2025年7月1日、石垣島の豊かな自然のなかに、NOT A HOTELにとって初となるフラッグシップモデル「NOT A HOTEL ISHIGAKI EARTH」が開業を迎えた。曲線的なフォルムが島の風景に溶け込み、その設計思想は島の風土を深く受け止める。ここでしか成立し得ないプロジェクトは、建築家・藤本壮介氏との協働、そして数々の挑戦と対話の末に実現した。
今回の記事では、プロジェクトマネージャー兼ブランドディレクターの須磨 哲生と、エンジニアリングマネージャー兼ライフサイクルマネージャーの杉山 元にインタビューを実施。EARTH開業を迎えた今の率直な想いから、プロジェクトの出発点、建築や設備に込めた工夫と挑戦、そしてNOT A HOTELが建築を通じて目指す先まで──
その歩みと想いをじっくりと聞いた。
https://notahotel.com/shop/ishigaki/earth
目次
- ゼロ拠点時に始動した、EARTHが開業
- コストが合わない?では建物を大きくしよう
- EARTHに“裏側”はない意匠と設備が目指した究極の統合
- 極限環境に挑んだ“海底サウナ”の秘密
- 石垣、宮良という土地への願いと一緒に
- 採用情報
ゼロ拠点時に始動した、EARTHが開業
——まずは自己紹介もかねて、EARTHプロジェクトで担った役割を教えてください。
須磨:EARTHのプロジェクトマネージャーを務めている須磨です。2022年、入社直後からこのプロジェクトに関わり始め、真っ先に現地の敷地を訪れました。そこから藤本 壮介さんと一緒に設計を進めてきて、着工後はブランドディレクターとして図面を確認しながら、意匠や機能、性能がNOT A HOTELのクオリティにふさわしいかを細かく確認してきました。
杉山:エンジニアリングマネージャーの杉山です。EARTHには2025年1月から参画し、工事終盤では主に設備面の最終調整を担当しました。また、開業後も長く建物を見守っていく「ライフサイクルマネジメント」の責任者として、ホテルマネジメントチームと協力しながら、運営体制の構築にも取り組んでいます。
杉山 元:MEP Engineering Manager。県立大宮工業高校卒。森ビル株式会社にて大型複合施設の運営に従事。2023年6月NOT A HOTEL参画。電気主任技術者。建築物環境衛生管理技術者。建築設備領域の設計、ディレクション、PMなどを包括的に担当。
——ついに開業を迎えた今、率直な気持ちはいかがですか?
須磨:石垣島は、新婚旅行でも訪れた思い出深い土地で、大好きな場所なんです。入社してすぐに「石垣島のプロジェクトがある」と聞いたときは、正直驚きましたが、同時に「これは運命だ」とも思いました。そんな場所で、思いを詰め込んだ建築をつくることができたのは、本当に幸せなことでした。
EARTHの計画が始まった当時、まだNOT A HOTELは全国にひとつも開業していませんでした。それが今では複数の拠点を展開し、そしてこのタイミングでフラッグシップとも言えるEARTHを完成させられたことに、深い感慨があります。
杉山:本当に「ついにこの日が来たな」という気持ちですね。ここまでやり切ったという自信とともに、これから宿泊されるゲストのみなさんがどんな反応をしてくださるのか、SNSなどでどんな声が届くのか、ワクワクしながら待っています。
一方で、ライフサイクルマネージャーという立場としては、「この建物と土地を託された」という感覚もあって。その責任の重みを感じながら、これから長く守っていけるよう、しっかり向き合っていかなければと思っています。
NOT A HOTEL ISHIGAKI EARTH
——開業前の1ヶ月間は、多くのメンバーが試泊していたと思います。どんなリアクションやフィードバックが印象に残っていますか?
須磨:まず、EARTHのスケール感に圧倒されたという声が非常に多かったですね。リビングに一歩足を踏み入れた瞬間に広がる開放感、そして視界いっぱいに広がる海の絶景。この場所でしか味わえない体験を“ひとり占め”できるのは、多くの方にとって特別なものだったようです。
もちろん「あとほんの少しで完成形」というような、率直なフィードバックもいただきました。例えるなら、本当にミリ単位の微調整。最後の最後まで妥協せず、細部に魂を込めることの大切さを再認識しました。完成を目前にして、改めて背筋が伸びる思いでしたね。
須磨 哲生:Brand Director。慶應義塾大学大学院修了。隈研吾建築都市設計事務所にてホテル、別荘、市庁舎、道の駅などの意匠設計に従事。2022年5月NOT A HOTEL参画。一級建築士。
杉山:いろんな立場の方が試泊に来て、それぞれの視点で「こんな体験があったらもっと面白いよね」とアイデアを出し合い、すぐに実装に向けて動ける。この“柔軟でスピーディな改善力”は、NOT A HOTELのものづくりの真骨頂だと改めて感じました。 僕にとっても、この1ヶ月は“改善”というより“進化”の連続。メンバーとともに走り抜けた時間でした。
コストが合わない?
では建物を大きくしよう
——改めて、EARTHがこれまでのNOT A HOTELの拠点と異なる点や、特徴的なコンセプトについて教えてください。
須磨:藤本さんもおっしゃっている通り、「自分だけの地球と暮らす」というのが、このプロジェクトの核となるコンセプトです。石垣島の美しい海を真正面に望むこの土地に立つ建物は、単に自然を“切り取る”のではなく、まるごと自然の中に身を委ねて生きるような感覚をもたらしてくれます。
たとえば、リビングからは水平線まで続く海が広がり、中庭のファイヤープレイスに腰を下ろせば、視界に入るのは空だけ。人工物が一切見えず、ただただ、空と海と緑と一緒にいる。その感覚こそが、EARTHならではの体験です。
もうひとつ個人的に印象的なのが、飛行機の窓からこの建物が見えること。工事が始まったときは、何もない赤土の敷地でした。それが時間とともに建物が立ち上がり、緑に覆われ、周囲の自然と一体化していく。そして今では、上空から見下ろしても建物がほとんど見えないほどに、風景の一部として“還っていく”。そんな建築は、ほかに見たことがありません。
開業を迎えたばかりのNOT A HOTEL ISHIGAKI EARTH
杉山:藤本さんの設計らしさが際立っているのは、やはりこの「3D構造」による空間設計です。単に丸みを帯びた形ではなく、緩やかに波打つような有機的な曲線が、空間に豊かなリズムと抜け感を生み出していて。そこには閉塞感がまったくなく、まるで風景の一部として呼吸しているような開放感があるんです。「CGパースを超えた建築」という表現がぴったりだと思いますね。
——プロジェクトを進めるなかで、あえてターニングポイントをあげるとすれば?
須磨:見積もりの段階で、建築費が当初の予算に収まらないという課題がありました。通常であれば、建物の規模を縮小したり、仕上げ材をより安価なものに変更することで調整するのが一般的です。でも今回は違いました。藤本さん、そして代表の濵渦さんと何度も話し合い、「この建物が持つ意味」を徹底的に考え抜いたんです。
——常識的には、コスト削減のために建物を小さくするという選択になりそうですが……。
須磨:そうなんです。ただ、そうしてしまうと、EARTHの核とも言える“中庭”のスケールも削られてしまう。中庭は、この土地のオーナーさんの願いを受け継いでつくられた、とても大切な象徴です。そんななかで濵渦さんから出た言葉が、とても印象的でした。
「この建物の名前が“EARTH”なら、建物も中庭もむしろ大きくしたらいいんじゃないか?」まさかの“逆の発想”でした。正直、「それは予算的に無理では?」と思ったのですが、建物の外形を1.5倍に拡張し、中心に大きなすり鉢状の中庭を空けたところ、建築工事対象の面積自体はむしろ減少させることができました。
結果的に、建物のフットプリント(建築面積)は大きくなりながらも、施工コストは抑えられるという、驚くような解決策につながりました。それだけでなく、EARTHという建物のコンセプト自体が、より強く際立つことにもなった。まさにターニングポイントと呼ぶにふさわしい瞬間だったと思います。
EARTHに“裏側”はない
意匠と設備が目指した究極の統合
——EARTHは意匠の美しさに注目が集まる一方で、エンジニアリングやライフサイクルの観点では、どのようなこだわりがあったのでしょうか?
杉山:EARTHの特徴のひとつは、「設備を一切見せていない」ことです。これは実は、ものすごく難しいことなんですよ。設備設計やライフサイクルの工夫だけで解決できることではなくて、むしろ意匠の初期段階から、見せないことを前提にデザインを進めていかないと成立しないんです。「これは表に出したくないから、そもそもこういうつくり方をしよう」と、最初から意識を共有できていなければ実現できません。
たとえば、中庭にはプールの循環ポンプや排水ポンプ、台風に備えた大きな排水溝などがすべて“隠れて”います。潅水ホースも収納されていて、それらを点検・保守するためのマンホールも数多く埋め込まれています。ただし、それらが視覚的に目立たないようにするには、ライフサイクルの視点からの判断が不可欠です。「たとえ見えなくても、管理上の問題はない」と、自信を持って言える判断が、今回のプロジェクトを支えていたと思います。
——今の話を受けて、意匠側ではどんな配慮がありましたか?
須磨:EARTHという名前を冠している以上、人工物が多く露出しているようではコンセプトと矛盾してしまいます。しかもこの建物は360度どこからでも見える配置で、裏と表がない。中庭も建物の“内側”というより、外とつながる“開かれた庭”であり、隠す場所が限られていました。
初期段階から意識はしていたのですが、どうしても現場では「見えてしまう」設備も出てきます。そうしたときに杉山さんから「これ、どうしましょうか?」と相談された際、「大丈夫。杉山さんが管理してくれるなら、それで行こう」と即答できたのは、深い信頼があったからです。コンセプトから逆算して「見せない方がいい」と明確に言える環境で、意匠と設備と管理が一体となって、同じゴールを目指せたこと。それがこの建物の完成度につながったと感じています。
——石垣島は台風や塩害、強い日差しなど、自然環境の厳しさもありますよね。
杉山:たとえば石垣では、建物の開口部に台風対策用のネットを設置するのが一般的なんですが、そのネットを支える支柱には非常に高い強度が求められます。藤本さんが、過去最大級の台風に耐えられるレベルで強度計算を行い、なおかつ管理・運営の手間がかからないような設計に落とし込んでくれました。私が直接的に手がけた部分ではないのですが、「自然とどう向き合うか」という設計思想として、とても優れたポイントだと思っています。
須磨:杉山さんが言うように、「自然と対峙する・負けない」という強さは不可欠です。そしてもうひとつ大切なのが、「自然と調和する」姿勢。建築としては、周囲の環境に溶け込むような形態を追求しました。特にこだわったのが、「曲線と素材の連続性」です。
EARTHは、海に向かって大きく開くリビングから、顔となるエントランスに至るまで、ひと続きの有機的な曲線でつながっています。その曲線の流れを壊さないように、コンクリートの目地や、床・壁・天井の素材の切り替えをどう目立たなくするか。性能を満たしながら、かつ視覚的なノイズにならないようにするために、素材選びも設計も、とにかく丁寧に仕上げました。この“連続性”をいかに保つかが、自然の一部のような建築を実現する鍵だったと思います。
極限環境に挑んだ
“海底サウナ”の秘密
——EARTHで特に目を引くのが、通称「海底サウナ」と呼ばれるサウナ空間です。実現にあたって技術的なハードルも高かったのでは?
杉山:そうですね。特に防水性能は、注目すべきポイントです。あのサウナの上に広がる水盤は、人が乗っても大丈夫なほどの強度と防水性を持っています。
須磨:常に水に浸かっている状態でも、トップライトから一切水が漏れない構造になっています。ただし、トップライトとしてはかなり過酷な環境です。サウナ室内は100度近く、一方でその上の水盤は10数度という、常に激しい温度差にさらされる場所。そのため、ガラスの厚さ選定から施工方法まで、何度も技術検証を重ねました。
さらに、サウナの座面も3次元に削り出された木材を使っています。これは有機的で、まるで彫刻のようなデザイン。運用してみて、木の伸縮で割れたり、形が崩れたりしないかという不安もありましたが、現場での細やかな調整を重ねて、最終的には納得のいく仕上がりになりました。時間帯によって水面の反射や光の差し込みがまったく変わり、朝と夜とでまるで違う表情を見せてくれるんです。あれは本当に驚きでしたね。
陽の移ろいとともに、光が揺れる海底サウナ
——サウナに限らず、EARTH全体にこれまでのNOT A HOTELとは違う「規格の違い」を感じました。意図的に変えた部分はありますか。
杉山:今回はフラッグシップモデルという位置づけもあり、特に海外ゲストも意識した設計を心がけました。たとえば、洗面台の高さやオーバーヘッドシャワーの取り付け位置など、従来の拠点とは違うディメンションを随所に取り入れています。
素材についても、ただ高級なものを使うという方向ではなく、快適性・納まりの美しさ・本物としての質感に徹底的にこだわりました。そのなかで、使い手の体験が自然と引き上がっていくような家具を目指しました。たとえば、目の前にあるダイニングテーブルはその象徴です。
須磨:このクオリティで、しかもあのサイズの家具を製作できる職人さんは、日本国内でもかなり限られています。このテーブルは奥行き方向に2枚を接いでいるのですが、木目が連続して見えるよう、接ぎ角度を微調整してつないである。細部への並々ならぬこだわりが込められています。リビング空間の中心にこのテーブルがあることで、空間全体のトーンが引き締まり、家具全体の印象も一段階上がったように感じました。
——EARTHはNOT A HOTELにとって、かなりチャレンジングなプロジェクトだったと思います。なぜ、それが実現できたのでしょう?
杉山:それはもう、関わったすべての人が“本気でチームになれた”からだと思います。設計者さん、施工者さん、家具職人さん、地主さん、地域の方々……数えきれないほど多くの人が、この建物の完成に向けて心をひとつにしてくれました。
特に印象的だったのが、屋外の左官仕上げ。3D曲面の美しいグラデーションを仕上げたのですが、担当する職人さんが面ごとに違うなかで、まるで1枚の絵のような一体感をつくってくれたんです。
須磨:「もう一度みんなで現場を回ってみましょう」と提案して、左官職人さんたちと一緒にEARTHの周囲を歩いたとき、「この部分、隣接しているけど微妙に質感が違うね」と気づきがありました。するとすぐに「じゃあもう少しグラデーションが自然につながるように上塗りで調整しましょう」と、現場での修正を自発的に進めてくださって。左官は手仕事なので、職人さんの“癖”が出やすいんですが、異なる専門職同士が連携しながら最後には一枚のアートのように仕上げてくださいました。その情熱に本当に胸を打たれました。
杉山:空調や電気、植栽などでトラブルがあったときも、すぐに駆けつけてくれた施工チーム。私たちの細かいオーダーに対しても、「確かにそれはかっこよくなるね、やりましょう」と快く応じてくれた家具職人の方々。 この建物が完成したのは単にNOT A HOTELの力だけじゃない。関わった全員の「いいものをつくろう」という想いが、奇跡のように重なった結果なんです。
石垣、宮良という土地への願いと一緒に
——改めて、この「EARTH」という場所が、これからどのように使われ、どのように育まれていってほしいと考えていますか?
杉山:NOT A HOTELのすべての拠点に共通しているのが、「竣工した瞬間が完成ではない」という考え方です。建物が完成し、開業を迎えても、それはまだ“始まり”にすぎません。大切なのは、10年、20年、50年と時間が経ったときにも、その時々で最良の状態を保ち続けていくこと。
そのためには、私たち開発・運営側だけでなく、実際にここで過ごしてくださるゲストのみなさんからの声や気づきが欠かせません。建物というのは、私たちだけでつくるものではなく、関わるすべての人たちと一緒に“育てていく”もの。だからこそ、このEARTHも、いつまでも最高の状態を保ちながら、みなさんに愛され続ける存在であってほしいと願っています。
須磨:EARTHというプロジェクトだからこそ、少しだけ特別な話をさせてください。
この建物がある「宮良(みやら)」というエリアでは、以前、別の土地開発がきっかけで地域内に反対の声が上がったことがありました。そのため、今回のプロジェクトでも、最初は地域との関係づくりに慎重さが求められる状況だったんです。
そんななか、私たちは2〜3年前から地元の公民館に何度も足を運び、計画内容も都度しっかりとご説明してきました。そうした積み重ねを通じて、少しずつ地域のみなさんとの関係性が築かれ、今では「こんな素敵な建物ができて本当にうれしい」と笑顔で声をかけていただけるようになったことは、心からうれしく、忘れられない思い出です。
これからも地元の行事に参加したり、日常的に声をかけ合ったりしながら、地域の一員として、この建物と一緒に歩んでいきたい。「NOT A HOTELができたことで、宮良や石垣がもっと良くなったね」と言ってもらえるような存在であり続けられたら、それ以上に嬉しいことはありません。
杉山:「託された」という意識は、やはりとても強いですよね。そしてその願いを、どう未来へ“紡いで”いくか。このEARTHという場所に込められた多くの願いを受け取り、それを次の時代へつないでいく。ようやく、そのスタート地点に立てたような気がしています。ここからが、本当の意味での「NOT A HOTELの挑戦」の始まりです。
採用情報
現在、NOT A HOTELの建築チームではデザイナーをはじめ複数ポジションで採用強化中です。カジュアル面談も受け付けておりますので、気軽にご連絡ください。
NOT A HOTEL ARCHITECTS
プロジェクトマネージャー(建築)
ライフサイクルマネージャー(施設管理)
TEXT:Ryoh Hasegawa
PHOTO:Newcolor inc.
EDIT/ INTERVIEW PHOTO:Ryo Saimaru