去る6月25日にCoral Capital様(https://coralcap.co/)が出資をしているスタートアップ企業4社が登壇し、パネルディスカッションが行われました。今回は、プロダクト開発の意思決定に近いところでオーナーシップを持って開発したいと考えている優秀なエンジニアに向けて、影響力が大きい「プロダクトドリブンなエンジニア」という働き方と、見落とされがちな「スタートアップでエンジニアとして働く罠」にもフォーカスした内容となりました。
▼登壇者紹介
モデレーター:株式会社カケハシ 取締役CTO 海老原智氏
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、凸版印刷株式会社でバーチャルリアリティ用3DCGビューア/SDKの開発、3DCGコンテンツ制作会社でテクニカルディレクションに従事。インターネットサービスに転進し、グリー株式会社にてSNS/プラットフォーム系開発に携わった後、株式会社サイカの取締役CTOを経て、創業直後の株式会社カケハシにCTOとして参画。
パネリスト:株式会社空 取締役CPO(Chief Production Officer) 田仲紘典氏
立命館大学大学院在学中にパケットによるDoS攻撃検知システム(IDS)を開発・研究し、卒業後ヤフー株式会社に入社。主にアドテクノロジーのインフラエンジニアとして活動。その他に社内システムの開発・保守や新卒研修のメンター、次世代リーダー育成Yahoo!アカデミア、副業による技術サポート経験などを、ヤフー株式会社在職中に経験。 その後、現職である株式会社空に、ホテル向け料金設定サービス「MagicPrice」の立ち上げ期からエンジニアとして携り、2016年6月取締役として参画。 現在は、デザイナー・エンジニア・データサイエンティストのプロダクト責任者(Chief Production Officer)。
パネリスト:株式会社TRUSTDOCK 取締役CTO 肥後彰秀氏
2001年株式会社ガイアックスに入社し、メッセンジャーやアバターをツールとしたコミュニティサービスの企画・開発プロジェクトのPMを多数経験。技術基盤部長を経て、執行役を歴任。エンジニアが安心して打ち込める環境づくりをモットーに組織運営に取り組む。2017年11月にTRUSTDOCKを立ち上げ、取締役(現職)。一般社団法人日本ブロックチェーン協会理事。京都大学工学部物理工学科卒。
パネリスト:株式会社グラファー VP of Product 本庄智也氏
京都大学大学院情報学研究科卒業。2014年株式会社リクルートホールディングスに入社し、Airレジプロジェクトにエンジニアとして従事。海外進出のプロジェクトの立ち上げに参画し、Androidアプリの開発、サーバーサイド開発基盤の刷新、認証基盤の開発などに携わる。その後、旅行領域のデータプランナーとしてデータを活用した営業生産性の改善プロジェクトなどを経て、宿泊施設向けのレベニューマネジメントを支援する新規SaaS製品の製品開発責任者として、プロジェクトの立ち上げを経験。
イベントは登壇者からの事業説明で幕を開けた。事業ドメインをBtoBに特化しているサービスもあれば、BtoCも視野に入れていたり、行政と連携しているサービスも見られた。
現在の事業説明
海老原氏・カケハシ
調剤薬局向けのBtoBサービスを行う。薬局は5万9千店舗あり、1年間で処方箋は8億枚。そのやり取りを活かして、もっと薬剤師に提供できることがあるのではという問題意識から薬歴を電子化するMusubiというサービスを提供している。
田仲氏・空
Happy Grouthをビジョンに掲げ、プライステック領域において、ホテル向け料金設定サービス「MagicPrice」を提供。ホテルの料金を自動で算出するサービスを提供している。
肥後氏・TRUSTDOCK
ガイアックスからスピンアウトし、日本で唯一のeKYC/本人確認APIサービスを提供。B向けには、本人確認をAPI経由で代行するサービス、C向けにはeKYC本人確認ができるアプリを開発。おサイフから身分証をなくす世界の実現を目指している。
本庄氏・グラファー
民間の立場から世界最高峰の行政インフラを作ることをミッションとしている。行政のインターフェースと一般の人が利用するスマホやPCといったUIに生じている乖離を埋めている。行政と組んで業務プロセスを変えることにもチャレンジしており、転入手続きが分かるようなアプリや、オンライン申請にも着手している。
◆パネルディスカッション
パネルディスカッションでは7つのテーマが話された。それは現場視点、採用の視点から語られるものもあれば、エンジニアのスキルに特化した話題も深掘りされていった。以下、7つのテーマを列挙してそれぞれレポートする。
(1)エンジニア組織の規模で変わる「スキルと社風」
(2)スタートアップで活躍できるエンジニアの資質
(3) スタートアップのエンジニアに求められる「不安耐性」の鍛え方と見極め方
(4) エンジニアのモチベーションはコントロールされるべきか
(5) 攻める姿勢のスタートアップは技術的負債を背負うべきなのか
(6) 開発だけじゃない。広がるエンジニアの職責の捉え方
(7)今後どんなことをしていきたいか・どういう人と働きたいか
エンジニア組織の規模で変わる「スキルと社風」
最初は各社の「エンジニア組織の作り方」に焦点が当てられた。ここではスタートアップならではの組織構成やその中で得られるスキルがあるようだ。
田仲氏:前職のヤフーではインフラエンジニアと言えども、ある一部分だけを担うことが多かったが、現職に就いてからは自分が一人目のエンジニアだった。そのため、インフラだけでなく、フロントエンド・バックエンドも担当する必要があり、フルスタックでやらねばならない環境に変化した。ヤフーの時はハイスキルな同僚も多く磨かれた。その部分でのスキルは尖っており、現在にも活きている。
肥後氏:ガイアックスでは組織マネジメントに注力し、評価の仕組みや評価体制について考えていた。しかし、TRUSTDOCKを始めるにあたって、エンジニアに対しては、少人数の間は評価の仕組みはまずは作らず、ルールは自分たちで作りながら進める方向性にしており、基本的にはチームの判断に委ねている。
本庄氏:大企業においては、役割が分業化され、その役割も基本的には誰でもできるようにしていくという状態を目指していることが多い。一方で、スタートアップにおいてはスピードを重視して、あえて属人化させるということを意識的に決めているというのが異なる点だと感じる。
スタートアップで活躍できるエンジニアスキルの資質
二つ目のテーマでは、登壇者のこれまでのスタートアップでの勤務経験から分かった「スタートアップ企業で活躍するエンジニアの資質」が話された。言葉は違えど「不安耐性」という特徴が浮かび上がってきた。
田仲氏:幅広く知識を持っている方が合っている。例えば、バックエンドが強かったとして、その周りのインフラに関しても知識があるかどうかを見ている。
肥後氏:どちらかというと、幅広いスキル・知識があった方が良い。自分の守備範囲が変わることや、新しいことに対して抵抗がない人がマッチする。
本庄氏:スペシャリストの場合は、自社の事業領域のレバレッジが利くポイントにそのスキルが刺さるかどうかを重視する。ジェネラリストであれば、スキルはあまり見ていない。共通して重視しているのはストレス耐性で、変わることが前提にある環境を楽しめる人が向いている。
海老原氏:3社に共通して見られるのは、不安耐性があるかどうか。将来がわからない状態を不安に思うのではなく、楽しめるかが大事なのではないだろうか。
スタートアップのエンジニアに求められる「不安耐性」の鍛え方と見極め方
スタートアップで求められる「不安耐性」とは何なのだろうか。そして「不安耐性」は鍛えられるのだろうか。エンジニアに求められる性格がさらに具体的にされていく。
田仲氏:曖昧さに強いかどうかを重視する。全体ではチームの目標は考えるが、個人の目標までは考えないため、何をやらなければならないかを自分で考える必要がある。そういった曖昧さに対して、自分でアプローチしていけるかを、プレワーク課題を通じて判断している。
肥後氏:変化を肯定的に捉えられるか、かを前提として動けるかどうかを見る。受け身の姿勢ではなく、むしろ、変えるつもりで来てほしいと思っている。面接の際にどんな質問をしてくるか、その結果どんな会話ができたか、は大きな判断ポイント。
本庄氏:基本的には過去の行動、実態から判断する。もしそういった情報がなければ、最初は副業等で働いてもらいながら、どういうスタンスで働く人なのかを把握した後に採用している。
海老原氏:どの企業もおおむね変化に強いことを重要視している。あらゆる状況で自分自身が自由自在に動いて対応できるか、ある時はリーダーシップを取り、あるときはフォロワーシップを取れるかといった柔軟性が問われるのではないか。
エンジニアのモチベーションはコントロールされるべきか
スタートアップのエンジニアに求められるものとして「不安耐性」や「変化に楽しむ」という個人の裁量に委ねられているとも思われるキーワードが並ぶ。しかし、組織が大きくなればその規模に求められる組織作りもあるはずだ。その一つとして「社員のモチベーション」に話題は移っていった。
海老原氏:立ち上げ期のモチベーションコントロールはほぼないと考えている。しかし、2〜3年経つと、ビジョンやミッションステートメントへの共感度が低いことが原因で、モチベーションが下がってしまうことがあるのではないか。
田仲氏:初期はモチベーションコントロールを行っていなかった。ただ、1〜2年経つと、メンバーも増え、開発をしても売上が伸びないとモチベーションが低下していく。それを高める方法として、メンバーの人生の中で、現在の仕事はどの部分に寄り添っているのかを明確にすることを大切にしている。1on1を主軸に、これからの人生何をやりたいのかと、通過点としての現状の確認を行っている。
肥後氏:今は気心知れたメンバーであるため、問題は上がってこない。今後、組織としても大きくなっていくので、自分たちが実現したい世界やビジョンについて議論する時間をとっていきたい。
本庄氏:前提として、モチベーションが下がっているのは個別性が高い現象であって、一律の原因があるわけではない。その上で、メンバーから何が原因になっているのかを可能な限り聞くようにしている。例えば、プライべートで問題を抱えていて、それが大きなマインドシェアを取ってしまうのであれば、思い切って1週間休ませるといった対応も行う。
攻める姿勢のスタートアップは技術的負債を背負うべきなのか
スタートアップと聞けば攻めの姿勢を持っているイメージは強い。その姿勢は「技術的負債」という問題に対してはどう考えているのか。各社とも「攻め姿勢」という一言では片付けない具体的な解決の仕方を導き出していた。
海老原氏:電子薬歴はローンチまでに時間がかかる。カケハシでは1年間は新規事業を抑えて、その時間は既存プロジェクトにフォーカスした。チームの内発的動機を重視するため、チームメンバーから課題を出してもらい、コストと期待できる成果をマトリックスに配置して、優先順位をつけて取り組んでいる。負債ということは、その代わりに得た資産があるので、そのバランスを取ることが正しい経営的な観点ではないか。
肥後氏:スタッフのオペレーション画面はもちろんのこと、顧客に向けて提供しているAPIであっても積極的にリファクタリングを行っている。貯めないようにする戦略で、現状のコードベースには自信がある。、技術的負債のプレッシャーにはそれほどさらされていない。
本庄氏:「技術的負債はとにかく借りればいい。思慮深いエンジニアであれば、返すべきタイミングで返し始めるので、それぐらいのつもりで挑め」という言葉を大事にしている。リファクタも比較的行うが、アグレッシブに技術的負債を背負うことが、スタートアップビジネスに適していると思っている。
開発だけじゃない。広がるエンジニアの職責の捉え方
スタートアップ企業であれば人材を潤沢に抱えているわけではない。ということは、エンジニアの職責も開発や運用といった言葉でまとめることはできないだろう。エンジニアの仕事、そして職責はどのように変化していくのだろうか。登壇者に自身の仕事と職責について考察してもらった。
田仲氏:事業フェーズによって職責は異なる。創業初期では、技術のトップラインを上げることで、自分が指標となってプロダクトを最初に開発していくことだった。その後は、組織体系が大きくなるので、組織のバランスを意識するようになって、社員のヘルスメーターの役割を果たしたり、技術選定で介在していくようになった。現在は、最終的なジャッジを下す責任や、プロダクトの方向性を担っている。
肥後氏:将来に向けての準備をするポジションだと考えている。社内にはルールを作る立場だが、ルールはなるべく少なくして、メンバーがルールを作っていける余白を残しておきたい。事業やプロダクトがスケールしていくための礎を築いていける存在でありたい。
本庄氏:普段、経営の視点でプロダクトを見ている。半年後1年後にプロダクト視点で何が起きるかを先読みして今やることを見極めることが自分の役割だと思う。
海老原氏:技術の上流や将来を考えて、自分たちがやっているところの意思決定をしていくのがCTO、CPOの役割ではないだろうか。スタートアップでのCTOだと、採用やルール作りといった部分を担うことが多いと感じる。
今後どんなことをしていきたいか・どういう人と働きたいか
最後のテーマはストレートなものだ。それは「どんな人と働きたいか」である。エンジニアはスキルマッチで転職をするケースも多いが、入社してからは当然チームプレーが物を言う。それであれば「どんな人と働きたいのか」や「社風とはマッチしているか」といった採用要件は、企業にとっても個人にとっても見逃せない要素になる。
本庄氏:製品のアイデアを持っていたり、プロダクト開発に関して、一貫して全て自分でやりたいと本気で思っている方にぜひ来てほしい。
肥後氏:既存のレギュレーションに寄り添ってプロダクトを作ることに集中している。レギュレーションの背景、詳細をしっかりと分析して、実現できるプロダクトを作る。この一連のアプローチを面白いと思っている方と一緒に仕事がしたい。
田仲氏:現在はホテル事業のみでプライステックを行っているが、今後は他事業にもスケールしていく。技術の転用の仕方を学べたり、幅広い事業領域に挑戦できたりするので、世の中を変えていく技術者になりたい人にぜひ来てほしい。
海老原氏:今後は薬局を起点にして医療業界を変えていきたい。テックのスタートアップの真髄は、技術を使ってどう世界を変えるかだと思う。技術発信で考えられて、実際にプロダクトを作って喜びを感じられる人と働きたい。
編集後記
「スタートアップの世界は奥が深い」。話が展開すればするほど、「スタートアップ企業」と括ることの出来ない各社の特徴が明らかになっていった。求人票や採用ページで見るスキルセットや求める人物像は、共通点があるかもしれない。しかし、各社のエンジニアトップが語り出せばそこには企業毎に異なる採用戦略、組織戦略があった。そんな多様なスタートアップ企業で働く罠もこのイベントでは話された。しかし、余りあるほどの魅力を感じられた人にとっては、スタートアップ企業でのキャリアは選択肢の一つになるであろう。
(取材・文:石榑まり、構成・編集:佐野創太、撮影:Coral Capital)