しかし、心の声はいつだってワクワクしているのだ。
イギリスからの帰国後、待っていたのは就職活動。
1年ぶりに戻ってきた日本は景気の低迷が続き、相変わらずの様相を呈していた。
そして自分も相変わらず何者で何がしたいのかもわからなかった。
そんなとき、1冊の書籍と出合った。
ピーター F. ドラッカーの『イノベーションと企業家精神』。
社会をつくっているのは事業であり産業であり、それらを始めたのが起業家である。彼らのチャレンジが新たなサービスや商品を生み、イノベーションを興した結果、社会は発展している――そんな趣旨の内容だった。
ぼくは衝撃を受けた。
社会に出ると就職して会社員になり、その会社には頭をペコペコ下げる営業マンがいて
……ダサいけど、それが社会のしくみだと思っていた。
ところがドラッカーが示唆していたのは、会社は事業であり、事業が社会をつくるということ。
そしてその事業を始めた起業家こそがイノベーションを牽引しているということ。
ぼくは、勝手に解釈した。
「起業家が世界でいちばんカッコいい」
何者でもなかった自分が見つけた何か。
それが、起業家だったのだ。
イギリスから帰ってきて英語かぶれの自分だったが、海外事業に携われるとか海外を飛び
回れるとかいった職種や業種の優先順位は2番目以降に繰り下げられ、就職先は「起業家になれそうな会社」を最優先で選択することにした。そして中堅・中小企業向けにコンサルティングをしている会社に決めた。
起業家への道。
世界への道。
おぼろげながらも、自らの方向性をもがきながら見つけた。
いまだヒントでしかなく、何も見えていない。
ただ一条の光が見えただけだった。
第1章 そうだ、ベトナムへ行こう!
豆腐屋
社会人1年目、起業家への道を歩き始めた。
何者でもないぼくは、起業家になるという思いを胸に社会人となった。
入社を決めたコンサルティング会社は営業力が強いと評判で、出身者に経営者が多くいるらしいと聞いていた。
ビジネスの中身はよくわからないが、どうやらフランチャイズのしくみを全国チェーンとして広げるのが強いとだけは理解していた。当時一斉を風靡した焼肉チェーンや中古車買取専門店なども支援先だった。
ところが、コンサルタントとして華々しく事業を牽引するんだ! と意気込んでいた1年目、配属された先は「豆腐屋」だった。
しかも大きな店をつくるのではなく、一坪の売り場を間借りして豆腐を売っていただくビジネスモデル。
東京に出てきてカッコよくコンサルタントになれると思っていた自分の前途に早くも暗雲が立ち込めた。
入社までに面接を受けた場所は大阪。
しかもビジネス・オフィスとして名高い堂島アバンザを経由していたので、まさか本社が浅草の片隅にある中小規模のビルだとは思わなかった。
さらに入社早々、社長から直々に「現在、我が社は経営危機です!」と号令がかかるほどの経営状況。前年の新入社員数150名程度に対して自分たちの代は30名。
3か月の研修期間後にはすでに20名強となっていた。いわゆるブラック企業だったのだ。
毎日の会議が予定されている時間は午後10時。
会議を終え議事録を書き終えた頃には終電はなく、会社に泊まるのもあたり前という環境。
新入社員の同期が失踪した話をよく耳にする状態だった。
そのうえで、任されたミッションが豆腐屋チェーンの構築と拡大。
はっきりと思った。
心から興味がもてない。
豆腐はどうでもいい。
提供しているサービスや中身はそれほど関係ないと思い入社したものの、さすがに1丁100円の豆腐を売るチェーンを構築する商売には興味を抱けない。
ソフトバンクグループの孫社長が豆腐を1丁、2丁と数えるように1兆、2兆の売上規模の会社をつくるんだ! と創業時にミカン箱に乗って話したストーリーは有名だが、自分は本当に1丁、2丁と豆腐を数えている。
絶望的な環境だ。
しかしその実、それでも楽しかった。クソみたいな労働環境で、興味のないビジネスをしていたけど楽しかった。
起業家になりたい思いを胸に抱いていたからではあるが、やっていくうちに豆腐屋のビジネス云々はどうでもよくなり、今この瞬間を全力で生きる高揚感に包まれていたからだ。
そして、同じような仲間に囲まれていたからだと思う。
役者が各々の役を全力で演じるように、ぼくたちビジネスパーソンも、まずは打席に立ったことに全精力を注ぎ込む。その先に何があるかなんて知らない。今この瞬間に全力を捧げる仲間や上司がいて、ぼくもそこに没頭したのだった。
正直、先のことは不安だった。
このまま豆腐屋の事業をつくっても起業家になれるとは思えないし、何のスキルがつくのかも不明だった。しかし、「決めた以上、まずやり切るんだ」との思いで全力疾走した。
続く…
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