第1章 行政をAIで変えるJDSC公共チームの挑戦
行政のデジタル化は、ここ数年で一気に進みました。
デジタル庁の発足、マイナンバーカードやマイナポータルの普及。
各自治体でも取り組みが広がり、税金の申告や引っ越し、子育て支援などの手続きが、少しずつオンラインでできるようになりつつあります。
行政DXという言葉も、身近になってきたのではないでしょうか。
しかし、実際の現場を見ていると、紙やPDF、メールでのやり取りは依然として多く、電子化したことによるデータ整理や確認作業が増え、職員の負担がむしろ大きくなっていることもあります。そんな中で、JDSC公共チームはDXの先、AIで行政を変える「行政AX(AI Transformation)」に取り組んでいます。
本noteでは、JDSC公共チームが取り組んでいるプロジェクトや今後の展望について、ご紹介します。DXの次の段階として、行政のあり方を変えるこの挑戦に、多くの方に興味と期待を寄せていただけると嬉しく思います。
第2章 チーム紹介 ― Biz・Dev・DS、三人三様の視点で行政に挑む
(三輪)
ここからは、僕らJDSC公共チームのメンバーを少し紹介します。
まずは、開発を担当している高橋さん(エンジニア:通称Dev)です。
(高橋)
はい、高橋です。普段はWebアプリケーションやデータパイプラインの開発などをしています。 行政に関連するプロジェクトとしては、とあるシステムの要件定義を担当しました。今回のプロジェクトでは、これまでの経験を活かして、行政データ収集の仕組みや、LLM*と接続して回答を生成するシステムの構築を担当しています。技術的な構築だけでなく、行政の制度や現場の運用を理解することを意識しています。
(三輪)
ありがとうございます、次はデータ分析を担当している増渕さん(データサイエンティスト:通称DS)です。
(増渕)
DSの増渕です。統計・機械学習モデリングに関するプロジェクトに従事しています。公共行政分野だと、自然言語処理技術の応用であったり、政策の効果測定などをしています。ありもののデータをいきなりモデリングするのではなく、どのようなデータを用いるかを考え、そのためにデータが作られたプロセスや背景を構造的に理解することを重要視してます。
(三輪)
そして最後に私がプロジェクト全体のリーダー(ビジネス職:通称Biz)である三輪と申します。 次章以降でご紹介する「AIを活用した行政手続の高度化」や「補助金申請システムの電子化」といったプロジェクトを担当しています。具体的には、各案件の提案活動から、QCD管理、日々の顧客折衝などを担っています。行政側の要望・要件を整理しつつ、チーム内では、DevやDSと連携しながら業務を進めています。
(三輪)
行政の課題は複雑で、ビジネス視点だけでも、技術視点だけでも解決が難しいのが現実です。だからこそ、Biz・Dev・DSがそれぞれの専門性を持ち寄り、チームとして連携しながらプロジェクトを進めていくことに価値があると考えています。では、実際にどのようなプロジェクトに取り組んでいるのか、次の章からご紹介します。
* LLM:大規模言語モデル (Large Language Model)の略。大量のテキストデータを学習し、人間のように自然な文章を生成したり、質問応答や要約を行ったりできるAIモデルを指す。
第3章 生成AIで行政データをつなぐ ― 散らばる手続情報を一つに
(三輪)
まずは、AIを使った行政官の業務効率化プロジェクトに関してです。 このプロジェクトのきっかけは、全省庁が実施する行政手続の棚卸調査*に関する課題意識からです。 行政の現場は常に膨大な業務に追われています。本調査の負荷も大きく、回答率も上がらないという課題がありました。また調査の回答が集まらないために、効果的な施策の検討もできない、という側面もありました。
(高橋)
なので、その棚卸調査を実施する担当者の負担軽減というところに焦点を当てて、AIを活用したのですよね。
(三輪)
はい、対象の手続が載っている要項やホームページをクローリング**し、情報を集約することで、調査項目の回答案をAIで作ることにしました。省庁の担当者の方が多数の資料から①調べて、②考えて、③書いて、④レビュー・修正して、という作業について、①②③を(クローリングと)AIに担ってもらい、担当者は④のレビュー・修正だけの作業を担うようにした、という感じですね。
(増渕)
結果として、前回調査よりどう良くなったのか、ぜひ紹介してください。
(三輪)
今回、AI活用により、前回調査より新たに約1.4万件の手続きが追加されています。1.4万件のうち、新規法令等に基づくものもあるため、全てがAIのおかげというわけではないのですが、調査の網羅性(悉皆性)を高められた点は、AIの有用性を証明する大きな成果と言えます。
(増渕)
行政におけるデータ活用による業務効率化には3つの壁があると思っています。1つ目は各省庁や自治体に情報が散在しており、一元的に収集・管理するところからハードルがあります。2つ目に集めたとしても、PDFやポンチ絵が多いパワーポイント・セル結合が大量にあるエクセルなど、機械で「正しく」データを読むことが難しいものが多いです。どうにかして機械に読ませたとしても、最後の壁として、省庁や自治体によってフォーマットや書きぶりが異なり、読ませたデータを比較可能な形に構造化するのにだいぶ骨が折れます。ただこれらを突破しないと、行政官の業務を効率化するものにはなりません。
(高橋)
そうですね。Devとしては、まず散らばった情報をかき集める仕組みが必要でした。Tavilyなどの検索ツールや、 Webクローリングも駆使して、複数の省庁や自治体にまたがる手続の詳細を探し出します。 e-Gov法令検索から「どんな手続きが存在するのか」自体をLLMに抽出させる、といったことも行っています。
(三輪)
そうやって集めた数万件規模の情報を、AIで処理するのはインフラ面でも大変でしたよね。
(高橋)
はい。なので、技術選定は慎重に行いました。 大量のデータはAWSのS3に集約し、行政文章のような普段遣いではない文言に対応するためにベクトル検索を採用しました。 また、今回の処理はリアルタイム性が必須ではないため、コストを抑えるためにAmazon Bedrockのバッチ推論を活用しています。これらにより、大量の行政文書を正確に、安く、処理することができました。 そして、肝心の精度については、生成AIだけに頼らず、ルールベースの処理と組み合わせることで、大量データでも安定した結果を出せるようにしました。
(三輪)
ルールベースでできることは、ルールベースで実行する、というのは大事だなと実感しました。また、AIの回答は「絶対に正しい」ものではなく、あくまで行政官の判断を支援する「提案」として提示するという運用設計にすることで、回答品質を担保しつつ、職員の業務効率化を実現しました。
(増渕)
最終的には行政職員の方の業務効率化という目的に合致するならば、複雑なモデルより透明性が高く解釈しやすいシンプルなルールベースにした方が、運用もしやすいですね。また、行政の意思決定に関わるモデルには、特定の集団に対して不当な不利益を生まないために”「データの持つバイアス」や「アルゴリズムの公平性」の検証が不可欠です。さらに統計学の格言として、「全てのモデルは間違っている、しかし有用なものもある」***というものがありますが、いたずらに精度が完全なものを追うのではなく、目的から考えて有用なモデルはどういうものか、その中で「正解」をどう定義するか、「不正解」の中でも許容度にグラデーションをどうつけるか、「不正解」が出てきた時にどんなオペレーションをするかなど調整することで、数字遊びに留まらない実社会で使われるモデルになります。
* 行政手続の棚卸調査:情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律(デジタル行政推進法)第25条にて、法令に基づく行政手続の棚卸調査を実施することが明記されている。
** クローリング:クローラーと呼ばれるプログラムがWebサイトを自動で巡回し、リンクをたどって情報を収集・保存する技術。
*** Box, G. E. and Draper, N. R. (1987) Empirical Model-Building and Response Surfaces
第4章 データが行政を動かす ― 電子化から始まるAI利活用の道
(三輪)
第3章では、既に存在する行政データを整える取り組みを紹介しましたが、現在は「これまで紙に埋もれてきた情報をデータ化する」というテーマにも取り組んでいます。
その一例が、補助金申請システム「Jグランツ」の電子化・利用促進です。これまで対面や郵送で行われていた補助金の申請や審査をオンラインで完結できるよう支援しています。
(増渕)
前出の行政手続の棚卸調査において、行政手続きのうち電子化されているものはごく一部であったという結果が出ていたかと思います。 電子化が進んでいない要因はどんなところにありますか?
(三輪)
一番大きいのは、電子化に対する意識や認知の問題かなと思います。例えば令和6年「デジタル社会の実現に向けた重点計画」の中では府省庁に関して補助金申請の原則電子化、というものが掲げられていますが、自治体職員の認知・意識の観点では十分とは言えません。
(高橋)
そのような課題に対して、具体的には何を実施しているんですか?
(三輪)
Jグランツを知らない人や使ってみたいけどどうしたらよいかわからない事務局に対して、省庁や自治体向けの電子化セミナーや個別相談会を通じて導入を支援しています。また、ただ単にそういった事務局を受け身の姿勢で待つのではなく、顧客管理システムに蓄えられた情報を使いながら、プロアクティブかつ効果的に狙いを定めて利用促進活動を行っているのがJDSCらしさだと思います。
(三輪)
また、利用促進活動をしていく中で見えてきた課題としては、申請に関する業務は複雑であり、かつ個別性が高い、ということです。補助金制度としては、大枠共通の制度や仕組みがあっても、実際の運用については国・都道府県・市町村それぞれで異なります。
(高橋)
そうした情報が散らばっていてフォーマットがバラバラな現状だからこそ、AIが支援できる余地が大きいとも言えますよね。 たとえば、各自治体のバラバラな手続き文書やフローをAIに読み込ませることで、システムの機能をどう使えばいいのか、あるいはシステムに合わせるためにどう業務を変えるべきなのか、AIが提案してくれることも期待できますし、これまで困難であった標準化の一助になるはずです。
(増渕)
電子化が進んでデータが蓄積されると、「事業者がどこでつまづいているか」「審査プロセスのどこで時間がかかっているか」といった課題がファクトベースで見えるようになります。 私たちが目指すのは、データを起点とした継続的な改善サイクルです。具体的には、シミュレーションによる施策の事前検証や、統計的因果推論などによる事後の効果測定を通じて、打ち手を評価し、次の打ち手をより良いものへ繋げることです。
(三輪)
なるほど。お二人の話を聞いて改めて思いましたが、僕らがやろうとしているのは、単なる「ペーパーレス化」ではありませんね。 紙のままでは、申請が終われば書庫に埋もれ、やがて失われてしまう情報です。それを意味のある「データ」として抽出し、蓄積していく仕組みを作っているのだと感じます。
(増渕)
そうして生まれたデータを分析し、次の政策や制度の設計・評価に活かしていく。 データを生み出し、生み出したデータが行政を動かしていく。そんな世界を目指していきたいですね。
第5章 データが行政を動かす未来 ― AXの次に見据える挑戦
(三輪)
ここからは、僕らJDSC公共チームが、このAXの取り組みを通じて次に見据える、更なる挑戦について語り合いたいと思います。
(増渕)
公共行政サービスは提供主体としての行政官だけに留まらず、受益者である国民の相互的な活動であると考えています。特に補助金や行政手続きなどは生活に直結する部分もあります。それゆえ「自分たち含めた日本国民にとってどういう嬉しいことがあるだろうか」を気にするようになりました。
(高橋)
補助金や手続きは電子化されていないことに加えて、補助金情報が散ってしまっていることで、いい利用者(事業者)体験にもなっていない気もしますね。
(三輪)
おっしゃる通りで、利用者からすると、「ここを見れば全部載っている」という場所がなく、公募開始のタイミングで自分に合う補助金を見つけること自体が非常に難しい、という根本的な課題もあります。ちなみにデジタル庁では、「Gビズポータル」と呼ばれる手続きや補助金を一元管理するプラットフォームを構築中であり、私は期待しています。マイナポータルの事業者版、というイメージです。
(高橋)
関連した話題として、Devの次の挑戦はデータを活用するためのインフラ整備です。
例えば先ほど紹介した、JグランツではAPIを一般公開しています。これによって別のサービスからでもAPIを呼び出して自動で申請を行ったり、MCP*サーバーを作って自然言語で補助金を探したりできると、補助金に便利にアクセスできてより知る機会が増えると思います。こういったアイデアは我々よりも一般の方のほうが持っているので、それを実現するための土台づくりが重要だと見ています。
LLMの進化によって、ソースデータの価値は以前にも増して高くなっています。行政のデータは質が高く整理されれば十分価値が高いはずで、公開することで民間によるデータ活用を促進していきたいです。
(三輪)
私が次に挑戦したいのは、行政へのAIエージェントの全面展開です。昨今バズワード化しているAIエージェントですが、実は自治体業務こそ、非常に相性がいいと私は思ってます。繰り返しになりますが、各自治体で同じような業務も、微妙に手順やシステムが異なるため、業務の標準化が困難だった過去があります。 しかしAIエージェントならば、システムを全て作り直さずとも、人間のようにツールを使い分けた行政プロセスを実現できると思っています。
(高橋)自治体業務に従事される方は、高い使命感を持って日々の業務に向き合われている一方で、制度や業務構造上の要請から、定型的な業務に多くの時間を割かざるを得ない場面も少なくないのではないでしょうか。これらの業務を技術の力で代替し、職員の方々がより多くの時間を住民の方との対話や、真に価値ある政策立案に充てられる環境を生み出していきたいですね。
(増渕) 行政手続きに関していうと、Webブラウザで共通フォーマットを提出し承認するだけで、手続きと審査が自動化される世界、それが私たちの目指すゴールです。同時に、データ分析によって「どんな人がどの制度を必要としているか」のパターンを理解することで、制度の周知方法を改善したり、申請のタイミングで関連制度を案内したりといった、情報提供の最適化も実現したい。申請の手間を減らすだけでなく、必要な人に必要な情報が届く仕組みを作ることが重要だと考えています。
(三輪) ありがとうございます。皆さんの熱い思いやビジョンが聞けて良かったです。今後もJDSC公共チームは、Biz・Dev・DSの連携を通じて、行政からのUPGRADE JAPANに貢献していきます。ご興味・ご関心をお持ちいただけた方はぜひお気軽にご連絡ください。
ご興味を持っていただけた方へ。リーダー候補募集要項はこちらから
さらに上のポジションをご検討中の方はこちらから
* MCP:Model Context Protocolの略。Anthropic社が発表した、生成AIが外部のツールやデータソースと連携するためのオープンな標準規格(プロトコル)。
関連リリース
JDSCがデジタル庁の「令和7年度 補助金申請システムの利用促進・調査研究」を受託〜行政手続の改善を通じ、行政のアップグレードに貢献〜:
https://jdsc.ai/news/news-6000/
「令和6年度 事業者向け行政手続の各府省庁調査」をデジタル庁より受託〜行政手続の改善を通じ、行政のアップグレードに貢献〜:https://jdsc.ai/news/news-5142/
関連note
【プロジェクトの舞台裏】行政の改革に挑む!JDSCの新たな挑戦〜デジタル庁調査を受諾〜:https://note.com/jdsc/n/n15437b1da94a
行政を知る自分だからこそ、できる貢献がある。~公務員経験者が切り拓く、行政改革の次のステージ~:https://note.com/jdsc/n/nefb7ecc21031