されました。本の制作に携われると思っていたので、当時はショックでしたね。
営業を経験した後は編集部に異動になり、雑誌の原稿を書くことになるんですが、先輩方に真っ赤に添削されました。大学時代に編集の経験があり、多少の自信はあったんですけど、もうボロボロ(笑)。
なんだかんだ4年くらい文章を書きながら、デザインも学んで、フライヤーや名刺など紙媒体のレイアウトもさせてもらいました。
──やりたいことができるようになった。
でも実家のある福井に帰らないといけない事情ができて、福井の機屋(はたや)さんに転職し、テキスタイルデザイナーになります。
今までは自分が取材して原稿を書くという小さなコミュニティで仕事をしていましたが、テキスタイルは企画してから商品として市場に並ぶまで、川上から川下まで多くの企業や関係者と仕事をするので、これまでとは違った経験を得られました。
BtoBになると考える視点も変わります。工場はたくさん売らないと儲からないので売れる商品を当てにいくし、メーカーさんからも「変な物を開発して在庫になると困るから、売れる物をつくってほしい」と言われ、緊張感を持って企画していましたね。
企画、執筆、デザイン、梱包。『食べる通信』で全部やった
──本当にいろんな経験をしていますね。そこからなぜUDSへ?
京都に戻りたい気持ちが大きくなり、職を探していたところ、ホテル カンラ 京都で広報の求人を見つけました。
デザインホテルで働くのもいいかもな、と思いながら面接を受けたところ『京都食べる通信』を立ち上げる直前で、制作できる人を募集していることがわかりました。
当時、私もたまたま四国で発行されていた『四国食べる通信』を購読していて、知ってますよって話したら、トントン拍子で入社が決まりました。
──『食べる通信』ってなんですか。
食べ物とその生産者の魅力が伝わる冊子をセットにして、2ヶ月に1回お届けする食べ物付き情報誌です。大元の会社があって、共感した地域のプレイヤーが運営できるんです。
今までの経験を活かしながら、もともと希望していた企画、執筆、デザインが全部できました。なによりテキスタイルのデザインは布が話し相手になってくれるわけではなかったのに対して、食べる通信の仕事は農家さんと話せるのが楽しくて楽しくて。
──でも企画から取材、執筆、デザイン、梱包から発送まで行うのは大変すぎませんか。
大変でしたけど、楽しかったですよ。
1号につき20ページあるんですが、テーマの食材に合わせて文献を読んで記事にしたり、ホテル カンラ 京都やアンテルーム 京都の料理人たちにレシピを考えてもらったりしていました。あとは、農家さんを呼んでイベントをしたことも。今でいうファンミーティングですね。
──記憶に残っている当時のエピソードはありますか。
約200人の定期購読のお客さまに対して、2ヶ月に1度テーマに合わせて食材を収穫して、詰めて、梱包して送っていたんですが、卵特集の時に、商品がすべて割れたことですね。
初めてお取り組みをする農家さんだったので、荷物を発送するノウハウがなく、割れない梱包を見つけるまで何往復も配送テストをしました。最終的には割れない方法でお届けできましたが、もう二度と卵は発送したくないですね。
──恐ろしい……。よくめげなかったですね。
農家さんから「お客さまの声を聞いてモチベーションが上がった」とか「これがきっかけで東京に取引先ができた」と言ってもらえて、いいつながりもたくさんできました。農家さんのために一つでも役に立っていると思えたら、卵が割れたことくらいどうってことありません(笑)。
そこから私が産休に入り、コロナのタイミングで事業はなくなりました。戻ってきてからは、ホテル カンラ 京都のデザインをメインに携わるようになります。
「できることは何でもします」と言って、メニュー表や視認物など、お客様の目に入るあらゆるものをデザインしてきました。そのうち他のホテルからも依頼が増えてきて、気づいたら全拠点のデザインをしています。
UDS HOTELSらしいデザインって?
──全拠点や事業部を見るようになって、なにか変わりましたか。
点だけを見て仕事していたのに対して、今では面で見るようになりました。最近は、「UDS HOTELS
のかっこよさってなんだっけ?」って話をよくします。
ホテルだけの視点ではなく、会社やブランドとしていいかどうか、この見せ方はUDS HOTELSらしいかとか。言われたままつくるだけでは駄目で、これからはUDS HOTELSらしさを求めて、つくっていかないといけない。
──UDS HOTELSらしいデザインってなんですか。
無駄がない。
UDSの建築は、要素をなるべくそぎ落とした美しさを表現しているはずなんです。だから自分がつくるものも、装飾性を減らして、無くても伝わるなら無くします。
運営から賑やかなデザインが求められても、違うものは違うと言った上で、他の方法で課題を解決できないか考えます。
──UDSの建物の中に置くものを制作するときは、どんなことに気を付けていますか。
余白を大切にすること。空間のかっこよさや心地よさを邪魔しない物でありたいと思っています。
──他の会社と比べたときに、制作物のデザインの差ってなにかありますか。
正直、ただの制作物であればそこまで差はないと思います。じゃあUDSらしさってなんだろうって考えると、体験までデザインすること。
例えば、ホテルスタッフの個性を表現するために独自のおすすめエリアマップを持てる「つながるマップ」という仕組みを今整えています。
働くみんなのまちを愛する気持ちや、まちでの人やモノとの出会いを通してお客さまへの体験価値につなげる。よく見かける、地域のエリアマップをつくるんじゃなくて、それがらしさなんじゃないかなって。
──体験のデザインっていいですね。
デザインができる人はたくさんいます。だから、経験してきた編集や企画の力をかけ合わせてUDSらしさを表現するようにしています。
他にも最近は、浴衣をつくっています。由縁別邸 代田が所属している、町内会の盆踊り用の浴衣をデザインから提案して、浴衣の産地である浜松の工場に交渉し、生産までなんとかたどり着きました。UDSが日本の伝統工芸を大切にしているスタンスを表現するいいチャンスだと思い、代田の皆さんや町内会の方へプレゼンさせてもらいました。
ここでも、テキスタイルデザインの経験が活きていて、気づいたら全部つながっているなって。私だからできることがあって嬉しいです。
自分だけの経験をつくれるか。無駄な回り道なんてない
──どんなデザイナーの方に応募してもらいたいですか。
言葉を大切にできるひとがいいです。デザインを組みながらよりよい言葉を提案できる方。そういう意味では、国語力の高い方だと嬉しいですね。
デザインはAIで出来るようになりつつある時代に、人間にしかできないことはお客さまとのすり合わせや提案する能力だと思います。それって国語力が高くないとできない。ここでも過去の経験がつながっていて、営業をやっていた経験が活きている。自分が苦手だった仕事に、巡り巡って支えられています。
──無駄だと思っていたことがつながると。
今クリエイティブチームにいるメンバーも、最初は由縁代田 別邸の料飲で働いていました。「すぐにデザインしたい」と打診されましたけど、ゲストへサービスすることは必ずいいデザインにつながるからと伝えて、半年は朝食のサービスをしてもらいました。
ずっとデザイナーの仕事をしている人とクオリティ勝負になっても勝てないので、自分だけの経験をいかにつくれるか。おもてなしが強みの旅館でサービスをしていたことで目が肥え、その状態で他のホテルに行ったときにより良い提案がうまれる。パソコンの前でデザインをつくるだけがデザインじゃないと思っています。
また、一緒に働くメンバーは旅人であってほしいです。UDS HOTELSのエンドユーザーである旅人の気持ちがわかる人。
私もバックパッカーで海外に行くのが好きですけど、旅先のことを日本でどれだけ調べていっても詳細までは分からないですよね。現地の方にお店を教えてもらうとか、偶然の出会いがその旅を楽しくするし、思い出になる。そういうきっかけを日本に来てくれたゲストに提供できたら楽しいだろうなと思って「つながるマップ」の企画を提案しました。
──仕事も私生活もつながっているんですね。最後に、どんなチームを目指していますか。
クリエイティブチームでは、リモートでも毎日1時間くらいは喋ったり、私生活で見つけたデザインをお互いに共有する時間をとっています。自分の仕事だけで視野が狭くならないようにしたいし、コミュニケーションも大切にしたい。
UDS HOTELSのデザイナーでいることの面白みは、提案すれば企画からやらせてもらえることだと思っています。普通の会社だったら分業制で、企画者と営業とデザイナーがいる。UDS HOTELSではデザイナーにも提案する機会があって、個性を活かして働けます。
今いるメンバーはプロダクトをつくるのが得意だし、私は企画やライティングが得意だったりする。どんなことでも対応できるチームをつくって、それぞれが自ら企画も提案しながらデザインまでやっていけたら楽しいかなと思いますね。