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Webメディアが起こせる社会的なムーブメントとは?『ギズモード・ジャパン』編集長が語るメディア論

「Webメディアにとっての成功とはなんなのか?」今となっては玉石混交に、星の数ほどこの世に存在するWebメディア。とはいえ、その中で社会において影響を持ちうるのはごく限られた一部でしかない。一方で近年は個人のインフルエンサーによる発信も影響力を持ち始めている。Webメディアという媒体であるからこそできることはあるのだろうか。紙の雑誌とは何が違うのか。

研修を通して、Webメディアの成長や社会への影響力について疑問を持った新卒2人が、雑誌やWebメディアで多くの経験を積んでこられた尾田和実さんに話を伺った。
[7月6日(火)取材・撮影]

雑誌は興行的、Webメディアは運用

ー尾田さんは、どのように編集者としてスタートしたのですか。

音楽が好きで、楽曲著作権とアーティストマネージメント、そして楽譜と音楽雑誌をやっている会社に入りました。編集者になりたいというより、音楽の仕事がやりたくて。洋楽のマニアックな雑誌が志望だったけど、邦楽の担当になってしまってね。それでも、やっていくうちに編集の仕事は面白いと思いました。

特に90年代から2000年代ぐらいまでの音楽業界は「アーティストをグロースしていく/育てていく」という文化があったと思うんです。アーティストの写真だけでも、ヘアメイクやスタイリストなどのいろんな人が関わって、みんなでこだわった1つのものを作りあげる。それは普段から交流があって気心しれた日本のバンドだからこそできたことで、洋楽のバンドでは難しいから楽しかった。

ーそういう意味では、最近はアーティストをグロースしていく意識みたいなのが少なくなっている気がします。

かつての音楽誌には「古き良きお祭り体質」があったと思ってて。1冊1冊がお祭りで、締切に向かって死に物狂いで仕事して、データを入れ終わったらバタンキュー、みたいな毎日でした。だけど、Webメディアは明らかにお祭り感はない。明日倒れたら困るし、一続きの流れのなかでどうやっていくかが求められる。

ここが雑誌とWebメディアの1番の違いだと思っていて、「雑誌は興行的、Webメディアは運用」。だから近年、多くの音楽雑誌がフェスやライブをやるようになったのは象徴的に感じました。まさに得意だった興行そのものにシフトしたわけです。それに伴ってアーティストのプロモーションの仕方もSNSが中心になって変わっていった気がします。


興行的なものに運用のノウハウを掛け合わせたら、もっといいものになるんじゃないかな

ーその後、尾田さんは弊社で『ギズモード・ジャパン』に編集長として携わった後、株式会社サイバーエージェントで『SILLY』というメディアを立ち上げられています。

『SILLY』は雑誌の興行的な夢を追いかけたものでもありました。そもそもサイバーエージェントってブログとか広告とか、運用のノウハウでめざましい成果をあげた会社なんですよ。代表の藤田(晋)さんが中心になって作り上げた運用の達人の仕事ぶりに興味があって、そこで興行的なことをやってみたらどうなんだろうってずっと思ってたんです。そうしたらサイバーエージェントも、ちょうど『AbemaTV』を立ち上げる直前で、クリエイターをたくさん集めようとしていて、タイミングが一致した。そんな流れのなかで、「尾田さんはクリエイティブに専念してください!運用は我々にまかせれば大丈夫」と励まされて本格的にスタートしたのが『SILLY』です。でも、内容が尖りすぎてて、持続性がなくて1年で燃え尽きてしまいましたね。

最後は迷惑をかけてしまったかもしれないんだけど、それでもサイバーエージェントに行って本当によかったと思えたのは「運用のノウハウ」を学べたこと。IT企業は人的資産が命だし、その人材をフル活用してスケールしていくためには「運用」と「サービス」のノウハウを先鋭化するしかないんですよ。そこで得た知見を『ギズモード・ジャパン』で活かしてみたらといったいどうなるんだろうっていう興味が湧いてきたんです。

ーなるほど。『SILLY』での経験を経て、興行的なものから運用へと考え方がシフトしたんですね。

はい。それにメディアジーンの良さっていうのは、Webの会社でありながら、代表の今田素子さんや小林弘人さんといった創業メンバーが雑誌出身で、雑誌が培ってきたカルチャーの遺伝子を持っているところだと思ってるんですよ。僕はかつて雑誌『WIRED[日本版]』の編集長だった小林さんに憧れてこの会社に入ったんだけど、こばへん(小林さんの愛称)が作っていた『WIRED』ってもう、毎回創刊号なんじゃないかっていうぐらい内容が濃くて力の入った伝説の雑誌ってイメージがあって、ただただ崇拝していました。アーティストで言ったら「待望のデビューアルバム」がずっと続いてるみたいな。毎号毎号ゼロベースで新しいテーマに取り組んでるのが同じ編集者として信じがたいことだった。「こんなことがあっていいのか?」「この雑誌の編集部は絶対どこかで力尽きてしまうに違いない」「二刀流の大谷選手より心配」って思ってました。当時大谷選手はいなかったけど(笑)。そんな「ゼロベースの美学」と、冷徹に戦況をみつめてジャッジする「運用目線」を掛け合わしたらとんでもない化学反応がおきるんじゃないかなって思ったんですよね。

Webメディアが起こせる社会的なムーブメントは、流れを作っていくこと

ー興行的なものと運用的なもの、両者が起こせるムーブメントはどのように異なってくるのでしょうか?

雑誌とかだと、例えば音楽誌で言ったら、今まで誰も注目してこなかったアーティストを表紙に持ってきて、一夜にして大ブレイクさせる。それが雑誌における興行的なムーブメントだった。その一方で、 Webメディアが起こせる社会的なムーブメントは、静かに流れを作っていくことだと思う。気づいたら、最初いた地点とは全然違うところに来ていたみたいな。それを逆算して作っていかないといけない。

ー実際、『ギズモード・ジャパン』などでは具体的に流れを意識されているんですか。

例えば、ゲーミングPCってもう当たり前の存在みたいになっているけれど、数年前はまだまだコアなゲームファンだけの特別なツールでした。でもその頃から『ギズモード・ジャパン』では、いろんなクリエイターがゲームを起点に創作活動をはじめている状況を追っていて、これから注目すべきはゲームの世界、つまりメタバースだよなっていうのをやってきました。その時点で純粋なテック系メディアとはだいぶ違う立ち位置になっていた気がします。だけどコロナ以降、急激に状況が動いて、年明けのトークイベントに出たときに他のテック系メディアの編集長も「今年はゲームが来ます!」って仰ってて。単純に嬉しかったんですよね。自分たちが1~2年前から取り組んできたことが完全に花開いてるなって。

PVはスケーラビリティというか、今の規模感を測る指標でしかない

ーWebメディアの運用にあたっては、PVという指標は目標のひとつになると思います。多くのPVを稼ぐためには、読者が今現在で好きなものを発信した方が簡単なのではないでしょうか。それでも、多くの人がまだ面白さに気づいていないトピックを仕込んでいくのはなぜなのでしょうか。

今すごく広まってるものだって、元々はニッチなものなんです。最初からメジャーだったものはないから。逆に広く認知してもらうためのコンテキストを考えて、それを文化としてグロースさせることがメディアの役割だと考えています。

PVはスケーラビリティというか、今の規模感を測る指標でしかない。データはなんのために使うかっていうと、次の仮説を立てるため。自分の考えてることが正しいかどうかを細かく判断するんじゃなくて、ざっくりスケーラビリティとしてどの程度のものかを確認するためにデータを見る。





これはひょっとすると『Netflix』の受け売りかもしれないんですが(笑)。日本に『Netflix』が上陸するタイミングで、『ギズモード・ジャパン』がカリフォルニアの本社に招待されたんです。そこでCEOをはじめとした中心メンバーが言ってたのが「再生数のデータは映画監督などのクリエイターには絶対に見せない」ってこと。映画監督には売上とか一切気にせずにクリエイティブに専念してもらうために、予算だけを提供する。その予算を決める際に『Netflix』はデータを活用する。「この監督で、こういう作風だったら、これぐらいの再生数が望めるから予算はいくらです」って決める。

この方法がクリエイターにとっては一番やりやすいと思います。映画やドラマでよくあるような「視聴率が悪いから打ち切りで」みたいな、横やりを入れるようなことは絶対にやらない。だから、映画監督は自由に制作することができて、『Netflix』は今のカルチャーをリードできている。

『Netflix』は動画のストリーミングサービスだし、僕らはWebメディアだけど通じる部分がすごくあります。彼らの分業のやり方はかなり参考にできる。運営側はデータ分析を通じて、クリエイターは自分が作るクリエイティブを通じて、両者ともお金のことは意識している。とあるインタビューで椎名林檎さんがクリエイティブとはお金そのもののことだって仰っているのを読んだんですが、 お金の事も含めて一緒につくっていけるっていうのが良い。それこそが、ディレクターやプロデューサーとクリエイターが一体となって、本質的に一緒に作っていくっていうことだと思います。


尾田和実(おだ・かずみ)
株式会社シンコー・ミュージックからMTV JAPANを経て、弊社株式会社メディアジーンのガジェットメディアである『ギズモード・ジャパン』の3代目編集長に就任。その後、株式会社サイバーエージェントにてカルチャー系Webメディア『SILLY』を立ち上げた後、メディアジーンに復職し、現在『ギズモード・ジャパン』『ROOMIE』『FUZE』の編集長を務めている。2021年6月より弊社の執行役員に就任。

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