6月に書いた記事を、こちらにも置いておきます。この時「見つけてしまった」と書いた物件が、10月にオープンする紀尾井町の店です。
いま、その立ち上げメンバーを募集しています。どういう熱量で作ろうとしている店なのか、いちばん正直に書けているのがこの回でした。
5坪の店に、60人が来た。深夜まで盛り上がって、ご近所に通報された日もある。
——あれは、僕の飲食人生で指折りの楽しい夜だった。
順を追って話をすると、
清澄白河に「KARASU no SU」という、小さな立ち飲みをやっていた。5坪しかない、3階建ての古民家をリノベした、狭くて変な店。立ち上げたのは、僕が人生で初めて働いた店の後輩だ。「独立する前に、店の立ち上げを練習してみないか」——そう誘って、一緒に作った。
立地も、空間も、何より彼のキャラクターと接客がハマって、店は驚くほどうまく回った。……けど、3年ほどして彼が独立すると、途端に運営は傾いた。理由は、今ならハッキリ分かる。完全に、人に依存していたんだ。
僕には門仲の店がある。この小さな箱に張り付くわけにもいかない。「この空間で、何かできないか」。悩んでいた頃だった。同い年の、鮨職人の友人と、こんな話になった。「なあ、鮨でイベントやろうか」。
これが、本当にすごかった。
彼は銀座のミシュラン三ツ星店で修行した、確かな腕の持ち主だ(今は独立して、自分の店をやっている)その彼が、自らネタを仕入れ、技術を惜しみなくふるう。僕は酒を揃え、鮨以外のツマミを作る。そして——困ったことに、二人ともお祭り騒ぎが大好きな野郎だった。興が乗ると音楽をかけ、次々やってくる客と笑って酒を交わし、気づけば5坪の店に60人。深夜まで騒いで、通報される。そんな夜だ。
名前を「鮨の会」といった。
KARASU no SU はその後、閉店を決めた。でも僕はこの熱が忘れられなくて、門仲のKARASUでも何度かやった。さすがに少し値を上げて、1時間6,500円。9坪16席の小さな店に、毎回40人以上。最後の開催の日は、あの鮨職人と「いっそ、売上100万いってみる?」なんて冗談半分に始めて——本当に、あとほんのわずかなところで、届かなかった。悔しくて、笑った。
彼の独立で、「鮨の会」は宣言どおり、それを最後に封印した。
——でも、忘れられるわけがない。あの熱を、あの楽しさを、僕はずっとどこかで引きずっていた。
時は流れた。門仲と蔵前の数字と課題に追われながら、それでも新しい物件にだけは、目を光らせ続けていた。正直、大きな投資ができる状況じゃない。「よっぽど楽しそうな物件じゃなきゃ、動かない」。そう自分に言い聞かせていた。
——見つけてしまった。
都心の、とある高層商業施設。同じフロアには、名の知れた高級店が並ぶ。眺めも、世界観も、笑っちゃうくらいかっこいい。その情報を見た瞬間、頭にこう浮かんだ。
「ここで、あの"鮨の会"みたいな熱を持った店ができたら……?」
「しかもそれを、イベントじゃなく"毎日"やれたら……?」
数年ぶりの感覚だった。損得じゃない。ワクワクが先に走って、店を作る。
以前、僕は「会社を大きくする」と書いた。残ってくれた仲間に、まっとうな金を払うために、と。あれは覚悟の話だった。——でも、勘違いしないでほしい。僕にとって"大きくする"は、歯を食いしばるだけの話じゃない。一番ワクワクする形で、やる。それができないなら、最初から大きくなんてしない。
名前は、まだ仮で「からす」とだけ呼んでいる。これからどうなるか、正直まだ分からないことも多い。でも、この久しぶりの胸の高鳴りを、リアルタイムでここに書いていけたらと思う。
——また、面白いことになりそうです。よかったら、見届けてやってください。
その後、店は現実になりました。紀尾井町、10月オープン。日本酒と和食の店です。
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