お客さまを救いたいという「公共愛」があるからこそ、提案できる武器の少なさにもどかしさを感じる。 そんなあなたに知ってほしいのが、「前例がないなら、作ればいい」。主要国立大学初のAWS導入という道なき道を切り拓き、日本の学術インフラを変えた開拓者たちの物語です。
今回話を聞いたのは、まだ大学でのクラウド利用が一般的ではなかった日本の学術クラウド黎明期を、当時「お客さま(九州大学 情報統括本部 本部長)」という立場で主導し、現在はFusicの技術顧問を務める藤村直美氏。 そして、そのバトンを受け継ぎ、公共・学術分野の最前線で課題に挑み続ける営業・松延久美子。
かつての「お客さま」と「ベンダー」。 立場を超えてタッグを組む2人が語る、「なぜFusicは、保守的と言われる公共セクターで選ばれ続けるのか?」 その理由を、歴史と実績の両面から紐解きます。
※この記事は2025年11月17日時点のものです。
インタビュイー
■技術顧問 藤村 直美
九州大学名誉教授。九州大学在職時、情報統括本部の本部長として学内ICT基盤のクラウド化を牽引。日本のインターネット黎明期からネットワーク構築に携わり、「AXIES(大学ICT推進協議会)」の立ち上げにも尽力。現在はFusicの技術顧問として、豊富な知見でプロジェクトを支える。
■事業本部/事業推進部門 松延 久美子
元国家公務員。Fusic入社後は、そのバックグラウンドを活かし、大学・研究機関(公共セクター)を担当。「お客さまに寄り添いすぎる」と言われるほどの熱量で、アカデミック領域のDXを支援している。
主要国立大学初、AWS導入という「前例なき冒険」の舞台裏
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──本日のテーマは「なぜFusicが公共セクターに選ばれ続けるのか」です。その原点には、九州大学での「AWS初導入」という大きな事例があると伺いました。まずは、その概要から教えてください。
松延)
そうですね。まだ私がFusicに入社する前の2013〜2014年頃の話ですが、九州大学様が主要国立大学の中で初めて、大学公式ホームページの基盤としてAWSを導入されました。 当時、大学などの公共機関にとって、クラウドを利用することは前例のない冒険でした。その大きな一歩を技術パートナーとして支えたのがFusicです。 この事例がひとつの「突破口」となり、「九州大学がやっているなら」と、他の大学様からもご相談をいただく流れが生まれました。まさに現在の私たちのビジネスの基盤となっています。
──ここからは、当時を知る藤村先生にお伺いします。当時、なぜ「オンプレミス(自社運用)」ではなく「クラウド」へ舵を切ったのでしょうか?
(藤村)
きっかけはシンプルで、オンプレミスのサーバー更新時期に見積もりを取ったら、数千万円という金額が出てきたことでした。「ハードウェアを買うと、その年度に莫大なお金がかかる」。予算が厳しい大学にとって、これは頭の痛い問題です。それなら、使った分だけ払うクラウドでもいいじゃないかと。 しかし、当時は「クラウドなんて得体が知れない」「危ない」と誰もが思っていました。
──その「不安」をどう払拭されたのですか?
(藤村)
本質を説きました。「Webサーバーは情報を外部に出すのが目的で、公開情報しかない。ならクラウドでも問題ないでしょう?」と。 実はオンプレミスでも、学内ネットワークに接続して運用していれば安全だと思い込んでいるだけで、設定を間違っていると実際はリスクがあったりする。逆にクラウドでもきちんと設定すれば、セキュリティは担保できる。「なんとなく怖い」という感情論ではなく、技術的な理屈で一つひとつ説明し、オンプレミスからクラウドへの移行を進めました。「クラウドを使う」となった時に最初に想起したのが当時知り合いだったAWS社の営業担当者で、彼に連絡をとってみることにしました。
—— そこでFusicと出会ったわけですね。
(藤村)
ええ。彼に「九州でどこか頼めるところはないか」と相談したのです。 そうしたら、その担当の方が「九州でAWSを使っている会社がある」と探してきてくれて、紹介されたのがFusicでした。 当時、Fusicはすでに社内でもAWSを使っていたそうで、AWS側から見ても「ここなら任せられる」という技術的な実績があったと思います。
「御用聞き」ではない。エンジニアが隣にいるからこそ実現できる、「技術的な解」への最短距離
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──当時のFusicはまだ30名規模のベンチャー企業でした。なぜ、大手ではなくFusicを選んだのでしょうか?
(藤村)
「話が通じるから」に尽きますね。 大学の教員や職員は、専門的な要望を出します。大手ベンダーの営業担当者に話すと、一度持ち帰ってエンジニアに確認して……という伝言ゲームになりがちです。しかも、その過程でニュアンスが落ちてしまい、「そうじゃないんだよな」という提案が返ってくることも多いです。
──規模の大きさよりも、技術的な理解力とレスポンスの速さを重視されたということでしょうか?
(藤村)
そうです。僕は技術的にはうるさい方ですが、当時の担当だったエンジニアの人たちは、こちらの意図をすぐに汲み取ってくれました。 「これをやりたい」と言えば、「それならAWSのこの機能を使えばもっと安くできますよ」「技術的には可能です」と、その場で的確な「解」が返ってくる。 普通の営業担当者だとポカーンとしてしまうような技術的な話も、Fusicとならツーカーで通じる。これは、お客さまにとって何よりの安心感です。
──その「エンジニアとの距離の近さ」は、現在のFusicにも受け継がれているのでしょうか?
(松延)
はい、それこそが私の営業としての最大の武器です。 もちろん、私自身もAWSを実際に触るなど、技術面のキャッチアップはしていますが、Fusicには「OSEKKAI(おせっかい)」のマインドが根付いていて、エンジニアが「ワンチーム」として動いてくれます。相談すれば即レスが来るし、打ち合わせへの同席も日常茶飯事です。
──Fusicと組んで、特に印象に残っているプロジェクトはありますか?
(藤村)
やはり、学習支援システム(Moodle等)のクラウド化ですね。 当初は一部の授業だけで使っていたシステムを全学展開することになったのですが、その直後にコロナ禍がやってきて状況が一変しました。大学の授業がすべてオンラインになり、全学生・全教員が一斉にこのシステム使って授業をするようになりました。
もしオンプレミスで運用していたら、サーバーの増強にはハードウェアの調達から始める必要があり、数ヶ月以上かかります。その間、システムは必要な性能を提供できす、授業に重大な支障をきたしたと思います。 でも、Fusicと一緒にAWS化(M2Bシステム)していたおかげで、メモリやディスクの増強は設定変更だけで一瞬でシステムを増強できました。
──クラウド化していたからこそ、未曾有の危機を乗り越えられたということですね。
(藤村)
ええ。現場のみんなが「コロナの時には、PC必携化(2013年開始、2018年完了)と学習支援システムのクラウド移行をしていて本当によかった」と(コロナ直前に退職していたので)後任の人から聞きました。学習支援システムをクラウドに移行した時はFusicのエンジニアとがっつり組んで対応しましたが、彼らがいたからこそうまくいった。そう実感した出来事でしたね。
「全員を救いたい」営業に、技術顧問が授けた「合理的な決断力」
──時代は進み、お客さまの課題も変化しています。藤村先生は、これからの公共セクターの営業に何が必要だとお考えですか?
(藤村)
もちろん、大学の文化や慣習を理解して寄り添うことは大前提ですが、それ以上に「合理的な決断をさせる力」が必要だと思います。 公共セクターの担当者は、どうしても「失敗」を恐れます。「もしシステムが落ちたら責任を問われる」と考えるから、オンプレミスでは過剰なスペックのサーバーを用意したがる。普段はほとんど負荷がないのに、ピーク時のためだけに過大な予算を使うことになります。
分かりやすい例が、大学の「合格発表」です。 Webで合格発表を行うと、発表時刻になった瞬間にアクセスが殺到します。オンプレミスだと、この一瞬のためだけに巨額の設備投資が必要になる。 でもクラウドなら、「合格発表をしている1週間だけ、サーバーのスペックを例えば10倍にする」といったことが簡単にできる。コストも圧倒的に安く済みます。
──非常に合理的ですが、担当者は「本当に大丈夫か?」と不安になりそうです。
(藤村)
だからこそ、営業が背中を押さなきゃいけません。 「失敗したらどうするんですか」という不安に対して、「技術的にこうすれば大丈夫です。コストもこれだけ下がります」と、データと論理で説得し、決断させてあげる。ただ御用聞きをするのではなく、プロとして「こちらのほうが合理的です」と言い切れるかどうかが、これからの公共営業には問われています。
──そのお話を受けて、松延さんはいかがですか?
(松延)
先生の言われる「決断させる」の重要性は、痛いほど分かります。 ただ、私はどうしても「お客さまの不安を全部解消してあげたい」と寄り添いすぎてしまうところがあります。 元公務員として、現場の皆さんの苦労が痛いほど分かるので、簡単には「No」と言いたくなくて……。
──その松延さんのスタイルを、藤村先生はどう見ていますか?
(藤村)
まあ、営業としては「寄り添いすぎ」なところはありますね(笑)。
でもね、松延さんのその「全員を救いたい」というスタンスや人間性は、本当に素晴らしい武器ですよ。それは決して失ってはいけないものです。 ただ、その優しさを本当の意味で形にするためには、時に「合理的な判断」で全体を牽引することも必要になります。
私が九大時代にやった「PC必携化(BYOD)」の時も、まさにそのバランスが問われる場面でした。当初は何故そんなことをするのだと猛反対の嵐でしたから(笑)。約1万9000人の学生全員に自分のPCを持たせるなんて、「買えない学生が1人でもいたらどうするんだ」「電源コンセントはどうするんだ」と、あらゆる方向から問題と思われる疑問を指摘されました。
──そこで、どう決断されたのですか?
(藤村)
「その1人の事情も大事だが、そのために残り99人の学習機会を奪っていいのか?」と考えました。 「PCを買わないのは、教科書を持たずに授業に来るのと同じだ」と説き伏せて、断行しました。いつでも、どこでも、誰でも、自分のペースで、自由に学べる環境は重要です。結果として、今の九大の教育の基盤を根本から変えたと思います。全員を救おうとして何も変えないより、批判を恐れずに「大勢のための正解」を選ぶ。そういう割り切りも、公共の現場を変えるためには必要です。
(松延)
そういう先生の経験に基づいた「視座」を共有してもらえるのが、私にとって一番の救いです。 私が現場で「反対意見があって進められない」と悩んでいると、先生が「ここでは技術的にこう割り切るべきだ」「それは大学のためにならない」と、羅針盤のように道を示してくれる。 Fusicには、藤村先生のような強力な技術顧問や、大学ドメインを深く理解したエンジニアがいます。だから私一人で全ての責任を負うのではなく、チームとして自信を持って「お客さまにとっての正解」を提案できます。
借金20万から始まった「AXIES」。その泥臭い情熱に学ぶ、組織や社会を動かす「覚悟」──藤村先生は、全国の大学ICTを推進する「AXIES(大学ICT推進協議会)」の設立にも尽力されたと伺いました。どのような想いで立ち上げられたのでしょうか?
(藤村)
日本の大学は、国立・公立・私立と枠組みが分かれていて、ICT活用においても「井の中の蛙」状態でした。アメリカのEDUCAUSEという巨大な連携組織を見て、「日本もすべての大学が団結しないとダメだ」と痛感したのがきっかけです。
立ち上げ当初は本当にお金がなくて、法人登記の費用すらないから、初代会長にお願いして20万円を貸してもらいスタートしました(笑)。立ち上げのために全国の大学関係者等とメールで相談・調整しましたが、後で数えたら最初の1年だけで2万6000通もメールを送受信していました。
(松延)
先生のそういう「泥臭い情熱」が、今の日本の大学ICTの基盤を作っているのですね。 かっこいい戦略だけじゃなく、地道に足を運んで、頑張る(笑)。そういう姿勢は、Fusicのカルチャーにも通じるものがあります。
(藤村)
2011年の東日本大震災の時には、AXIESで「再生PC寄贈プロジェクト」というのをやって、会員大学から集めた約1950台のPCを再生して被災企業に送ったりもしました。結局、形は変わっても「困っている人を技術と仕組みで助けたい」という想いは、大学もFusicも同じなんですよ。
ゴールの見えない公共改革に挑む、未来の仲間へ
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──今後、公共セクターの未来にどう貢献していきたいですか?
(松延)
Fusicは「正解のない問い」に挑む会社です。「前例がないからできない」ではなく、「前例がないなら作ろう」と考えるメンバーばかりです。 もしあなたが、お客さまのためにやりたいことがあるのに、会社のしがらみやリソース不足で諦めているなら、ぜひFusicに来てほしい。「好きにやっていいよ」と背中を押してくれる環境がここにはあります。新しいことを社会実装していく会社として、一つひとつの事例を積み上げ、日本の学術・公共分野を次のステージへ押し上げていきたいですね。
──最後に、藤村先生から、キャリアに迷う「未来の仲間」へメッセージをお願いします。
(藤村)
私が伝えたいのは、「諦めたら、終わり」ということです。 大学や公共機関の改革は、一筋縄ではいきません。前例のない「AWSの導入」も、当初は猛反対を受けた「PC必携化」も、一朝一夕にはできませんでした。 今の現場で苦しんでいる人は、ゴールの山頂が見えずに疲弊しているのかもしれません。でも、粘り強く続けていれば、必ず景色は変わります。Fusicは、その山を登るための「技術」という強力な装備と、へこたれない仲間がいる場所です。 日本の学術・公共基盤を良くしたいという志があるなら、諦めずにここで一緒にやりましょう。
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