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なぜNateeは誕生したのか。代表が語るNateeの創業ストーリー 〜CEOインタビュー前編〜

今回お話をお伺いするのは、代表取締役の小島領剣(こじまりょうけん)さんです。

早稲田大学国際教養学部を卒業後、株式会社ビズリーチを経て2018年11月にNateeを創業。現在は代表取締役としてNateeを牽引されています。小島さんは何故Nateeを創業するに至ったのか、そして今後どのような未来を描いているのか、全二編にわたってその全容に迫ります。

後編はこちら:https://www.wantedly.com/companies/natee/post_articles/326459

留学で経験した世界の広さと、人間の多様さ

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ーー本日はよろしくお願いいたします。今回はNatee創業のストーリーから未来の展望に至るまでみっちり聞いていきたいと思います!まず、Natee創業までのストーリーをお聞かせください。

まず、Nateeのミッションをお伝えできればと思うのですが、Nateeはミッションを「人類をタレントに!」と掲げています。この言葉を噛み砕いて言うと「個性と才能が生きる社会を作りたい」ってことなんですね。

これがいつ頃から芽生えたかと言えば、振り返ると大学生の時だったと思っています。それ以来10年間ずっと同じようなことを言い続けていますし、思いは変わらないどころかずっと強くなる一方です

こう思うようになった理由は大きく二つあって、一つ目は学生時代に1年間アメリカに交換留学に行ったことです。当時は国連職員になるためにアメリカかイギリスで修士号を取ろうと思っていたので、その準備としても学部時代に留学に行ける早稲田大学の国際教養学部に進学したんですね。

留学時はどうしても英語がうまくなりたかったので、渡米後三日目に「じゃ、俺はこちらで」と、群れていた日本人留学生とまったく関わりを持つのをやめました。今から思うとストイックというか少し勿体なかったなと思うこともありますが、結果的にホームステイ先もすぐに飛び出して現地の人たちとシェアアパートメントで暮らし始めたことが僕の中では大きな契機となりました。

ーー現地の人と暮らした経験が大きなきっかけとなったのですね。具体的にどのようなことを感じた時間だったのでしょうか?

そのシェアアパートメントは、白人、韓国系アメリカ人、メキシコ系アメリカ人、メキシコ人、韓国人留学生、など人種からてんでバラバラ。加えて1LDKに5-6人で住んでいて、家賃も1人2万円程度の環境だったので、もうとにかくカオスでしたね(笑)。中でもメキシコ人のルイスは元々超貧困層であるがゆえにギャングにならざるをえず、アメリカに不法入国した人でした。

僕は当時カリフォルニア大学のアーバイン校というところに在籍していたのですが、その辺りではそこそこ優秀な大学なんですね。かたやルームメイトは大学の宿題で出された分数の割り算ができないという(笑)。

でもみんなめちゃめちゃ偉そうに僕にアレコレ教えてくるわけです。ある日、「日本にニンジャはいないぞ」と言ったら「いや、いる。お前は知らないだけだ。なぜならニンジャは普段は人目にはつかないからな」などと、くだらないことも含めてたくさん議論しました。

みんなそれぞれ家庭や生まれが複雑だったり、学歴がなかったりという人生を歩んでいながら、人生がすごく楽しそうで、自分に自信がある人が多かった。月並みですが、「世界は広い、人生は多様だ」という当たり前のことを人種のるつぼカリフォルニアで学んだわけです。相対的に、「日本はなんて窮屈で単一の行動様式を強いられるんだろう」と疑問を抱いた。これが一つ目のきっかけでした。

聖書で強く感じた「人間が本来の姿で生きること」の尊さ

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ーー本当に様々な人の人生に触れたことがご自身の考え方に影響を与えたんですね。二つ目の理由は?

二つ目は以前自分のnoteにも書いたんですが、聖書のセンテンスに感銘を受けたことです。僕は時代の淘汰に耐え、国境を超えた古典書には普遍的な価値があると思っているので、大学時代からたまに古典を読んでいたんですね。

特に宗教には興味があったのでよく学んでいたのですが、その中の一つであった聖書に「目は手に向かってお前はいらないと言えない。頭は足に向かってお前はいらないと言えない」といったセンテンスがあって、「本当にそうだよなぁ」と腹落ちしたことがあったんです。

人間って不思議とどこかが出っ張っているとどこかが凹んでいたりして、スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクといった人たちの本を読んでみても、幼少期から一般社会ではまったく溶け込めていなかったことがすぐにわかります。でも、彼らのような奇才が世界をアップデートしているわけです。

一方で彼らみたいなイノベーターだけで世界が回るわけもなく、日々粛々とやるべきことをやっているサイレントマジョリティがいてこそ世の中は成り立っている。そんな社会全体のエコシステムを自分の中で深く悟れたことも、今のミッションに繋がっています。この聖書からの学びが、二つ目のきっかけです。

別に他の人と違ったり、個性的じゃなくてもいい。自分の色や形のとおりに生きることで自分の存在証明がされる世界って素敵だなと思ったんです。

ーー聖書の言葉に感銘を受け、「様々な人が本来の姿で生きること」の意義や尊さを強く感じたのですね。そこからのストーリーは?

そうやって抽象的に実現したい世界(=ミッション)は出来上がっていったのですが、さあこれからどうしようかと考えた折に、何を血迷ったのか「そうだ、起業しよう」ということで会社を作っちゃったわけです。

その時に手がけたのは高校生向けのキュレーションメディアでした。「本来こんなに自由で多様な世界なはずなのに、なぜ高校生が出会える大人は親か先生しかいないんだろう?」みたいな素朴な疑問からスタートしたビジネスだったのですが、ビジネスと呼ぶにもふさわしくないくらいにお粗末なものでしたね(笑)。

限界を感じていたタイミングでビズリーチ(現VISIONAL)の南社長に採用面接の場でお会いし、「小さくまとまらないで、うちで修行したら?」と言っていただいて、新卒はビズリーチに入社することを決めました。

また、「ビジネスサイドの方が合うんじゃない?」と人事の方には言われながらも、いつの時代も世界をアップデートしているのは技術革新であり、そうした技術を社会実装していく起業家によって人々は豊かになってきた。そんな考えが僕の中にあり、「テックのわかる起業家」になりたいということで、強い意志でエンジニア職に採用してもらいました。

ーーエンジニアとしてキャリアをスタートさせたのですね。ビズリーチではどのような仕事を?

そこからずっと、StanbyやHRMOSといった新規事業のプロダクト開発に携わらせていただき、ビズリーチ在籍は2年と少しだったのですが、今から考えるとものすごくいい時間を過ごさせてもらったなと思っています。具体的なスキルというよりは、成長する会社の空気感であったり、南さんの思考や振る舞いなどを見ることができたのが何よりも大きな学びでした

社員もいい方ばかりで、業務内容もかなりホワイトでしたし、風通しのいい素晴らしい組織でした。が、会社の規模がどんどん大きくなっていく中で「株式会社ビズリーチ」の「HRMOS事業部」の「サーバーサイドエンジニア」の「小島領剣」でいなければならない時間が長いことに、だんだんと違和感を覚えるようになっていったんです

しばらくはその違和感に蓋をしていた時期もあったのですが、完全に拭い去ってしまうことはできず、むしろどんどん大きくなる一方で、たとえば出社時にオフィスの目の前で吐きそうになって足が止まったりオフィスで椅子に座っていると気持ち悪くてしょうがなく早退したこともあったりと、心身ともに健全な状態ではなくなっていきました。そしてある時、このままでは本当にまずいと思って、次も決まっていないまま半ば逃げ出すように辞めてしまいました。

TikTokの可能性との出会い

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ーー「大きな会社の多数の中の一人」であることへの違和感が自分を駆り立てたのですね。会社を辞めた後はどうされたのですか?

そこからは吹っ切れたのか、「上級ニートや!」とわけのわからない肩書きを名乗り、毎日ビットコインの売買をしたり、知り合いのオーナーが経営しているペンションでバイトをしたり、子供たちとキャンプに行くスタッフのボランティアをしたり、唐突に思い立ち廃校を貸し切ってイベントを開催したり(笑)、特に何も考えずその日暮らしをしていました。

それらの時間はすごく充実していたのですが、元来めっちゃ働きたい人ではあるので、ニートの期間もすぐに飽きてしまったんですよね。それで2ヶ月経った頃にはもうすでに「どんなビジネスやろうかな〜」という感じで、いろんなビジネスを起案していました。キーワードとしては「動画」「YouTuber」「マーケティング・PR」といった領域が当時は上がっていましたね。

今から考えると、まったく門外漢のこの領域をチョイスした理由は、「興味があった」以外に何でもなく、自分の知的好奇心に素直になることが大切なのかなぁ、なんて最近は思ったりしています。

ーーはじめは知的好奇心に根差したビジネスアイディアだったのですね。創業事業のドメインとなったTikTokへ行き着いたのはどういった経緯で?

そんな感じで2018年11月1日にNateeを創業しまして、最初は単に動画制作会社を受託でやろうなどとも考えていたんですが、「どうせ動画をやるなら絶対ショートムービーだ」という直感がありました。というのも、「人間の行動はデバイスに規定される」ことを痛感していたからです。

映像系の方々はショートムービー(縦型・短尺)に対して「人間の視野角は横に広がっているので合わない」とか「カメラが対応していない」とか、いろんな理由からショートムービー(ないしはTikTok)を否定していたんです、当時は。

でも、自分や友人のスマホカメラの使い方を見ていても、SNSに投稿される動画を見ていても、ほとんどショートムービーだったんですよね。そりゃそうですよ、わざわざ横にスマホを持ち替えるのはめんどくさいですし。人間はワンクッションでもめんどくささ(フリクション)が発生すると離脱する生き物です。

そしてそのショートムービーを、スマホ一つで革命的なクオリティで撮れるようにしたのがTikTokです。日本のJKたちは最初動画編集アプリとして使っていたらしいですね。もちろんTikTok自体は知っていましたが、ショートムービーが来ると確信してからは、その周辺のビジネスを考えていた際に当然一番の筆頭株に上がってきました。

そこから長い長いTikTokの旅が始まるわけですが(笑)、深堀りすればするほど、TikTokというプロダクトのポテンシャルとByteDanceという企業の強さにそれはもう魅了されていったわけです。そしてそれは2年半経った今でも変わっていません。

すごく簡単にサマライズをすると、

①グローバルで唯一のショートムービープラットフォーム(実質競合がいない)

②AIの開発能力が世界でもトップクラス(GAFAにも優るかも)

③売上・利益の成長率が過去例を見ないぐらいに突出していた(GAFAに明確に優る)

みたいな感じで、いよいよシリコンバレーから中国に覇権が移っていくということが実質的に感じられたんですよね。

ここまでがビジネスの側面でTikTokを捉えた話なんですが、一方でTikTokの「Everyone is Creator」というプロダクトビジョンだったり、実際昨日まで一般人だった人たちが自分たちのクリエイティビティ一つで有名になっていく姿を目の当たりにして、それはもう大興奮だったわけです。

「TikTokは、今の人たちが認識している10倍以上は大化けするプラットフォームになる。Nateeはそのプラットフォームで活躍する個性と才能をサポートするんだ」

ということでようやくビジネスががっちり決まって、East Venturesやエンジェルの方々から資金調達を行いました。それからは、ひたすら手を替え品を替えいろんなことをやってきましたが、TikTokというプラットフォームだけを信じてやり続けてきたことは、一本通った筋としてあると思います。

また、こちらも以前noteに書いたのですが、無名のスタートアップ企業が営業開始から1年でTikTok社からブロンズ賞をいただくまで躍進できたのは、ひとえにプラットフォームとそこで活躍するクリエイターの可能性を疑わなかったからかと思いますね。

※NateeはTikTok For Business Japanが主催する「TikTok For Business Award 2020」において、TikTok For Businessの運用型広告販売に尽力した代理店に贈られる「パフォーマンス部門」の“ブロンズ”を受賞した。詳細はこちら:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000013.000052778.html

ーーー

ここまで、小島さんがNateeを創業するまでにどのようなストーリーを辿ってきたのか、Nateeのミッションの背景にはどのような思いや原体験があったのかを伺ってきました。後編ではNateeの未来の構想を深掘りしお伺いしていきます。乞うご期待!

後編はこちら:https://www.wantedly.com/companies/natee/post_articles/326459

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